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Missing 7 ◆魂の傷

 湿った空気を追い払うように、天幕内に置いてある扇風機が、ブーンと唸る。

 首を振ってテーブルクロスの裾を乱し、私の素足にも控えめに風を送っていた。

 それでなくても湿度の高いところだから、天幕なんて張らずにオープンにしたら良いのに。

 意味も無く扇風機を見つめて、全く関係のない事を考えているのは、たぶん、リゾート地に昼寝しに来たもう一人の自分。

「――何か言えるかい?」

 占い師は上着の裾を煽って涼を取りながら私を見る。

「――え」

「かなりの衝撃だった?」

「――あ……」

「辛い?」

「……」

 急に酸素濃度が下がる、そんな息苦しさを覚える。

「“黒衣の戦士”は、どうなってますか……」

「私の口からでいいのかい」

「符合性を、得たいと思います。是非」

「……その戦士風の人は、アナタに忠誠を誓うボディ・ガードみたいな感じ。アナタが深窓のお姫様みたいな、巫女みたいな立場……に見えるんだが、そういう人を守る専属の戦士と見受ける」

 いつの間にか握り締めた自分の掌に、じっとりと汗が滲んでいた。

「ナンだろうね――…どう? 全てをゆだね信頼しきっていた人が、自分を守って傷つくってのは」

「……――」

 何の予告も兆しも無く、占い師を凝視した目から熱いものが急に溢れた。

 あっという間に、頬を伝って下に落涙する。

 何で、泣いてるんだろう――

 まだ、もう一人の自分は不思議そうにしていた。

 

 ――思い出したから……

 

 知ってる。

 そうだった……

 

 自分で戸惑いを覚えるほど滂沱の涙に視界がぼやけ、嗚咽が漏れそうになり慌てて口元を押さえた。

「――し――死んでしまったんです――」

 どうして、こんなに自分は哀しくて泣いてるのか、見当も付かなかっった。胸も、息も詰まる。

 “時間を止めて――”

 “――あの人は、私を守って死んでしまった……”

 

「それも知ってるし、観てるんだね」

 頷いて返事とした。

「それが直接的原因かな」

 アシスタントの男が天幕の中を覗いて、ティッシュボックスを隅に置く。みっともないとかそんな余裕も無く、「貰います」の断わりも忘れて、私は続けさまにティッシュを四、五枚取って顔に当てた。

 それから鼻声のまま、

「――わたし……私は、何も出来ない存在でした……平和に、守られていて、何者かも知らないで……何処からか敵が攻め込んできて……私が、私の落ち度のために、自分を危険に晒す事態に陥って……応援が間に合わなくて…彼は――」

 

 

 

 ――白い雲海のような世界に、まるで神殿と言う趣の天井高い建物の中で、物陰に隠れる私。

 周囲が騒がしい。

 結界が破れたのだという。

 瞬く間に敵が侵入してきて、混乱に陥った。

 なぜ、結界が破れたのか?

 それは分からないが、自分が原因であろうとは思う。

 何か、禁を犯したとでも言うのだろうか。

 あいにくと私の居場所は手薄だったのだ。

 醜い獣のような異形の生物が、ここを目掛け大挙してやってくる。

 狙いは私。

 私は戦う術を知らない。

 いつも誰かに(かしず)かれ護られてきたから。

 虚を突かれて、私の傍には『彼』しか居なかった。

 多勢に無勢とはこの事なのだろう。

 いくら手練れとは言え、敵うわけも無いのに『彼』は、私の護衛と言う任務を全うしようとした。

 ――もっと、早く

 ――誰かが間に合ってくれれば

 

 ――それより

 ――自分が戦える手段を持ってたなら

 

 

 どうみても死にゆくしかない、そして“死”しか見えない『彼』の、“別れ”を告げるその頭を胸にかき抱いて、私はこれからの生きる術を失くしたように途方にくれ、悲嘆にくれ、我が身を呪う。

 別離が決定したその瞬間から、死までの瞬間の、その大切な一瞬を万感の思いをこめて、忠実なる(しもべ)の別れに応えた。

 未来の夫が、戦う力の無い私のために遣わした武将。

 大好きだったから、ずっと傍にいるものだと思ってた。

 

 でもこれから、たった今、彼は死ぬ。

 

 私を置いて、彼は発った。

 私を殺しに来た、魔物の老婆と戦いに。

 渾身のオーラを纏った剣と、醜い手指から出る禍々しい光と、それらはぶつかって火花を散らした。

 戦いがピークに達したとき、それらが互いに刺し貫く。

 

 ――分かってたでしょう

 ――だから、お別れを言ったじゃない

 

 ――分かってる

 ――分かってる

 ――これは仕方の無い状況だから

 

 ――仕方が無い?(・・・・・・)

 

 耐え切れないその時が訪れ、私は自分の口から聞いた事も無い、空間をも(つんざ)く叫び声を聞いた。

 

 私を救出しに力強い味方が駆けつけたのは、全てが終わった後だった。

 間に合うはずも無い。

 

 ――私のために、私の大切な人が死にました

 

 ――胸が張り裂けそう

 ――私の半身が失われたような痛さ

 ――これが、失うと言うこと

 

 急激で巨大な喪失感は、私を飲み込んだ。

 護るだけなら『彼』一人ではないのに、それこそ私は戦いの力を持たない女であるのに、その他にも私を守る心強い優しさに囲まれて、それでも――今の私には『彼』と、この状況下における己の不甲斐なさに激しく我が身を呪った。

 

 

 ――彼が、死にました。

 

 ただでさえ、感度が高く細い神経を一気にすり減らす。

 

 ――何処へ行ったの。

 

 自分で(ぬぐ)うしかないものが、私の魂に刻まれた。

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