第4話
「とりあえず、名前を聞いてもいいかな。私は先ほど言ったとおり、一柳木真火香。この子はイゾルデ・W・アリエス」
紹介されたルディが丁寧にお辞儀をする。
あまりの丁寧さに私はぎこちないものしか返せなかったのがなんとなく気まずい。
「私はマリーです。ブリット・マリー・アッペルトフト」
「うん、よろしく。じゃあマリー、聞きたいことはあるかい」
緊張した声が出る。
そんな私を真火香さんは口元だけで笑った。
それが恥ずかしくて、カップを手に取り赤茶の湖面を覗き込んで、気を落ち着けようと深く息を吸う。
すっ、と香りが入り込んで、思わずほう、と息をついた。
酸味が駆け抜けた後にやってくる甘い香り。2つがお互いを引き立て、1つの香りとして成り立つ。それは、一瞬にして私の緊張も気恥ずかしさも全部どこかへ追い払ってしまった。
クリアになった頭で考える。私が、今聞きたいこと。
「あの、"野良犬"、ってなんですか?」
「ああ、"野良犬"ね。"野良犬"というのは、召喚者が放棄した使い魔のことでね。それが野良となってさ迷っているのを指すんだ」
「放棄……」
「君も、何があったか知らないけれど、放棄されてしまったんだろう」
何があったか、それは私にも分からない。
そもそも海を移動中だったのだ。それが、突然森の中に放り出されて。
召喚者が誰かも分からない。
「それが、例のアレっぽいんですよ、彼女」
「何?またか……。今月で何件目だい?」
ルディの言葉で真火香さんの眉間にしわが寄った。
もううんざりだと言わんばかりの顔だった。食べかけの焼き菓子を口に放り込んで、やれやれと呟く。
コーヒーを一口飲んだ彼女は、ようやく例のアレの説明をしてくれた。
「最近、一般人がどうやってか魔導書の類を手に入れて、遊びで魔術の真似事をしているらしいんだ。大抵は素質がなくて不発に終わるんだけれど……たまに成功する奴がいる。そいつらは召喚するだけして満足してそのまま置いていってしまうのさ。全く、迷惑ったらありゃしない」
私、いたずらで呼び出されたんだ……。
そう理解すると悲しい気持ちが湧き水のように心を満たしていく。
いたずらで、突然別の世界に呼ばれて。
知らない森をさ迷って。
無事に、帰れるかもまだ分からない。
「帰るには私に魔法を頼むか、呼び出した魔導書を探すしかないね」
真火香さんの言葉に顔を上げる。
内容の割に彼女は重い顔をしていた。
それがどうしてか、私には分からない。
「お願いしたら帰してくれるんですか?」
「ああできる。ただ……世界と世界を跨ぐとなると君に代償を背負ってもらわなくちゃいけない」
言葉に重みが乗る。
彼女が重い顔をしたのは、このせいだろうか。
言うのは嫌なんだ、とでも言いたそうな、そんな顔だった。
「それは、なんですか?」
それでも私が聞けば、重い口を開いてくれた。
白銀の瞳と私の目が合う。
全てを見透かすような不思議な色。
呑み込むような黒とは違う。
包み込むような青とも違う。
燃え上がるような赤とも違う。
不浄を許さない、高潔な神秘。