第8話
真火香さんが起き出してきてから、私とルディ、真火香さんの二手に別れて探索が始まった。
私たちが向かうのはここから少し歩いたところにある池だ。水場は私の領域も同然。きっと役に立てるだろう。そう思ったら緊張した顔も少しはましになった。
ルディと2人だけで真火香さんの手伝いをするのは初めてになる。白羊宮、牡羊座の具現。要は星の精霊だと真火香さんは彼女を説明していた。
日の光に溶け込んで輝く金の髪が、歩くたびにふわふわ揺れる。光の色は、こういう色もしているのか。水の中から見るのとも、水面に写るそれともまた違う、やわらかで強い色。
くるくると綺麗に巻いた金の角は光を強めに反射して、その存在を主張している。その相反する金が同居し調和している様は、綺麗という言葉ひとつでは片付かない不思議な光だ。
「ルディが喚ばれた時は、どんなだったの?」
ふと口をついて出た疑問。それは、ぞんざいに喚ばれて捨て置かれた自分とは真逆だろう彼女への疑問。突然別の世界に喚ばれ、帰るという選択肢を取らずに真火香さんの側で仕え続けている、彼女への。
少し考えるような素振りを見せてから、彼女は口を開いた。
「そうね……喚ばれた時、断ってさっさと帰るつもりだったわ。でもね、喚んだ主が大人になりきるにはまだ早い、そんな人だった。そんなのが、寂しいのを隠しきった顔で契約してほしい、なんて言う。気がついたらしょうがないわねって言ってたわ」
「そっか」
「……ちょうど、今のマリーみたいな顔だった」
驚いて立ち止まると、穏やかに笑った彼女と目が合う。緩やかに細められた目が故郷を思い起こさせる。どこまでも続き、すべてを染め上げる、青に支配された世界。冷たい色であるはずのそれは、今目の前にあるそれとは違って、恐怖を抱くほど深く優しい。深みへ行くたびに塗り重ねられ、厚みを増し、ただ一点の光も許さない黒へと至る。
私は、寂しさを隠しきった、なんて顔を知らない内にしていたのだろうか。とっさに手が頬へ伸びる。人よりも冷たい肌を撫で、困ったように見つめ返すしかできなかった。私は、寂しいのだろうか。自問してみても、そうだという私と、そうではないという私が拮抗し、返答に詰まってしまう。
ルディはそんな私の手に手を重ねて引く。じわ、と熱いくらいの体温が移っていくのを感じながら、振り返る彼女の背中を視線で追う。
「あなたには私も真火香さんもいるわ。1人だなんて思わないで」
ああ、そうか。きっと私は、慣れたつもりでいて、本当は慣れていなかったんだ。知らない世界に1人放り出されて、彼女たちに拾われて、とけ込んだ気でいた。実際とけ込んでいたのだろうが、私は心の底ではそうだと思えていなかった。
1人だなんて思わないで、か。その言葉は不思議と心に響いた。この引かれる手のように暖かい気持ちになる。なんとも妙な気分だけど、悪いものではない。返答の代わりに彼女の手を握り返した。
「ねえルディ……、友達になってくれる?」
「あれ、もう友達だと思ってたわ」
隣に並んだルディが素っ頓狂な声で言った。それがおかしくて嬉しくて、つい吹き出すと彼女もつられる。
ふわっと浮き足立つ心と連動するように、少しだけ尾鰭を揺らす。本当は思いっきり水の中を泳ぎたいけれど、それは帰ってからにしよう。
そうこうしている内に、目的の場所が近づいてきた。そこからこぼれてくる血のにおいにも似た気配が漂ってくるのを、私もルディも感じ取っていた。周りの気温が少し低くなったように思う。血のにおいと悪意が空気に流れ、歪なマーブル模様を生み出す。じっとりと纏わりついて、こちらを引きずり込もうと渦が手招く。目に見えるわけではないが、肌で感じとれるそれを頭が想像で描き出す。模様は一歩一歩近づく度に色濃くなっていく。
隣でルディが武器の箒を取り出すのが見えた。私も小さな傘の形状をしたステッキを取り出し、魔力を練り上げる。この先に目的の物があるかは分からないけれど、とにかく人ではない何者かとの戦闘は避けられないだろう。この異様な気配は人の放つものではない。では何かと言われれば、見るまでは分からない。繋いだ手をそっと離して、頷き合う。
ばっ、と走り込んだ先には背中の丸まった、自分たちよりもはるかに大きな影。
「大鬼……!」
緊張したルディの声に反応してそいつがゆっくりと振り返る。マーブル模様の悪意がこちらへ集中する。
首元には不釣り合いな首飾り。金細工に大きな宝石がはめ込まれたそれは、私たちが探している物で間違い無さそうだった。