Missing 9 ◆二つ目の話
「――です」
急に彼女は言葉を切った。
「です? ……で?」
「……いや、そういう話があったって事で」
いやいやいや、まて。オレは夕飯のカツサンドを頬張ってたから、危うく気管に入るところだった。
しかし中途半端な。
「続きは?」
「……うん」
頬杖つくと離れた窓の外を見やる。
外は夕立がきて土砂降りだったが、止んだら見事な赤い夕焼けが、夜色の空の隅を焦がしながら沈もうとしていた。
オレンジ色の外灯が、この洋館の庭園に幻想的な夢の訪れを告げている。
こういう景色見てこのセンス、ホントにいつも思うんだが、ここのマスターは絶対にあの脳味噌は別人の脳味噌だ。
てゆうかなんか、いま彼女から聞いた話が、そのままオーバーラップする。
「それで逢ったのが、例の『彼』なワケですか」
カツサンドが、なかなか胃に流し込めないので、噛み締めながらモゴモゴと訊ねた。
その物寂しそうな横顔って初めて見るんだが、けっこうキライじゃなくて、これって萌(以下略
「――引越ししてすぐに逢った」
少し深めの呼吸をして溜息をついた。
「え、と、少女漫画も描かない『お嬢さん、ハンカチ落としましたよ』なんかよりもベタ過ぎて蕁麻疹出そうなくらいどうにでもしてくれっていう出逢いですか」
「……声かけられたときに、目が合って、目が合う瞬間に、なんていうのかなぁ、物凄い大容量のオンラインデータが一瞬で双方向」
「すいません、なんか例えに繊細な情緒性が感じられないんですけど。えぇと、アレだ、普通なら『雷が走ったようになってフォーリン・ラブ』なトコでしょ?」
「そうだねー、普通ならそんな感じ。でも雷ってよりもプラズマの方がイメージに近いかな」
「だから、『※これはイメージです』でしょうがっ」
カツサンドを口から吹き飛ばしそうに突っ込むと、笑いながらゴメンゴメンと言い、本日二杯目にして食後のアッサム・ティーに口をつけた。
『彼』と出逢ってから、この上ない精神的な充足感、安寧、心地よい眠り。
それもこれも、この魑魅魍魎が跋扈する都会で、『彼』は私にとって以前と同じ仕事をしているお陰なのだが。
『彼』が居ないときは、猫が代わり。
そんな不思議な関係が、もうすぐ一年ほど。
「――その話の内容だと、これからなんか大変な事がありそうなんだけど……しかも占い師さんの一つ目ってあったから、二つ目とかどうなってんの」
「ん? あ、二つ目」
「それそれ」
「そうだ……占いよりも十年以上前に、ある人に言われてたんだ」
「何をですか」
「ちょっと若気の至りで、突っ張っててね……アタシはアウトサイダーって豪語してたら、『あなたはいつか、炎に飛び込む人』って言う人が居たんだ。
その人、この星のどこかで大地震が起きる前に具合悪くなったり、他人の精神に同化できるとか、自然と話ができたりとか……社会や家族に迫害されても凄く優しくて不思議な人で、そんな境遇で私のことを心配してくれてた。そういう人が、私を言い切った。
穏やかじゃないでしょ? そこに飛び込むってのは、事件の当事者になりかねない状況なんだと思う。でも、何の炎なのか、或いは炎と言うからには何かの戦いがあるのか、先の詳しい事は分からない。
ただ分かるのはね――」
――もう、誰を失っても、自分がどうなっても、自分は一人で立ってなくてはならない。
でも『以前のように』失敗は出来ないし、何も出来ない自分ではいけない。
敵がいるのも、自分のため。
今度は自分に出来る限り『彼』を守ること。
この世界で許される限り、『彼』を愛すること。
彼女の非情な覚悟を感じて、オレはちょっとナーバスになった。
もしかしたらオレって共感能力バツグンかもしんない。って言ってる場合じゃなくて、いま気がついたんだが、さっきから彼女は話の内容でしきりに「この世界」って言うんだけど……。
「あの……」試しに控えめに探ってみる。
「何」
「この世界って、ココ?」
テーブルを指差す。
「うん」
「えへぇっ。マジで? ココで何が起こるの?」
「いや、分かんない」
「分かんないって、それもマジ?」
「マジ」
「でも何か分かるんでしょ?」
何か分かれよっ。
「う〜ん……詳しい話は『彼』も言わないから不明なんだけど、要約するとココの世界の悪い人と、私たちの敵が結託したみたい。それで一応“あっちの世界”でも責任あるってんで、私たちが志願してきたらしい、みたいな」
淡白な表情でしれっと言うから、なんかあんまりさっきみたいな悲壮感ないなぁ。
「討伐ですか」
「カッコイイかも」
「戦うんでしょ?」
「まぁ、戦いに来たんだしね」
彼女の認識なのか、それとも一般人は「関係者以外立ち入り禁止」のせいか、いまいち焦点が合わないんだが、もしかしたらこれは地球の一大事とかって話になるわけで、そういう情報は無いんでしょうか。不安です。
「あのさ、漫画とかみたいな話になるかもしれないんだけど、お嬢様がどうやって戦うの」
そういうところも、不安です。
そういうときのお嬢様は、物凄く可憐で花も手折れないタイプか、または反動激しく炸裂するタイプに分かれやすいので、どちらかと言うと後者の方に一抹の不安がよぎるわけです。
そしてこの星で、どうお暴れになられるのかもチェック項目の一つに加えたいと思います。
「私はねぇ……」未だ本人は良くわかってない風に言う。
「戦うって言うか、武器」
「ぶ、武器ぃ?」
「うん。何か剣。誰か仲間みたいな人が『自分の剣を探してる』みたいだから、その人が使うんじゃない?」
「古風って言うか、めちゃくちゃゲームプレーヤーなんですが。事実は小説よりもゲームに近かったのか……侮れん」
「私も思う。でも、なんだろ、武器にしてもなんだけど、結局色々とエネルギーとか形状とか突き詰めていくと、思っても見なかった原型に戻っちゃうよね」
「うんうん。最後は総大将とかが、一騎打ちで肉弾戦…って、それって裏読みするとミサイルや銃が当たり前の地球よりも文明は発達してるって事ですか」
「あー、それ感じる。飛行機乗ってても鈍くて不器用な遅い乗り物なんだって思うもん。車も不便だし、何見てもアナログなんだよね。デジタル時代って言うのに。石油使う内燃機関を不便に思うのは変かな」
嬉しそうに自分の感覚を言葉にするさまは、まさにこの世界の人ではありません。
そりゃもしかして、宇宙人が地球に来て、実際に地球に来たってのは地球以上の文明があるわけで、上から見てたらこの世界って実にくだらないんだろうな。
なにせ、せまい地上で蟻んこみたいなちっこいのが、ワーってアッチ攻めたり、ギャーってコッチ責めたり、ごちゃごちゃやってんだから相手にはしてくれないんだろうし。
すっかりSF映画や漫画みたいなのに感化されたオレは、ウソにしてもホントにしても、何だか「上から目線」になってしまってた。
いや、「上から目線」って悪い意味で捉えがちなんだけどね、そういう意味じゃなくて。