第3話
屋敷の中はシンプルだが細かな部分に贅沢を感じるデザインだった。
それだけなら感動して終わりなのだが、妙に人の気配がしないのが気になった。
これだけのお屋敷なら、何人も人がいておかしくないと思うのだが……。
やがてイゾルデのノックの音で意識が思考の海から浮上する。
すぐに、どうぞ、という声が返ってきて扉が開かれる。
「真火香さん、無害そうな"野良犬"だったのでつれて来ちゃいました」
真火香、そう呼ばれた人物は、黒い短髪と高貴さを窺わせる黒い服装に白銀色の瞳が映える人だった。
窓辺に腰かけて、古そうな本は開いたまま膝の上に置かれている。
机の上にも応接テーブルの上にも本が積まれて、豪奢な装飾を隠してしまっている。
「うん、構わないよ。……ああごめんね、少し調べ物をしていて散らかっているんだ」
彼女が薄く笑った。
底知れないそれに、無意識に警戒する。
ただの偉い人だとは到底思えなかった。
「私は一柳木真火香。ここ一柳木家の当主で……魔法使いさ。ご近所からは"魔法使いの真火香さん"と親しんでもらってるよ、ありがたいことにね」
真火香がぽんぽんと手を叩く。
すると膝の上の本が、机に積まれた本が、応接テーブルに積まれた本が、ひとりでに開いて鳥のように羽ばたきながら壁際に置かれた本棚へ帰っていく。
「さてお茶でも飲みながら細かな話をしよう」
窓辺から降りた彼女が両手を差し出すと、銀のお盆にのせられたポットとカップ、色とりどりで可愛らしいお菓子がたくさん盛られたお皿が"湧いて出る"。
それを応接テーブルの上に置き、ソファを勧める。
恐る恐る腰かければ、ふわりと沈むそれに目が丸くなるのが自分でも分かった。
ふっかふかだ……、と感動する。
続いて真火香とイゾルデも座り、ポットを手に取ろうとしたイゾルデを真火香が止めた。
「コーヒーと紅茶、どちらがお好みかな。私はコーヒーを頂こう」
傾けたポットからカップへ黒い液体が注がれていく。
これがコーヒー……こんな害のありそうな色のものが、本当に飲めるのだろうか。
試してみたい気持ちに駆られたが、無難に紅茶を頂くことにする。飲めなかったら、困るしね。
「了解。ルディは?」
傾けたポットから今度は透き通る赤茶色の液体が注がれる。
さっきと同じポットなのに、どういう仕組みなのだろうか。
先ほどの片付けといい、お茶の用意といい、まるで童話に出てくるような魔法使いだ。
少なくとも、私の知る魔法はこんな現実離れしたものではなかった。
「本来こういうのは私の仕事のはずなんですけど……。紅茶でお願いします」
「細かいことは気にするなよ。ちょっと……中身が、ね」
「空なんですね。はあ……」
空!?
ということは先ほどのお菓子のように、リクエストをもらった時点で中身を詰めている、ということか。
それは……飲み食いして平気なのだろうか……。
「警戒しなくても何もおかしなことはないよ。さあどこから話そうか」
コーヒーに口をつけながら、真火香が私に問いかけた。