第11話
その日の夜、木槿さんという真火香さんととても仲が良いらしい人が来て、真火香さんと書斎で何やら話していた。こうなるとしばらくこのままだそうなので、私はルディの部屋にお邪魔することにした。
彼女の部屋はシンプルであまり私物が無いように見えた。入ってすぐ閉められたカーテンに描かれているきれいな星空に、思わず声を漏らす。カーテンが夜闇で塗りつぶされた窓を覆っていく様子は、雲に隠れていた星が次々と姿を現していくようだった。牡羊座を中心に描かれた秋の夜空は本物と見紛う出来で、恐らく真火香さんの魔法によるものだろう。
ソファへ腰かけるルディのそばで、私は水に腰かける。彼女は、静かに私が話し出すのを待っていた。どうやら、話があることに気づいているようだ。聞いてほしいことがあるなんて少しも言わなかったのに、彼女が聡いのか、私が分かりやすいのか……。
「あ、あのね……私のいたところの話を聞いてもらいたいなって」
落ち着かなくなって指先を意味もなく動かす。下がりそうになる視線をなんとか支えながら発した声は、自分でも不安になるほど頼りないものだった。
そわそわする私と違って、彼女はとても落ち着いていた。それに気恥ずかしさが増して、余計に落ち着かなくなるループへと陥る。それでも、流れ出した言葉は勢いに乗って止まることはない。
「ルディと友達になって、もっと知りたいと思って。それと同じくらい、私のことも知ってほしいなって……なんか、照れちゃうね」
下手くそに笑った私へ、彼女も笑って承諾してくれた。それにほっ、と安心して少し落ち着く。こんなことを突然言い出して、変に思われないか不安だったのだ。
「……私、向こうでは戦う仕事をしていたの。国の直属でね、人々に仇なすものの討伐を行う機関。私の頬にある"XXII"はその証」
そっと左頬で大きく主張する番号をなでる。一人一人別の番号を持ち、私の場合22人目を意味する。
鏡で見る度に、これを刻んだ日を昨日のことのように思い出す。未来への期待と不安と、どうしようもない高揚感でいっぱいだったあの日。陸に上がってまだ日が浅く、何もかもが新鮮だった頃。浮かれ過ぎかな、と頭をよぎっても心は気づかないふりをして。
「仕事は嫌じゃなかったし、働きすぎるくらいには好きで、無理してはアルテマリアって助手の男の子によく怒られた」
ものすごく健康にうるさく、ドクターストップという名の物理技で私に休むよう命じる、うんと年下の少年を思い出す。名前も見た目も女の子みたいなのにとてもパワフルで、言葉にはいくつものトゲが生えていたっけ。
きっと向こうへ帰ったら、ちゃんと食事をとったのか、ちゃんと睡眠をとったのか、といろいろ確認されるだろう。その様子は簡単に想像できて、声すらも頭の中で再現される。
「だからマリーってじっとしているのが苦手なのね」
「う……言い返せない」
くすくすと笑われて苦い顔をする。
じっとしているのが苦手、というより、休むのが苦手なのだ。何かしら体を動かしている方が落ち着く。その結果体調を崩す、なんてこともあった。ここに来てからもルディに怒られたなあ。
「……早く、帰りたいわよね」
「そう、だね……。ここの居心地が悪いとか、孤独感とか、そういうのは無いよ。ルディも真火香さんも仲良くしてくれるし。でもね……やっぱり、向こうが私の世界なんだ……」
「少しも悪く思うことじゃないわ。元の世界……故郷のある世界に帰りたいと思うのは普通よ。私も……時々恋しくなる」
「ルディ……」
「……手がかり、見つかりそう……?」
探るような声。簡単に見つかるものではないと分かっている上での問いなのだろう。それに対して不快に感じたりはしないということを伝えるように笑いかけた。
「……ううん。やっぱり難しい」
人魚を召喚する方法が載っている魔導書は予想よりも多く存在しているが、対象の世界の情報などほとんど書かれていない。召喚に必要な言葉と、条件と、道具と、帰す方法と、申し訳程度の召喚対象の詳細。喚び出すためだけの書物なのだから当然ではある。そこから絞り込むのはもちろん、自分の世界を特定するなど到底不可能に思える。そんなこと、果たしてできるのだろうか。
私の言葉にルディは目を伏せる。それから、意を決したようにまっすぐ私を視線で射抜く。
「マリー。もし……もしも、お手上げになってしまったら、私が真火香さんにお願いする」
「えっ……!?」
彼女の瞳は本気の色をしていた。決して冗談ではないと、表情や声にも表れている。
真火香さんに"お願い"するということは、代償を背負うということに他ならない。それも、重い代償だと分かった上で言っているのか、彼女は……!
「だ、だめだよ!そんな……私のために、そんな、重い代償を背負うなんて……!」
「だから、お手上げになったらよ。でも、そうなったら遠慮なく言ってほしいの。貴女はこんな理不尽な召喚で、元の生活を諦めるべきではないわ。そのための代償くらい、なんてことないわよ」
「……ありがとう。でも、絶対に見つけるから……!だから、大丈夫だよ!」
ルディの言葉に涙が出そうになるのをこらえて笑う。ここまで言ってくれるなんて、本当に、私にはもったいないくらいだ。だからこそ、私ももう一度決意する。
──必ず、帰る方法を見つける。私の大切な友達に、代償など背負わせたくない。




