Missing 3 ◆『彼』について
―――それはですね。
「―――そうそう、今日は試食だって言ってたよ」
あっ……横槍……せっかくの回想シーンだったのに。
「……え? マジ? ジャンボカツサンド食おうとおもって来たのに」
「その勢いだと三皿くらいいけそうなんだけどね」
「しょーがねーなぁ。カツサンドも頼もうかな」
「試食だって量大目に作るのに、そっち行くか」
「喰いたいモンは喰いたいんですっ」
休日の昼過ぎ。
日差しが、カフェの大きなウィンドウを斜めに差し込んで、店内の窓際に鋭角な白い世界を形作っていた。
昨夜は雨だったから、少し湿気があってムッとする。
「店内も客少ないし、日差しが入り込みそうだから、もすこし奥の席に行かない?」
「―――ん、そう?」
生返事をして彼女は、ガサガサと新聞を折りたたんで眩しそうに窓の外をみやる。
「―――暑そうだねぇ」
「だって夏だよ。もう」
「夏かぁ」
「海へ山へレジャーの季節」
「日焼けは大敵なの」
ま、一応、女性ではあるし
「でも、どっかに行くくらいは……」
「全く予定は無いなー」
「つうか、『彼』とかからそういう発案ないワケ?」
そこで彼女がマジマジとオレを見るんで、何か失言したのかと心持ち椅子を後ろに下げた。
ちょっとだけ椅子の足がキィって鳴った。
「―――まぁ、『彼』って言うと、“そういう彼氏”って定義に嵌りがちになるんだけどね……」
オレの住んでる所から、彼女は町二つくらい隣の近いところに居るので、うっかり外出すると会ったり見かけたりする。
「そりゃオレ如きが、どこをどう斜めに見てもイケメンの部類だし、傍目にはスゴイ優しそうだし、周りの女子とかからジェラシー波とか発信されそうだし、その、『恋人じゃない』ってのも勿体無いなってのは、一般的なものの見方なんだけど、オレとしては彼氏でなくてもイベントぶち上げて遊ぶとか……」
「……どうなんだろう。分からない。会って一年近く……何しろ唐突な出逢いだったし。……うーん」
自分でも腑に落ちないような、奥歯に物が挟まった言い方をする。言いよどんでいる部分が感じられたので、オレはこのざっくばらんで飄とした人物をもすこし知りたくなってみた。
自然体で生きているような女性が、どこかミステリアスな雰囲気を持っていたのには、最初から気になってたからだ。
「出逢いって」
ここで一呼吸置く。
その辺の話は聞いているから、そらで言えるんだぞ。
「イベントがあったんで友達と出かけようとしたら寝坊して慌てて出たら高くて細いヒールのサンダル履いちゃって仕方なく会場まで行ってコンクリ床の隙間にヒールが刺さって激しくスっ転んで死ぬほど足首挫いて立てず歩けず通りがかった男性にお姫様抱っこされて救護所に連れて行ってもらってそのままメアド交換してお友達になりました、っつうシンデレラのギャグバージョンみたいなお話は、普通いまどきの少女漫画でも描かないと思いますが」
「(笑)」
「いや、(笑)じゃなくて」
「だって、それ嘘でも妄想でもないところが面白いんだリアルで」
「おたくの話ですよ? しかも“常識”ではそのような世話とか生活とかってのを、彼氏とか旦那とか愛人とか」
「まぁ、確かにそうだ」
キレイにネイルした手でカップを持ち、いつも飲んでるお気に入りのアッサムの紅茶を一口飲んだ。
それから、椅子の背もたれに身体を預けて、とても素直な言葉をオレに言った。
「こう言うのもなんだけど―――」
そう言いながら見る彼女の瞳は、何故かいつも吸い込まれそうな感覚を覚える。あの奥には何を宿しているんだろう。
「スゴクね、とっても大事で、大好きな人なんだ」
うわぁああぁぁぁぁそんなノロケなんか最初から言って、どっか行ってしまえぇぇぇぇええ。
「―――でも彼は私の“恋人”にはならないし、私もそうはならない」
力強い断定。
「ずっと……逢いたかった人なんだけど……」
なんだその意味深すぎる言い回し。
「……ね」
はい?
「運命みたいなのって信じる?」
なんだろ、その真剣な眼差し。仕事とか趣味とか熱く語ってるときとは違うんだけど。
オレの喉が、妙な緊張感で渇いてしまった。同じく紅茶(あ、オレはダージリンのファーストフラッシュね)で潤そうと思ったんだが、手が震えそうでかっこ悪いんで、飲むのはやめた。そこは日本男児だ。
「―――運命って、これまた似合わなさそうな事を言いますが」
ところでオレ、なんで丁寧語?
「……うん……まぁ」
その物思いに耽るような沈みっぷり。ああ、聞いていいんだろうか、聞かなきゃいいんだろうか。
「このハナシ、色々とあってねぇ……まぁ、ファンタジー、よくあるファンタジーなんだ。聞いてみる?」
落としていた視線を上げて、彼女は勇気を出したように聞いてくる。
「ふぁ、ふぁんたじー大好きです。常日頃、貴女からは『この世のものならぬ』人たちのお話を窺ってますから免疫はバッチリです」
の、はず。
「うん……あくまでファンタジーでいいよ。……三年前なんだけど―――」
そう言って、彼女の不思議な世界がオレの前に展開されようとしていた。
正直、たぶんオレは普通に一般人すぎた。