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マリーとルディ  作者: 緑茶少年S
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第16話

 大きな水の塊を繋いで、中を泳いで抜けていく。抜けた部分の水は静かな川のように私の前に流れて、再び水の道を作る。公園へと続く道をそうやって移動しながら、思考は再び帰ることについて沈んでいく。

 帰るんだ、帰らなきゃ、とずっと思ってきたはずだったのに、いざ手が届くとなるかもしれないとなった今、その手をすぐさま伸ばせる気持ちになかった。そう、ここに来てからずっと思ってきた。

 なのに、手を伸ばそうとすると頭の中に真火香さんとルディの姿が切れかけの電灯みたいにちらつく。

 私は、帰りたくない、のだろうか。ここに残って、このままルディたちと家族のように暮らしたい、のだろうか。そうとも、思えなかった。それはそれで、禁断の果実でも前に置かれたような気持ちになる。それを選んでしまったら、恐らく私はここでまた楽しく暮らしていけるのだろう。けれど……元の家族や友だちを置いていくことになる。それは、なんだか……。

 そこまで考えたところで、公園へ辿り着いた。思考を元に戻し、車止めの間を抜けて中へ入っていく。塗装がところどころ剥げたベンチ、誰が作ったかも分からない山が佇む砂場、汚れて年季を感じさせる遊具の数々。それらが静かに存在しているだけで、ここには誰もいなかった。日向に微睡む猫の姿も、地面をつついてまわるハトの姿も、何もない。

 なんだ、ハズレかな……。とすぐに思ったが、違和感が拭いきれない。


「……いくらなんでも……何もかもいないというのはおかしく、ないかな」


 この公園にはよくハトが来る。誰もいなくても、ハトの一羽や二羽は必ずと言っていいほど見かける。しかし、今はその姿もない。あまりに、静かだ。


「なんか、嫌だな。こういうの……よくない予感だよ」


 自分の手を握る。気持ちがざわざわとして落ち着かない。纏う水が、それを表すようにさざ波をうつ。水に濡れた肌が通る風でひやりとするのを、嫌がってさする。


「ルディ…………大丈夫だよね」


 振り返って見上げた空は、何も言わない。当然だと分かっていても、語りかけずにはいられなかった。


「っくしゅん!」


 空き地へと向かう途中のルディはくしゃみに顔をしかめた。誰かが噂しているのだろうか、と安易なことを考える。思い当たる人物は少ない。……まあ迷信だろう。気にしないでおく。


「ここ。前は駄菓子屋があったのよね……」


 空き地の前でつい懐かしそうな声が出る。年老いた店主の、古い小さな駄菓子屋。そこだけ昭和のまま止まったような場所だった。しゃぼんだまを吹いたり、けん玉をしたり、お菓子についてくるシールで一喜一憂したり……にぎやかな子どもたちと真火香の声の後ろで、時々黒電話がベルを鳴らした。ルディはといえば近くで見ながら、その和やかさに笑顔をこぼしていた。そんな懐かしい景色が、ルディの目に見えたような気がした。

 けれど目の前にあるのは、建物が取り壊され何も残っていないただの空き地。そこに幾ばくかの寂寥感を抱くのは不思議なことではない。

 長い時を生きる精霊のルディにとって人間とは目まぐるしく変化する生き物であり、一瞬で溶けてしまう角砂糖のように頼りなく、儚い生き物だった。


「おっと、いけないいけない。ぼーっとしてしまったわ。空き地は…………猫がお昼寝してるだけね」


 日の当たる場所に座り込み、心地良さそうな日差しを浴びておおいに昼寝を楽しむ猫以外、この場所には誰もいないようだった。

 今はまだ来ていないだけで、これから来るという可能性があるためルディは少しの間待ってみることにした。


「あ……」


 微かに漂ってくる赤いにおいに私は小さく声をこぼす。視線の向こう、今私の背後にある車止めが同じように配置されている公園の出入り口。アンは植木の陰からひょい、と現れた。


「あ……」


 私に気づいた彼女も同じような声を出した。どうしよう、と手を胸の前で組んで縮こまる様子は小さい子どもと変わらない。その姿に戸惑うことも迷うこともしない。

 にこ、とわざとらしく笑って小さな傘を広げる。リボンで飾られた濃いピンクの傘布に菱形にカットされた宝石の石突。その見た目は魔法少女のステッキのように見えるだろう。それで水を操ってみせればアンの目がきらきらと輝いた。

 隙だらけ。子どもらしくて、裏が見えていない。石突の先で丸くまとまった水をわくわくと眺める彼女を、細い水の弾が無数に襲った。

 アンは驚いて咄嗟に鱗で覆われた腕で防御する。それでも防ぎきれなかった分が彼女に決して軽くはない傷を負わせた。


「……防がない方が、良かったかもね」

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