第7話
「場所の候補が絞り込めたよ」
そう言った真火香さんはとても眠そうだった。
いつもは何かの意味を含んでいそうな微笑みに細められている白銀の瞳が、今朝は支えきれずに半分落ちたまぶたによって細められている。
声もどことなく気怠げで、低く響くその声に思わずどきどきしてしまう。寝起きの声はいつもより色気があって、聞く度にこのありさまだ。
寝不足の理由としては、恐らく昨日遅くまで作業していたせいだろう。街を吹き飛ばすほどの魔力が込められた物ならすぐに見つかりそうなものなのに、どういうことだろう。
「時間がかかったみたいですね」
ルディも私と同じ事を考えたらしい。ゆっくりと小さく欠伸をこぼす真火香さんにそう尋ねる。
彼女はトーストにお気に入りだと言っていたイチゴのジャムを緩慢な動作で塗る。ふわり、と甘い香りが漂ってきたのを感じて、私も今日はイチゴのジャムにしようかなあなどと考える。
「そう、聞いてくれよ。例の探し物、常に動いているんだ。おかげで絞った先から逃げていく。仕方がないから、次の出現場所の予測に切り替えたんだ」
良い音を立ててかじりついたトーストを力なく咀嚼している。お気に入りのイチゴジャムのトーストを食べているときは毎回幸せそうに、いつもの少し大げさな動作と一緒に喜んでいたのに。
未来を知る魔法はとてもしんどいものだ、と言っていた記憶がある。予知したいものが細かくなるほど難易度も負担も大きくなるのだとか。
それにしても、いとも簡単に無から有を生み出し、未来をも予知するこの人は本当になんでもありだ。
黒魔術に白魔術、死霊魔術に召喚魔法、魔を扱う者は古今東西に存在するわけだけど、真火香さんたち魔法使いは童話にその存在を多く語られているという。娘にドレスを、人魚に足を、代償や制約を課し、願いを叶える者。おとぎ話に語られる存在が今目の前にいることに、不可思議な感覚を覚える。
「どうしたの、マリー。真火香さんをぼーっと見つめちゃって」
「え、あ、ああ、眠そうだなあって……」
はっ、と我に返り、目の前で思いきり手を振ってなんでもないをアピールする。そんなに見つめていたんだろうか……、記憶にない……。
誤魔化すように目の前のお皿に視線を落とす。盛られたサラダをつつき、我ながらそのあからさますぎる態度に気恥ずかしくなった。
「……で、場所なんだけど。マリーを見つけた森と、ここの近くの池の辺りの可能性が高いと見てる」
「二択ですか。では、」
「ああ。前に言ったとおり二手に分かれよう。私はマリーを見つけた森へ行くから、2人で池の辺りを頼むよ」
もう少し寝てからね、と真火香さんが付け足す。私もルディもそれに異論はない。万が一の時のために、逃げ切るだけの体力は回復しておいてもらいたいのだ。
「しっかり寝てくださいね。いくら逃げ足が速くても、その状態じゃ不安すぎますから」
「分かっているさ。ゆっくり休ませてもらうよ」
「ご飯食べながら寝ないでくださいよー」
「ひどいなあ、そんなことしないよマリー」
大げさに肩をすくめてみせる彼女に笑いがこぼれる。しかし探し物を何者かが常に持ち歩いていることを考えると笑いごとではない。戦闘の二文字が現実へ近づいてきた。
私に不安はないけれど、緊張はある。まともな戦力になれるかどうかは、戦ってみないと分からない。2人に言えば、きっと大丈夫だと言ってくれるだろう。それでもたぶん、この緊張は解けない。
「マリー、緊張してる?」
「ちょっと……ね。やっぱり、上手く役に立てるか分からないから」
「そのくらいがちょうどいいよ、きっと。真火香さんはいつも緊張感ないんだもの」
「ちょっとちょっと聞き捨てならないな……私だって、緊張する時くらいあるよ」
「えぇ、見たことありませんよ」
ウインクしてみせるルディ。それに半目で抗議する真火香さん。そのやりとりはほんの少しだけ私の緊張をほぐしてくれた。
この人たちに拾われて、本当によかったと思う。あのまま森の中にいることも、変な人に拾われることも、考えるだけでぞっとする。こうして穏やかに過ごしながら帰るための手がかりを探すことができるのは、なかなかの幸運ではないだろうか。不幸中の幸い、といったところだ。時々真火香さんの仕事を手伝うのも、ルディの家事を手伝うのも苦ではないし、置いてもらっている以上、当然だと思う。
手がかりの魔導書は真火香さんに頼んでみたが、どうも何か魔法を妨害するものがかけられているようで上手く特定できなかった。なので今のところ、どんな召喚魔法で喚ばれたのかを少しずつひも解いていくしかないらしい。そこから魔導書を特定し、後はその足取りを辿るというやり方で見つけるという提案を受けて動いている。
そこまで手伝ってもらうのはなんだか申し訳なくて、自分でやれるところまでやるつもりだ。早く、見つけられるといい。




