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3-5 関係者たち

挿絵(By みてみん)

「水を飲んでひと息ついたら、さっそく工房の方々にお話しを伺いたいと思うのですが」


 ホームズが告げると、


「それはもちろん。工房のみんなには〈たんてい〉さんに全面協力するよう言い伝えてありますので」


 クリフは了承した。


「ところで、クリフさんは、この工房の経営者でいらっしゃるのですか? 先ほどのお話では、お父様が先代だったと聞いたもので」

「いえ、工房の経営――工房長と呼んでいます――は別のものがやっています。スカージという男です。現場の最高責任者は、職長としてまた別の人間が担当しています。父の代までは、工房長がそのまま経営と現場の両方を見ていたのですが、これからの時代、金の勘定が出来るものと現場の責任者を別にして置いたほうがいいということになって、自分が引退する際、父がそれぞれ、工房長と職長を指名したのです」

「そうなのですか。では、お父様は現在隠居中で?」

「昨年、亡くなりました」

「そうだったのですか。お悔やみ申し上げます」

「ありがとうございます」クリフは頭を下げて、「自分がいなくとも工房の経営が軌道に乗ったのを見届けて、安心したんじゃないですかね。もうこの世でやるべきことはやり尽くした、という感じの大往生を遂げましたから。ちなみに、母は私が幼い頃に病死しています」

「重ねてお悔やみ申し上げます」


 ホームズが頭を下げると、「そんなに(かしこ)まらないでください」とクリフは笑った。そこへリパッグが戻ってきて、テーブルに三人分の水の入ったグラスを置いた。


「ですので、私は」とクリフはグラスを取って、「スカージの補佐として、商品の管理や帳簿のチェックなどを担当しています。というと聞こえはいいですが、ほとんど仕事なんてなくて、日がな一日、のんべんだらりと過ごしているだけですけれどね。親の遺産で遊びほうけている放蕩息子ですよ」


 はは、ともう一度笑う。何と返してよいかホームズが逡巡していると、


「そんなことはねえですよ」横から口を挟んだのはリパッグだった。「ぼっちゃんはこの工房にいなくちゃならねえお人でさ。この間も、スカージの旦那が、ある貴族から無理な注文を受けようとしたとき、ぼっちゃんが間に入って、相手を怒らせることなく注文の量をさばいて上手く調整してくれやした。あれで職人連中は随分と助かったと思いやすよ」

「あれは、たまたまさ」


 クリフは笑みを浮かべる。


「いえ、もしあの貴族の要望どおり受注していたら、今頃工房はてんてこ舞いで、仕事が雑になるか、過労で職人が何人かぶっ倒れていたはずでさぁ。どんなに工房が大きくなろうが、製品の質は絶対に落とさないし、職人は工房の宝なので最大限の敬意を持って接する。それが先代のモットーでありやした。スカージの旦那は、そこのところをよく分かっていらっしゃらねぇ。あっしは、スカージの旦那を工房長に指名したことだけが、先代の唯一の失敗だったと思っとりやす。いくらスカージの旦那が――」

「やめろ、リパッグ」


 クリフがリパッグの口を制した。言われたとおり、リパッグが緑色の唇を一文字に結んで黙ると、クリフが、


「現工房長のスカージは父の弟、つまり私の叔父なのです」


 恐らくリパッグが言おうとしたことを代わりに述べた。次期工房長を選出する際に身内贔屓があったのでは? とリパッグは言いたかったのだろう。が、その話題はひとまず置いておくこととして、ホームズは、


「経営に専念する工房長と、現場の責任者である職長は別だということですが、では職長はどんな方なのですか?」

「ジャーパスというのですが、彼はいい職人ですよ」クリフが答える。「私が生まれる前からここで働いています。腕は立つし、父からの信頼も厚かったですから、ジャーパスが職長となることに不満を持った職人はひとりもいなかったでしょうね」

「ははあ」


 と相槌を打ちつつホームズは、では、やはり、スカージが経営者になることに対しては不満を持った人がいたのですか? と質問したくなったが、ここは飲み込んでおくことにして、


「スカージさんとジャーパスさん、そのお二人にクリフさん加えた三人が、いわばこの工房の代表者というわけですね」

「代表者というのであれば、もうひとり、トレイブという職人も入れてよいでしょうね」

「どういった方ですか?」

「職歴だけで言えば、この工房一番のベテランです。父が次期職長を決める際、ジャーパスとトレイブのどちらかになるだろうというのが、職人たちのもっぱらの噂でした。単純に職人としての腕だけを比べればトレイブのほうが上でしょう。結果、ジャーパスが職長に就くことになったのですが、父との付き合いのより長いジャーパスにトレイブが遠慮して、父に事前に話を入れていたからなのではないかと言われています。まあ、本当のところどうだったのか、本人に訊いてもはぐらかされるだけでしょうけれどね」

「工房一番のベテランなのに、先代との付き合いはジャーパスさんのほうが長いということですか?」

「ああ、言葉足らずでしたね。トレイブは数年前に父が他の工房から引っ張ってきた職人なんですよ。彼の腕にひとめぼれしたらしくて。ですので、一番のベテランというのは、ここに来る以前の彼の職歴も入れてということです」


 今風(というか、ホームズのいた世界風)に言えば“ヘッドハンティング”ということかと思ったが、当然ホームズはそんな言葉は口には出さず、黙ってクリフの話を聞いていた。


「ですので、職長であるジャーパスは、注文主との打ち合わせなどの工房外での業務も行う必要がありますが、トレイブは今も現場に入りっきりです。自分としても現場の職人で生涯を終えたいと考えているみたいですね。若い職人の面倒なんかをよく見ているので、みんなから慕われていますよ。ちなみに、事件が発覚するきっかけになった、出荷前の製品に使われているのがガラス玉だと見破ったのが彼、トレイブです」

「それは、大変なお手柄――などと言うと失礼かもしれませんが――でしたね」

「ええ、正直、あのまま製品が出荷されていたらと思うと、ぞっとしますよ。トレイブには感謝してもしきれません」

「つかぬ事を伺いますが、工房での武具の製作途中で、職人の誰かが宝石が偽物であることには気付くことはなかったのでしょうか?」

「お恥ずかしい限りですが……」とクリフはばつの悪そうな顔をして、「すり替えられたガラス玉が精巧なものだったからと、トレイブは他の職人を(かば)っていましたが、そこまでの眼力のある職人が、トレイブの他にはいなかったというのが本当のところです。それも悪いことに、今回すり替えられたのは、トレイブが監督を務める作業場以外で作られた製品ばかりでした。うちでは全部で四つの作業場があり、そのそれぞれに監督をつけているのです。もし、トレイブの作業場でガラス玉が使われたのであったら、製作途中で彼は間違いなく見破っていたでしょうね」

「であれば、犯人はトレイブさんの目利きを知っていて、彼が担当する以外の作業場で使われる宝石のみを狙ってすり替えたという可能性が高いですね」

「はい、私もそう思っています……」


 言いつつクリフの表情は暗いものとなっていった。無理もないことだろうとホームズは思った。そこまで計画していたとするなら、犯人はかなりこの工房の内情に精通していた人物のはずで、犯人は工房内にいるという可能性にさらに拍車をかける結果となるからだ。

 何となく、ここの人間関係が見えてきたな、とホームズが思った、そのとき、廊下から足音が聞こえ、ホームズたちがいる応接室の前で止まった。その直後、ドアをノックする音が聞こえ、


「クリフさん、いらっしゃるか」


 男の声がドア越しに響いた。「あっ、はい」とクリフが答えると、ドアが開かれ、ひとりの男が姿を見せた。その顔を見て、歳は三十代半ばといったところか、とホームズは当たりをつけた。妙に眼光鋭く、周囲を常に威圧しているような男だった。


「ああ、スワイプスさん」


 クリスがソファから立ち上がった。「スワイプス」というのは、今しがた入ってきた男の名前だろう。スワイプスの視線は、室内にいる面々の顔を順に追っていき、


「お前らが〈たんてい〉というやつか」


 ホームズとワトソンの顔に交互に視線を向けた。


「そうですが」


 ホームズも立とうとしたのが、「お前」呼ばわりされたことで浮かしかけた腰を戻した。ワトソンのほうは、そもそも立ち上がろうという素振りすら見せていなかった。


「ふん」と鼻を鳴らしてからスワイプスは、「ミラージュのやつ、余計なことを」

「ミラージュ? 彼のことを知っているのですか?」


 が、スワイプスは無言のまま、睨むようにホームズに視線を向けるだけだった。その代わりにというように、クリフが、


「こちら、衛兵騎士団のスワイプスさんです」


 スワイプスという名の男の身分を紹介した。


「衛兵騎士団? ということは、第二部隊の――」

「せっかくのところ、無駄足になって悪いが」とスワイプスは、ホームズの言葉を遮って、「お前らの出番はないぞ」

「どういうことですか?」

「犯人はもう分かってるからだよ」

「えっ?」

「スワイプスさん」


 それ以上の言葉を止めようとするようにクリフが口を挟んだが、スワイプスはそれに構うことなく、


「そいつだよ」


 と、あごをしゃくる。ホームズが目をやると、その先にいるのはリパッグだった。


「えっ?」


 ホームズは視線をスワイプスに戻す。もう一度スワイプスは、ふん、と鼻を鳴らして、


「そこのゴブリンが犯人に決まってるだろう。世話になっている家から宝石を盗み出すとは、卑しいゴブリンのやりそうな――」

「スワイプスさん!」


 ひときわ大きなクリフの声が効いたのか、スワイプスは言葉を止めた。傍らではリパッグが、黙って下を向いていた。ただでさえ小さなその緑色の体が、さらに縮まっているかのようにホームズには見えた。


「証拠はあるのですか?」


 ホームズはスワイプスの目をまっすぐに見据えた。ソファに腰を掛けたままのため見上げる形になる。対して、ホームズを見下ろしているスワイプスは、


「そんなものは必要ない」

「はぁ?」

「強いて言えば……そいつがゴブリンだということ、それだけで十分だろう」

「はぁ?」


 スワイプスのあまりな物言いを耳にして、ホームズは呆気に取られた。

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