Missing 6 ◆知り得る物語
「え?」
「少し、アナタとは話し込むことになりそうだ。いいかい、料金は変わらないし、アタシはただの媒体者でありメッセンジャーでしかないよ。考えるのはアナタだ」
私と言う身の上に何があるのか、自分でも興味深々ではあるが、軽々しくも訪れた占い一つにしては多少気後れがする。
占い師は私の戸惑いをよそに、アシスタントの男に言って占いブースを文字通り“看板”にした。「今夜はアナタのカウンセリングで手一杯になりそうだよ。アナタが覚えている夢をどんどん話して。それは夢であって夢じゃないからね」
妙にその言葉がズシリと圧し掛かる。
彼女は本気モードで構えるためか、大きめの尻をモゾモゾと動かして椅子の位置を定めた。
両腕を一旦広げて伸ばすと、すぐに下ろし再度ボウルを抱え込むように手を回す。
「……アナタの後ろにとても強い守護があるのを感じる……結構な力だね……。だからアナタはこれまでの人生で、この世のくだらない悪い人とは縁が出来ないし、悪い人が呼び寄せる悪い因縁にも遭遇して無い……」
一般にはこれを非常に幸せな人生だと言うらしい。
しかし強力な結びつきである結婚を断行したのを鑑みるに、この世界に余計な因縁を作らないよう、一種の隔離みたいな状態とも見えるのだ。
「だからね広く浅くの付き合いで、親友とか、オトコなんかも出来にくい理由にもなってる。その辺はちょっと寂しいね」
それは安泰な人生のためではない。
それだけの使命を持っていて、その分強大な敵がいるって事の裏返しなのだそうだ。
ところが、“敵”は私を貶めようと虎視眈々と狙っているのだと言う。
「守りが強くて手が出ない。だから悪人を近づけたり、都合よく身近なちょっとした事故や事件を起こしたりできない。どうだい。そのかわり寸前で回避できたことって、記憶にないかい?」
「……死にそうな目には生まれた時から……そういえば幾つか……社会的に大きな事件や災害とか時間が数日とか数分とかズレてたり、その場に居合わせてても向かった方向が違っただけで、とか、運が強いだけだと……」
「それだね。それだ。大きな事件が起きるには、その分の負のエネルギーが大きくなくてはならない。日常生活の中でアナタを殺すには、負のエネルギーが小さすぎるからダメなんだ。より大きな渦の中に誘い込んでしまわないと、アナタには手を出せないと言うことだ」
「……私はいつから偉くなったんですか」
「自分では考えられないだろうけどね?」
「……はぁ……」
「それと……この世界の霊獣が傍にいたね」
「霊獣ですか」
「色々いるでしょ。想像上の存在とされる動物。小さい頃にいなかった?」
「……! 小さい頃……えぇと、ぺ、ペガサスとかでも」
「うんうん、それね。このところありがちなドラゴンとか龍じゃないのが珍しいよ。大体、聖獣ってのは動物だから階層は低めなんだけどね。で、そのペガサスずっとお守りしてたみたい」
「あー……小学生の頃、異様にペガサスとかに凝ってて、そればかり絵に描いていた時期がありました。兎に角、物凄い執念だったみたいですけど、ああ、ユニコーンも描いてましたが、ユニコーンじゃなくてとにかくペガサス」
――あんまり熱中して天馬を描いてたせいか、それも夢に見ている。
通ってる小学校の校内で、ペガサスに歌を教えてもらった。お菓子も貰った。
そんなまるでお守りをしてもらっているような、夢中で遊ぶ子供の私。
それなのにペガサスは『お別れだ』と云う。
そんなはずはないと駄々をこねて困らせた私を、優しい獣は別れを辞さない意思を宿した美しい瞳で見守ってくれた。
それから、ふとした瞬間に獣は私の元を去った。
あんなに、私の傍に居てくれってお願いしたのに……
顔を涙と鼻水でグシャグシャにしながら、お菓子を食べ、そして歌を忘れないようにずっと歌っていた。
次々と暗闇の底から浮かんでくる泡のように、思い出される夢の記憶。
こうして話していると随分と覚えているのに、なぜ今まで忘れていたんだろう。それに、何を話しても肯定されるこの状況……―――
「女の子ってのは、その頃が霊性に目覚めるときなんだよ。それがアナタの一つの区切りだったんだろうね。ペガサスはアナタがその段階を迎えるまで、寂しくないように守ってたんだよ。それに本当に子供のお守り」
クク、と占い師は笑った。
「ただね、大事なのはもっと別」
『夫』と『聖獣』のリーディングが大雑把な感じがしたと思ったら、本題は別にあったようだ。
占い師はもう一度、そのお尻を揺すって姿勢を正した。
「まだ、何か」
自分から、何が飛び出してくるのだろう。
「うん。もう一人の男の人が見える」
「え」
「この男の人はアナタにとって、とても重要な人らしい。なぜ?」
「……」
少し、沈黙が天幕内に流れた。
占い師がボウルを真剣に見つめる。
自分もその水に映る“姿”を見ることが出来たなら!
「――どうやら、コレは……大事件だったみたいだ」
「なんのでしょう」
「アナタの過去世―――直近の前世。“黒衣の戦士”みたいな様子を感じる」
私はそこでハッとした。
さっきよりもずっと鼓動が反応している。
“黒衣の戦士”――
ああ、その人――
その人は――
その人は、私が知っている。
だって、私は――
(私は……?)
動揺が体中を巡った。
あまり良い記憶ではない。