第5話
「そうだな……、君のその水の魔法が使えなくなる、だね」
その瞳は、ひとかけらの嘘も感じさせない。
魔法が使えなくなる。それは……困る。
これがなければ陸では生きられず、また海へ戻らなければならない。
私は、まだたくさんのものを見たいのだ。海へ戻るわけにはいかない。
「私、探します」
「そうか。じゃあ、見つかるまでここで暮らすといいよ。部屋はどんな感じがいい?用意しよう」
うって変わって軽やかな表情になる真火香さん。
どこかうきうきと部屋の内装の提案をしている。
「プールが必要かな、ああ、日差しがよく入る場所がいいね。布団は水の中かな?」
指した先にぽんと現れる小さな部屋の模型。
指先一つで床の半分をプールへ変え、小さな家具たちを生み出し配置していく。
ルディがちょこちょこ口を出しながらそれらは、今の状況のようにとんとん拍子で決定されていった。
「えええええちょっと待っ……いいんですかそんなに軽く」
「いいに決まってるさ。この屋敷には私とルディ以外誰もいなくてね。住人が増えるのは大歓迎だよ」
そうか、だから異様に人の気配がしなかったのか。
こんな大きなお屋敷で、たった2人で暮らして、時々寂しくなったりしないのだろうか。
いや、2人でも寂しくないほど仲が良いのかもしれない。
それは素直にうらやましいと思う。
私が住んでいた所は人こそ多かったけれど、排他的であまり交流などはなかった。たくさんの人と暮らしているのに、時々寂しくなる場所だった。
ルディが昼食の支度に行ってしまい、真火香さんと2人で廊下を歩く。
もう私にはここが、寂しいお屋敷には見えなかった。
でも、どうして2人しか住んでいないのか、という疑問が頭の片隅に引っかかって揺れている。
聞けば彼女は何事もないように答えてくれる気もするが、あまり不躾に訊ねるのは憚られる。
気にはなるが、気にしない。そう結論づけた時、ふと私の顔を見た彼女がくすっと笑った。
「家業を継いだ変わり者が私1人しかいなかった、というだけのことだよ」
どきりとする。
心の中にしまっておくはずだった疑問を見透かされた。私は、そんなに分かりやすい顔をしていたのだろうか。
それとも彼女だから分かったのだろうか。慌てた頭ではろくな返事もできない。
「他にも家族はいるが、みんな他の街で普通に暮らしているよ。一緒に暮らせればいいんだろうけれど、彼らは魔法に近づきたがらない」
当然、魔法使いである自分にも。
そんな続きが聞こえるような気がした。
「そんな顔をしないで。私は、私のやりたいことをやっているんだ。その結果、家族が離れてしまっただけ。それは、ある意味不幸なのかもしれないけれど、私にとってそうではないんだよ」
それは、私にもよく分かる言葉だった。
私は、私のやりたいことをやっている。その結果、私が家族から離れてしまった。
それを時々寂しいと思うことはあっても、そうしなければよかったなんて後悔したことはない。
彼女の微笑みに釣られて笑い返す。
私が元の世界へ帰るまでだけれど、きっとこの人たちと仲良くやっていける。
そんな不思議な自信が湧いてきた瞬間だった。