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マリーとルディ  作者: 緑茶少年S
15/17

第15話

「うえ……っ…………っはぁ……」

「真火香さん、吐きそうです?」

「ああ気にしないでくれ大丈夫……と言いたいところだけどなかなか記憶が鮮明でね……しばらく肉類はだめだな、これは……」


 真火香さんがハンカチで口元をおさえる。帰ってきてから顔色がずっと青いままなのだが、昨日よりもっとひどくなっているように見えた。これでは仕事どころではないだろう。彼女の背中をそっとさする。息をするたびに上下する肩。吐き気に浮かぶ涙。それはまばたきをするとほろりと落ちた。常に瀟洒しょうしゃな彼女の弱った姿はひどく痛ましいものだった。

 彼女のようすに表情の険しくなったルディは、失礼しますよ、との宣言の後、真火香さんをいわゆるお姫様抱っこという形で抱き上げると寝室まで強制連行する。驚いて彼女の服を掴む真火香さんは、寝るのを嫌がっているようだ。

 かけられる抗議の言葉の一切を無視し、ルディは部屋へ向かう。投げかけられる助けを求めるような視線に、私は困った顔を返すしかできない。私にはルディを止める理由なんてないのだから。


「夢見も悪いんだ。勘弁してくれよ、ルディ……」

「いいえ。どうせ昨夜夢見が悪くて起きた挙げ句寝たくなくて未来視とか始めたんでしょう」


 ぐうの音も出ないといったようすで大人しくなる真火香さん。私もつい、それは無理しすぎ、と半目になってしまう。

 見慣れない死体にすっかり参って夢見も悪くなるほど疲弊した状態で、休息を放棄して無理をするなんて。夢見が悪く眠るのが恐ろしいなら、添い寝くらい私もルディもいつでもするのに。あ、いや、私は水の中じゃないと乾くか……。


「心配しなくてもそれだけ疲れていれば、夢を見ることもなくぐっすりですよ」


 ベッドに降ろされた真火香さんは観念したように首もとのスカーフを外して眠る体勢に入った。柔らかそうな音をたてて枕に頭を預け、ふわ、と欠伸をする。

 きっともうすぐにでもうとうとし始めるだろう。ルディの言ったとおり、夢を見ることもなくぐっすりと眠ってほしいと思う。もし夢を見てしまったとしても、穏やかな夢であるように願う。


「ああ、ルディ、マリー。君たちは2人だけでも捜しに行きそうだから視た場所を言っておくよ……。ふあぁ……魔法使いの方の確保は、木槿むくげへ頼めば大丈、夫……だ、から…………。で、ばしょ、は……」


 まだ眠りたくないとぐずる子どものように目をこすって降りるまぶたに必死で抗い、場所を告げると真火香さんはすこーんと眠ってしまった。

 あどけない寝顔。神秘さを感じさせる白銀の瞳はすっかり隠れ、本当に子どもなのではないかと思ってしまう。ひとりで眠るには大きなベッドが余計に彼女を小さく見せているせいもあるのだろう。

 髪に手を伸ばして撫でたい衝動をぐっとこらえた。ふと目が合ったルディと静かに笑い合って、部屋を後にする。


「木槿さんに連絡するのは私がやるわ。マリーは準備して待ってて」


 その言葉に頷いて一度部屋へ戻る。鏡台に置かれた空の小瓶をいくつか手に取り、纏っている水で中身を満たす。この水は常に私の魔法で動かしているので高濃度の魔力が溶け込んでおり、飲むことによって少しではあるが魔力の回復が見込める。全力で戦い魔力を使い切った後、帰るまでの間水を纏っていられるようにするためのものだ。外に出るときは必ずこれを携帯するようにしている。地上で魔力を切らしてしまうということは、そのまま死へと直結するのだ。私は歩けないし、長時間水から離れられない。この小瓶は、大事な生命線だ。


「これが無事に終わったら、帰るための大きな手がかりが入って、そうしたら……」


 帰れる、かもしれない。そうでなくとも、帰れるようになるまでそう日はかからないだろう。目的へ大きく近づける期待と、こちらで出会った人たちと別れる寂寥感が背中合わせになって心を占めた。


「マリー、お待たせ」


 扉の向こうからノックとともに声をかけられて我に返った。とにもかくにも、まずはアンをなんとかしなければ何も進まない。その先を考えるのはまだ早いだろう。

 首を振って思考を飛ばしてから、扉を開けた。


「木槿さん、行ってくれるって?」

「ええ。すぐ向かってくれるそうよ」

「よかった……じゃあ、私たちも行こっか」


 真火香さんが告げた場所は2ヶ所。この町にひとつだけある公園と住宅街近くの空き地。そのどちらも人に近い場所だ。真火香さんのお屋敷のような町のはずれなどではない。今の時間は人通りも車もあまり見かけないが、夕方近くにもなれば学校帰りの子どもたちの姿をよく見る。その前になんとかしなければ巻き込みかねない。無関係の誰かを巻き込むようなことは避けたい。


 「ルディ。ルディは空き地の方見てきてくれる?」

「二手に分かれるの?それは……いいけれど連絡はどうするの」

「大丈夫!かんたんフォンならちゃんと電話できると思う。短縮ダイヤル……っていうのも登録してもらったし!」

「そう……ちょっと心配だけど、信じるわ。公園の方、よろしく頼むわね」

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