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Missing 4 ◆風に呼応した、わたし

 目の前に海があるのに、波の音も聴こえないでまどろんでた。

 内陸育ちの自分には、海に馴染みは無い。

 波の音は騒々しく耳障りで、頭の中に雪崩れ込んでくるから苦手だった。

 海の物語によく聞く、「水平線の向こうの失われた楽園から聞こえる呼び声」なんてのは、私の元には届きはしないだろう。

 ―――何故なら、私にはいつも何処からか、私を呼ぶ声が聴こえていたからだ。

 ふとした日常に、夜に、街角に、風の中に、誰かが、何かが。

 中でも眠りに観る光景は、私を何処かに(いざな)う。

 幼い頃から、一見何の脈絡も無く見えるが同じ雰囲気を持ち、そして因果関係(ストーリー)のありそうな酷くリアルな夢を観続けていた。

 夢はモノクロが殆どと言われるが、私が覚えている夢は全て自然な色の光景だった。

 その覚えている夢のどれも、ごく薄い紫の霞がかった色を為していた。

 自分の思い込みで例えて言うならば、まるで、アーサー王が湖から突き出た剣エクスカリバーを受け取るシーンに似る、霧の立つ湖水の静けさと異界のエネルギーに満ちた、不思議の国。

 記憶にある幾つかの夢でも、特に覚えている『その夢』の一つ。

 ただ、なぜこの事を説明するのに『アーサー王と円卓の騎士』で例えるのかも理由は分からない。

 興味のあるページだけ読んで、全部読破した事も無いのに、雰囲気だけは「それ」だとしか言えないのである。

 風が私の周りを巡っていたときもあったのに、そうした異界の感覚や記憶は大人の生活の中に埋もれやすい。

 

 ―――なんだか、気がついたら此処に来ていた気がする。

 

 昼間、エメラルドグリーンの海と、海と同じ色の魚と時々レモンイエローの魚、誰かが延々と積み上げるバニラアイスのような大盛りの雲と、藍色の空を見つめて、南の海にありがちな濃密な誘惑と甘さを含んだ風に当たり、砂浜を眼下に日がな一日バルコニーと部屋に独り、行ったりきたりして無為に過ごしていた。

 せっかくのリゾート地に来てはいたが、プライべートビーチの白い砂と戯れるとか、肌に刺さる攻撃的な日差しを挑発しに外出する事はしなかった。

 さんざ上から嘲笑っていたその太陽も大人しく海の向こうへ沈み、リゾートホテルの広い敷地内のあちこちに光が灯る。

 それも昼間と同じ気だるさで見やりながら、今夜もルームサービスで食事を済ませてしまった。

 さすがに自分でもどうにかしよう、と考える。

「……一応、ガイドブックとか買ってるんだけど」

 とは言うものの、一人旅だったから誰も頷いたり応じてくれるものなどは居なかった。

 仕事の書類と、ガイドブックと言う組合せもどうかとは思うが。

 ある意味、逃避行動に近い形で、衝動的に旅行に来たからだ。

 無理矢理、有給休暇をねじ込んで、上司にはストレス解消ですと、連絡がついても今すぐに職場へ向かえないような距離のつもりで、考えても見なかったところに来たのである。

 仕事は順調だし、忙しいし、やりがいもあるし、休みの日だってある程度は一人になる時間が欲しくなるくらいではあった。

 ただし、特定の人はいない。

 寂しくは無いと思ってた。

 急に身近な異性から向けられた熱い眼差し。

(―――キライじゃなかったはずなんだけど)

 悪い癖で、力いっぱい振り切ってしまった。

 その瞬間、忘れかけてたのを思い出してしまう。

(私は……ホントに男嫌い……?)

 何かのタイミングで、人は一気に人生疲れてしまうときがある。

 恋愛ってのは、

 周囲が迷惑がるほど、楽しいデート、

 お互いに誕生日のお祝い、

 クリスマスは上等なワインを一緒に傾けること、

 急に思いついたイベントを二人だけで騒ぐこと、

 星空の下を歩くこと、

 幾らでもあるのに。

(と言うか……酒の力を借りないと告白できないのも、時々女は許せないんだと思うんだ……)

 自分でいい加減な言い訳して、それで、この現実逃避旅行。

(なんか、こう、もっと、大恋愛して劇的な何かが起きて、それで傷心旅行とかなら分かるんだけど……私のコレはなんの付加価値もないんだけど……)

 少しメンドウだったが、それでも何とか自分を急きたててホテルから出てはみたのであるが、観光地の繁華街と言うのはどの店舗も同じ顔で客を呼び、同じ土産品を売り、同じことしか言わない。

 だからツマラナイのは知ってはいたが、それでも何処かにその土地の色があるんだろうと、繁華街の安全そうな裏道を覗くことにしていた。人の話を聞くのではなく、自分でモノを探すのだ。

 延々と続くネオンとイルミネーションと、小うるさい客寄せの音楽と電子音の中、私の足が止まる。

『占います』

 なんて簡潔なんだろうと思ったのだ。

 普通なら『占いの館』だとか、何を専門にしているとか、『売り』というのを前面に押し出すものだというのに。

 ―――占いか……。

 学生時代は凝ってた時もあったのに、本当の自分とか、少し先の未来を覗いてときめく事も無くなってしまってた。。

 旅の思い出に、最終日前夜、何かやってみるのも……。

 地元でもそんな気にならないのに、南国の夜は違う意味でその気にさせてしまったのだろうか。自然と足はそのブースに向かって一歩を踏み出してしまった。

「お願いします」

 時折吹き抜ける風を考慮して無い風に、そのブースは天幕を張り巡らし、煌びやかに現を抜かす俗世から隔絶した世界を作り出していた。

 中には三人ほどの男女がいたが、私を見ると一人の男が外に出た。

 女が黒い天板のテーブルに着き、もう一人の男がアシスタント風に脇に座った。

 そして、女は私の顔を見るなり「これは珍しいお客さんがおいでだね」と開口一番に言う。

「どうしましょうか」

 脇の男が女占い師に尋ねると「もう少し様子を見てからにしよう」と言い出す。

 その遣り取りが怪しくて、私は今更ながら緊張した。

「―――さて、ウチはタロット、ホロスコープ、手相、霊感と色々手法があるんだけど、何を悩んでるの?」

「あ……すみません……目に付いたので、何も考えてなくて……」

 腰を浮かして退出しようかと思った。

「ああ、いいのいいの。こういうね、しかもリゾート地とかに来る人たちって、だいたいそうだから。真剣に一つの事に悩んでる人もいるけどね、何に悩んでるか分からない人もいるんだよね。でもどの悩みも悩みだから。何かしら人は問題抱えてるから。私たちはカウンセリング」

 女占い師は笑って、手元のタロットカードを暇つぶしのように転がして言う。

 めくれて見えた「塔」のカードにドキドキする。

「……じゃ、普通に恋愛運とか」

「料金は固定だから―――色々と見てみようかね」

 ふっくらとしてても年齢を感じる手が、私の手を取って掌に視線を落とした。

「失恋旅行?」

「いえ……」

「そう……あのね、男運悪いと思ってるでしょ」

「悪い人は、そんな居なかったんですが……」

 だからといって、それに対する嫌悪感があるのは言えなかった。

 好意を持たれる。

 自分も好きだと思っていた。

 しかし、告白される時点で逃げ腰どころではなく、『この人ではない』と言った強烈な意識が生まれて拒絶してしまうのだ。

 

 ―――アナタハ チガウ。

 

 何がどう違うのか、そんなの説明も出来ないのに。

 

「―――でも、これじゃ男運が悪いって説明にならないのね」

 初っ端から随分な部分から切り出された。

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