第2話
「人魚……?」
突如として聞こえた理解のできる言語に、私は勢いよく反応を示す。
そこには黒いワンピースの上から白いエプロンをつけた、金のきれいな巻き毛に、くるくると巻いた金の角の女性がいた。
「あの……言葉、分かります……?」
そっと声をかければ、はっと気づいた彼女が肯定する。
ほっ、と自分でも分かるくらいあからさまに安心してしまう。
「人魚が、森の中で何をしてるの?」
「うーん……ま、迷ってる……としか。私も突然ここに来てて何がなんだか……。最初に見た人たちは言葉が分からなかったし……」
「やっぱり、"野良犬"なのね」
「の……犬?」
訳知り顔で頷く彼女に、私は首を傾げることしかできなかった。
野良犬……何かの用語だろうか。あまりいい意味だとは思いにくい。
おおよそその言葉から想像するに、捕まえられて、処分……される、のだろうか……。
「そんな怖がらなくても大丈夫よ。あなた無害そうだし……、うん。ねえ、私の主に会ってみない?」
笑顔の提案に少し戸惑う。
主……何か偉い人に会ってみるか、と言われても判断に困る。会って大丈夫なのか。
そもそも言葉が通じる相手とはいえ、ほいほいついていってもいいのだろうか。
「……分かった。会ってみる」
しかし、断ったとしてもその先に解決策などない。
それが正解かは分からないが、私にはもうそれしか道がないのだ。
「よかった。私、イゾルデ」
「私、マリー!」
もしかしたら彼女とは敵になってしまうのかもしれない。
けれど、友達になれたらいいなあ、と心の底から思う。まだ会ったばかりで、不思議な話だが。
森から出て街を歩く。
やはり自分には馴染みのない街だ。
きれいに整備された道は無機質な印象があるが、見事だ。
空は柱から伸びる線が空を切り取っていた。
人間の街はいつ見ても知らないものばかりで、いつも私をわくわくさせてくれる。
それは陸に憧れていた頃も、陸に上がった後も変わらない。
この好奇心が尽きない限り、私は海へ戻るつもりはない。
街の人々から視線を感じるが、嫌なものではなかった。
どちらかというと、子どものおつかいを見守るような生暖かさが多分に含まれている。
「着いたわよ」
その声に視線を戻す。
着いたのは大きな大きなお屋敷だった。
ここには偉い人が住んでいる、と誰もが分かるような建物だ。
門に飾られたネームプレートには、「一柳木」と書かれている。
「この時間なら書斎にいると思うわ。さ、行きましょ」