第6話
一柳木家でお世話になってから早1週間。ようやくこちらの生活にも慣れてきた頃のこと。
昼食までの明るい時間を真火香は書斎で過ごし、私はといえば書庫から借りてきた文献数冊を同じ部屋で読んでいた。
帰るには喚び出した魔導書と同じ物を探さなければいけないのだが、私にはあまり魔法の知識がない。
そこで最低限の知識をつけるところからスタートしている。
「真火香さん、入りますよー」
「うん、どうぞー」
家事をしていたルディが何やら白い封筒を持って現れた。
仕事かな。
真火香さんの所には、こうして手紙で依頼が来ることがあり、直接会って頼まれることもある。
探し物、解呪や願い事など多岐に渡るが、そのどれもが難易度の高いものばかり見るので不思議に思ったところ、それは真火香さんが偉いからね、とルディに言われた。
「魔法王室からお手紙です」
瞬間、真火香さんの眉間にしっかりとしわが寄ったのを私は見た。ついでに口元がへの字に曲がったのも。
彼女は案外顔や動作によく出る人なんだと気づくのにさほど時間はかからなかった。
少し大げさなそれはもしかしたらわざとなのかもしれないけれど、私からしたら分かりやすいそれはなんだか安心するものだ。
「燃やしちゃって」
「またそういうことを……、だめですよ」
椅子に腰かけたまま背を向けてルディへ顔を見せることもなくすっぱりと言い切ったが、ルディに諫められて諦めたように背もたれへ頭を預ける。
魔法王室からの手紙はいつも面倒な仕事かどうでもいいお小言ばかり。
特に多いのはやはりお小言で、重箱の隅をつつくような難癖が定期的に届く。
彼女が嫌な顔をするのも当然のことだった。
今も封蝋にある紋章を睨みながら何やらぶつくさ言って開封している。
「まったく魔法王室は暇じゃないのに暇な連中ばかりで困る」
そもそも魔法王室とは、魔法使いたちを統括する機関のことを指す。
魔法使いたちは彼らによってランク分けをされ、ある程度管理される、らしい。
受けられる仕事のレベルだとか、閲覧できる資料の種類だとか、まあランクが上がれば上がるほど普通の魔法使いは嬉しいものなんだとか。
「今回はどうやら仕事みたいだね。最優先だそうだ。はあ……、ルディ、悪いけれどスケジュールの調整を頼むよ」
「了解です。ところで、何の仕事です?」
「探し物だそうだよ。どうやら魔法王室からまずいものが盗み出されたようだ」
魔法王室から盗み出されたのは金細工の台座に大きな宝石のはまった首飾りであり、それはただの装飾品ではない。
街ひとつを楽に吹き飛ばす魔法のこもった物であり、放っておけば悪用されること間違いなし。
早急に見つけ出し魔法王室へ。
要はそういうことらしい。
「どうしてそんなものが盗まれるんだ……。内部犯とはいえ、結界の管理はどうなっているんだか……」
真火香さんが指で毛先をいじる。
彼女が考え事をする時はいつもそうしているような気がする。
くるくると遊ばれる毛先はひょんひょんと跳ね回って猫の尻尾を想像させる。
ちょっと触ってみたいな、なんて。
伸びそうな手を反対の手でこっそり押さえ込んだ。
「今回という今回は、いろいろ込みでふんだくるとしよう。あまり安請け合いして当てにされては困る。一桁0を増やしておこう」
「いいですね、私焼き肉食べたいです!」
「……ルディ、羊だよね?」
「む、そういうマリーも魚食べるじゃない」
「私は雑食だもん」
「じゃあ私も雑食だから」
そんな言い合いがおかしくなって3人で笑う。
ここに来てから、2人のおかげで寂しい思いをしていない。ルディも真火香さんもよく笑う人だし、お話もしてくれる。
それにつられて私もよく笑う。
ひとりになった時に元の世界を思って悲しくなることもあるけれど、泣いてしまわないのはきっと彼女たちのおかげ。
そして……まだ、帰れるという希望があるから。
「よし。とりあえず場所の候補は何個か見つけておくから、そこへ探しに行ってみようか」
焼き肉のためにね、なんて言ってウインクするから、また3人で笑った。
「候補の数によっては3人ばらばらに動いた方が早いかもしれませんね」
「たしかにそうだね。とはいえまだマリーを1人にするのは不安だから君といてもらいたい。分かれるなら二手がいいね」
「たしかにそうですね」
「真火香さんは1人で大丈夫なんです?」
「うーん単独行動は控えた方がいいんだけどね、戦闘になると困るから」
魔法使いは攻撃するための魔法が使えない、らしい。
攻撃を防ぐための魔法ならあるそうだが、私のように水の弾を撃つようなことが難しいそうだ。
彼らは召喚や解呪や治癒などの繊細な魔法を扱う方に長けている技術屋だという。
戦闘は戦闘で魔導騎士という専門家がいるということも教えてもらった。
「まあ、なんとかしてみよう。大丈夫さ、公爵の位は伊達じゃないからね。そうなってもきっちり逃げ切ってやるさ」