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2-8 冒険者たち

 テセラに誘導されるがまま、ホームズとワトソンは城内の廊下を歩き、階段を下り、また廊下を歩く。


「ここです」


 テセラはひとつの部屋の前で足を止めると、二人もそれに倣った。テセラが扉をノックすると、


「どうぞ」


 と声が返ってきた。男性のものだった。失礼します、とテセラが扉を開けると、室内にいた三人の男女の顔が一斉に向いた。


「みなさん、ご一緒だったのですか」


 テセラの言葉には、大柄な男性ひとりだけが頷いた。彼がノックに答えた人物だろうとホームズは確信した。というのも、残りの二名はどちらも女性だったからだ。二つ用意されたベッドのうち、扉に近い側のひとつに男性がひとり、奥のベッドに女性二人が腰を下ろしていた。その男女三人の視線は、すぐにテセラの後ろに立つホームズたちに向く。


「こちら、今回の事件の捜査をしていただいている、ホームズ様と、助手のワトソン様です」


 テセラに紹介され、二人は頭を下げたが、室内にいた三人は会釈を返すでもなく、


「ねえ、あなた――テセラさん、だっけ、私たち、いつまでここにいればいいわけ? 肝の謝礼がもらえないんなら、とっととどこか別のところに冒険に出たいんだけど」


 長身の女性が不満そうな顔を見せる。ゆったりとしたローブを着込み、見た目二十代後半程度の気の強そうな女性だった。


「すみません」とテセラは詫びて、「事件の捜査にご協力いただくため、ホームズ様の捜査が済むまではこちらに逗留いただけますよう、お願いします。それに、もし収斂(しゅうれん)蠱毒(こどく)の肝が発見され、その解毒剤でアストル様をお救いできれば、必ずラヴォル王より謝礼はいたしますので……」

「そうは言ってもさ」と、背の低いほうの女性――動きやすい軽装で、曲芸のように短剣(ダガー)を片手で(もてあそ)んでいる――が、「今までの例だと、肝はもう瓶ごと壊されて使い物にならなくなってるんだろ? そもそも、あの肝を入手したのは五日前くらいだから、聖水に浸した状態のままでも、もうそろそろ駄目になってるだろうけどね」


 取りだした肝は聖水に浸した状態で保管しなければならず、それでも一週間程度しか保存できないと聞いていた。


「そ、それは……」


 と困り顔になったテセラの前に一歩出て、ホームズが、


「ともかく、皆さんのお仲間を殺害した犯人を捜し出すためにも、捜査にご協力願えませんか」


 そう言うと、冒険者の中で唯一の男性――部屋の片隅に置かれた鎧と槌矛(メイス)の持ち主だろう――が、


「一応、私が第一発見者だが」


 と目を向けた。ホームズも彼と視線を合わせて、


「では、訊いてもよろいいですか?――ええと……」

「デトネイト」と男性は名を名乗り、「聖職者(クレリック)だ」と職業(クラス)も付け加えた。


「では、デトネイトさん。殺された――スティールジョーさんでしたか、の死体を発見したときの様子を聞かせてもらえますか?」

「様子も何も……私が朝、目を覚ますと、隣のベッド――これだな」とデトネイトは自分が腰を下ろしたベッドを見て、「に、ジョーのやつの姿がなくて、おかしいなと思って起き上がると、ベッドの向こうの床に、やつが血を流して倒れているのが見えたんだ。すぐに駆け寄って傷治癒魔法(キュア・ウーンズ)を掛けたのだが――」

「〈傷治癒魔法〉?」


 聞き慣れない単語をホームズが復唱した。


「我々聖職者が使う魔法のひとつだ。その名のとおり、人体が負った傷を治癒することが出来る」

「ああ、なるほど。しかし、すでに手遅れだった」

「そのとおりだ。死後数時間は経過していただろうな」

「そうですか。ということは、生きているジョーさんの姿を最後に見たのは、あなたということになりますか?」

「ああ、そうだろうと思う。その前の晩、ジョーは肝を聖水に浸した瓶を傍らに置いて、ベッドの上に座り込んでいたんだ」

「徹夜で瓶の番をするつもりだったとか」

「そうだ。あいつは二晩くらい寝ないでも全く平気だったからな。だから私も安心してあいつに任せて眠れたんだ」

「ジョーさんが殺されたのは、あなたが眠っている最中ということになるとおもいますが、何か物音を聞いて目を覚ましたりといったことは?」

「なかった。ジョーほど過敏ではないが、私も冒険者なんて商売で身を立てている立場だ。隣で剣を交えての戦闘なんて起きたら、どんなに深く眠っていても目を覚ますはずだ」

「ということは、そこまで激しい争いはなかったと言えますね」

「ああ、断言していい。ジョーの得物は鞘に収まったままだった。勝負は一瞬でついたはずだ。物音ほとんど立てないままね」

「不意打ちだった、ということでしょうか」

「かもな。でなければ、相手は相当の手練れだ。あの『電光速戦士ライトニング・スピーダー』と呼ばれたスティールジョーが、一切の反撃も行わないまま黙ってやられてしまったんだからな。なにせ、ジョーの体には腹を刺し貫ぬかれた傷ひとつしかなかったんだ」

「手練れ……。で、ジョーさんが持っていたはずの、肝を入れた瓶が消えていた」

「そういうことだ。金目のものに一切手は付けられていなかったから、あれが目的だったんだろうな。やれやれ、あんなに苦労して、死ぬ思いで手に入れた肝だったっていうのに……」


 デトネイトは深く嘆息した。


「皆さん」とホームズは、デトネイトが息を吐き終えるのを待ってから、「ジョーさんを殺害した人物に心当たりはありませんか?」


 訊くと、三人の冒険者は互いに顔を見合わせて、


「ないな」


 代表してデトネイトが答えた。


「私は、この世界のことについてあまり詳しくないのですが」ホームズは前置きして、「冒険者という稼業は、色々なところで様々な人から恨みを買うことも多いのではないかと推察しますが」

「そうか、あんたは異界人(いかいびと)だそうだな」とデトネイトは納得して、「あんたの言うとおり、冒険者なんていうのは、命を売って恨みを買っているような稼業だ。ジョーを恨んでいる人間なんて、両手で数えても全然足りない。刺客に襲われたことだって、今までに何度もあったよ。でもな、そういう連中は、だいたい屋外や地下迷宮(ダンジョン)内での宿営中か、粗末な宿屋に泊まっている最中に来るんだ。翻って、ここはどこだ?」デトネイトは自分たちのいる部屋を見回して、「王様が住む城の中だ。この国でここ以上に安全な場所、ひいては狼藉者が侵入しにくい場所はない。どんなにジョーに恨みを持っていたって、ここに侵入してまで殺そうとするやつはいないよ」

「だいたいさ」と、隣のベッドに腰掛けた背の高いローブの女性が、「犯人の目的はジョーの命じゃなくて、収斂蠱毒の肝だったんだろ? ジョーへの恨みとか関係ないんじゃないか?」

「そうかもしれませんが……ええと」

「ミリアム」女性が名乗り、「魔法使い(マジック・ユーザー)だよ」デトネイトのときと同じく、職業(クラス)も付け加えた。するとその隣で、


「私はシリィ、盗賊(シーフ)ね」小柄な女性も名乗ると、「あーあ、こんなんならさ、地下迷宮(ダンジョン)に潜ってたほうがよかったよ。あのバジリスクを倒すのに、どれだけ苦労したか……」


 両腕を広げて、ばたりと背中からベッドに倒れ込む。


「ジョーがいなくなった以上、ああいう力仕事はもう無理だね」


 女性魔法使いのミリアムも嘆息した。


「ここは二人部屋なので、ミリアムさんとシリィさんは、隣の部屋で寝ていたわけですね」


 ホームズが訊くと、ミリアムが、そうだよ、と答えて、


「私も、何も物音とかは聞かなかったよ」

「私も」


 シリィも続けた。


「そうですか」とホームズは振り返って、「この部屋には、鍵は付いていないのですね」


 閉じられた扉を見た。これにはテセラが、


「そうです。城の中で鍵付きの部屋は、王族の個室や宝物庫に限られます」

「であれば」ホームズは顔を室内側に戻して、「誰でも部屋に入ってくることは可能なわけですね」

「ああ、だからこそジョーは寝ずの番をするつもりだったんだ」


 デトネイトが答えると、ホームズが、


「室内の明りはどうなっていたのですか?」

「そこのランプを灯していた」


 デトネイトの視線は、ベッド脇に置かれたサイドテーブルの上のランプに向いた。


「一応、照明はあった、ということは……部屋に入ってきた犯人のことを、ジョーさんは目撃できていたということになりますね」

「だろうな。ランプの明りは十分そこの扉まで届く」

「ちなみに、ジョーさんの命を奪った凶器は何だったか分かっていますか?」

「傷口からするに、多分、剣だな。長剣(ロングソード)小剣(ショートソード)かまでは分からないが」

「剣ですか。であれば、犯人はジョーさんにかなり近づいたことになりますね」

「そうだな」

「すると、犯人がとった行動は次のように推察されます。まず部屋に入ってきてジョーさんに近づき、剣で腹部を一撃して殺害する。しかも、デトネイトさんが覚醒するほどの物音はたてないまま」

「ああ、相当な手練れだ」

「手練れというか……そもそも、もし怪しい人物が部屋に入ってきたら、ジョーさんはその相手を自分に近づけたでしょうか?」

「それは……」

「まず警戒しますよね。大事な肝を守るのが役目なのですから。一喝するなり、すぐに武器を手に取るなり、何かしらの反応を示すのではないかと思います。場合によっては、大声を上げてデトネイトさん、あなたを起こしたかもしれない」

「あり得るな。だが、実際……」

「そうです、『電光速戦士ライトニング・スピーダー』と呼ばれたスティールジョーが、易々と相手を剣の射程内に迎え入れたうえ、武器を抜く間も与えられず、悲鳴ひとつ上げられないまま、一撃で葬り去られています。このことから、犯人はジョーさんを上回るほどの手練れというよりも、彼に容易に近づけた人物、つまり、彼と親しい人物と考えることも可能です。」

「なんだって?」


 ホームズの推理を聞いて、デトネイトのみならず、ミリアム、シリィも驚いた顔を見せた。


「私たちの誰かが犯人だって言いたいのかい?」


 ミリアムが細い眉を釣り上げる。


「あ、あくまで可能性の問題でして……」


 玩んでいた短剣(ダガー)を構えたシリィからも睨まれて、ホームズは両手を前に出して一歩身を引いた。ミリアムは、さらに、


「私たちにジョーを殺す動機なんて、ないよ」


 そうだそうだ、とシリィも同意すると、デトネイトが、


「ジョーを殺す動機というよりも、肝を奪う動機、だな」

「そ、そのとおりです」と、シリィが短剣を下げたことで元の位置に戻ったホームズは、「皆さんの中の誰かが犯人であれば、動機は何と言っても肝から作られる解毒剤の報酬にあります。メンバーが少なくなれば、その分ひとり頭の分け前が増えるわけですからね。にもかかわらず、肝は未だ行方不明で、しかも、保存可能期間も近いときています。肝心の報酬の種が使い物にならなくなっては意味がない」

「なるほど、そっか」


 シリィは納得したように、うんうんと頷く。


「そのとおりだよ、それに」とミリアムはさらに、「私たちがジョーを殺すなんて、そんな馬鹿げたこと絶対にするわけないじゃないか! とにかく、私たちの嫌疑が晴れたなら、もう解放してもらいたいもんだね。ここにいたって、銅貨一枚の儲けにもなりゃしない」


 うんざりした様子でミリアムが両手を広げると、


「うむ、どこかのギルドで新しいメンバーを補充する必要もあるしな」


 デトネイトが続けた。

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