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Missing 2 ◆小路の洋館

 

 ……あ、俺?

 ……うん…、いいよまだ……。

 ……分かった。それじゃ。

 

 小声で一通り会話が終了すると、通話を切った。

 なぜ「小声」かと言うと、此処は大声を出して話をするところじゃないからだ。

 

 大通りから少し狭くなった小路を入って、鬱蒼うっそうとした木陰の中に目立たなくて意味の無い看板をようやく見つけると、和の風情漂う格子戸をカラカラと開き、玉砂利の敷かれたもっと狭い路を奥へと入っていく。

 まるでお茶を戴きに茶室へと導かれるプロセスを、そのまま模倣(トレース)したような造り。

 やがて同じく鬱蒼とした木々に埋もれた、一見デザインハウスの如く洒落た一軒家があるので、指紋がついて汚れるのを躊躇ためらうほどに、美しくカッティングされたガラスをめ込む扉を、涼やかな音を奏でるチャイムと共に開き、入店する。

 ダークウォルナッツの木目床。

 シュガーホワイトの壁、天井。

 イタリア製ウォールライトとスペイン製スタンド。

 白いガラス加工天板のカウンターと、白天板とガラスのテーブルが交互に並ぶ。

 アイボリージャカード布張り猫足の椅子。

 ありがちなカフェカーテンとかは無し。

 白と濃いチョコレート色と、透明なガラスとスパークリングゴールドの弾ける煌き。

 ヨーロピアン調の高級ホテルラウンジとかみたいな造りの、おとな〜な佇まいのカフェ。

 会社の営業で出たときの昼休みとか、休日のメシとか、そういうのをよく食べに来たり、時間を潰したりするオレが住……いや、常駐カフェ。

 結構大きな都会にも、こういう閑静な空間があることがオドロキなんだが、そこだけ切り取られた空間みたいな小奇麗なカフェが、オレの憩いの場所だ。この飽きの来ない雰囲気に嵌ってるんだと思う。ま、似合わないのはデフォですが。

 で、今日はしっかりと休みの日で、休みの日なのにしっかり来ているオレがいる。

 オマケに、月に一、二度くらい目の前には美女が相席するのが、ここ一年くらいの日課になってる。

 ―――と思ったら、カフェのドアを軽やかに開けて本人が来た。

「……この時間に御来店と言うことは……また『彼』ですか」

「―――オハヨ。うんまったくその通り。いまクリーニング屋さんに寄ってきた」

「お疲れ様です。ってかお宅の部屋に“また誰か出てきた”のかと思いました」

「いや、昨夜は別になんのお化けも出なかった……なんかねぇ、メールが変な時間に入ると思ったら、また海外出張だったみたいで」

「相手の行動様式を把握してないのもどうかと」

「知らないよ。こっちも都合あるんだから―――また空港からウチに直行してきたから、御飯作りおきして、猫に見張りさせて、邪魔しないように早く出てきたの。御土産がどのバッグに入ってるか聞く暇も無かった」

 そう言う彼女はどこか悲しそうだった。

 御土産がなかった事が。


 

 初夏も過ぎた盛夏手前、彼女はコットンの白い襟シャツとジーパンに、ミュールを突っかけてきた。

「今日、雨降るの?」

 彼女の片手に握られてる傘に気がついてオレは聞いた。降ったらヤダなぁ。

 で、もう片方には読む暇が無かったからか、新聞が握られている。お前は何処のオヤジかと。

「あぁ、これ? 一応、雨の予報の出てたんだけど、晴雨兼用の傘だからどっちでも使えるんだよ」

 チャコール・グレイの瞳でニコと笑い、そして、オレの向かいに座る。

 てゆうか、但し、勘違いはするな。

 彼女はオレの「彼女」ではないし、まったくの「友達に近い顔見知り」だ。

 つうか、そういう関係があるのかって?

 そういや昔、男女混合の数人で遠征先のシティホテルに泊まって、現地の友人と合流し呑んだ時なんだが、そいつ「男と女がそういう状態にあって、何にも無いわけが無い」と言い張るんで、一緒に居た女の子の手前、ちょっとだけ張っ倒した事がある。

「絶対に何かが起こる」て局面を想定しておきながら、「絶対に何も起こらない」或いは「起こらせて貰えなかった」て対極の事態を考えられないのはどうかと思うんだが、つまりなんだ、オレは結構女の子に「安全」て感じで頼りにされてる、ある意味ヘタレな男です。(がっくし)

 話を美女に戻したいんだが、彼女をこのカフェで見かけるようになったのが一年半くらい前。

 肩より少し下に長いぐらいにある、天然なんだかオサレなんだか分からないゆるクセ毛っぽいスタイル、天然ダークブラウンで、濃い目グレーの瞳をした身長百六十センチくらいのスレンダー。

 え? どこが美女に見えるって?

 人の好みってあると思うけど、十中八九は「可愛い」より「キレイ」とか「美人」っと評されるタイプ。

 目鼻立ちなんかは「そんなに」濃くは無いけど、ちゃんと化粧したらさぞかし化粧栄えするだろうなぁ、みたいな。

 で、オレ的に何だか目に付く人が、オレが常駐するカフェに出没するようになったら、当然気になるんだが、勿論、オレと彼女の生活時間帯だって異なるわけだから、いつもオレが行くといるワケじゃない。

 運良くバッティングしても、こういうカフェだからナンパだとか、居酒屋みたいに盛り上がるような場所じゃないし、彼女は本を読んだりノートPCを持ち込んだりして静かな時間を過ごす。

(オレだって本を持ち込んだりしますよ?)

 ……それならネカフェ行けって?

 いやー、彼女がネカフェに行ったんなら、思わず探しに行っちゃうかもしれないけど、ただね、こういう落ち着く場所つうか、こう…澄んだ知性のある空気ってところでネカフェとは違うのだよ、ネカフェとは。

 それで彼女を初めて見てから半年くらい経ったとき、たまたまカフェに行ったら混んでたんだ。

 こういうところは混んではならない設定になっているのだが、間違って混むときもある。

 そしてオレはマスターに言うのだ。

「……メシ……」

 どうしたらこのカフェを造り得たセンスが出てくるのか不思議でしょうがない、額から頭頂部にかけて広範囲の見事なハゲを隠そうともしない禿マスターは、思いっきり慈愛の眼で見つめてくれた。

 そのつぶらな瞳の奥で何をかいわんや。

(御飯を作ってくれる彼女を見つけなさい)

 神のお告げはマスターを通して伝わった。

 な、なんだとぉうっ。

 この禿マスっ。

 今日の混みカフェは何の陰謀だ!

 その禿が時々ちょっと忙しいだけで皮脂テカって来るのも、マスターが油取り紙を禿に当てて、テカリを押さえてるのもオレは知っているのに!

 だが、まだまだ育ち盛り食べ盛りのオレは引き下がるわけには行かない。

 昨晩は仕事で遅くに帰ってきた挙句、疲れ果てて喰ってないし、朝飯なんざ起きた時間が朝飯じゃないし。

 血糖値の下がったアタマと身体で、気分は匍匐ほふく前進のごとくようやくココに来たと言うのに。

 だからもう一度窮状きゅうじょうを訴えた。

「……メシ……」

 するとマスターの姿の前に、急に影が横切ったかと思うと、マスターの奥さんが腕を引っ張って「相席でもいい?」と聞いてきたではないか。

 オレは相席を承諾した、いや承諾したというよりも、飢餓状態に陥って力の無い体を揺すられた形になったもんだから、頭が自然に縦横斜めに適当に揺れただけなのだ。

 これを奥さんがどう判断したかは不明だが、恐らく、もうどうにでもな〜れ。

 しかし、奥さんの動きは、温厚でスロウなマスターよりも機敏で俊敏で加速装置が付いてるんじゃないかと思えるぐらいだ。

 空腹で空っぽの頭がぐるぐる無駄なブドウ糖の消費をしながら、その加速装置に連れて行かれた先に、なんと『彼女』がいたのである。

 まさに千載一遇の……なんだっけ……もう……フランダースの犬になりそう……もうね、なんだかね、眠いんだよ……

 奥さんはまるで母親のように、彼女に「宜しいですか?」と尋ねて、了解を貰って、椅子を引いて、オレを座らせて、御絞りを両手に開いて掛けて、「いらっしゃいませー」と、ひっきりなしに開くカフェの玄関に愛想を飛ばし、そして自らも飛んでいった。疾風のように。

 

 そして、オレの前には美女。

 この状況をなんとする。いや、むしろ察しろ。

 

 どうもせんがな ×

 どうもできんがな ○

 

「メニュー要ります?」

 先に口を開いたのは彼女。オレ涙目。

「あっ……」

 メニューは決まってて、且つサイクルがあるのにも関わらず彼女の白い手からメニューを受け取ってしまった。

 いただかせていただきますとかって戴いたりナンかしちゃったりナンかしちゃって。

 日本語おかしくなりそう。

「た、たまには色んなのを食べるといいですよね」

 しかしなぜ、ヒトはこういうときにわざわざ健康に気を遣ってしまうのだろうか。

「でも好きなのを食べられるのも、若いうちだと思います」

「ですよね」

 間髪いれずに相打ち入れたオレのばかばかばか。

 

 ―――そういうわけで、そんな経緯いきさつがあって何となくお茶とかお茶とかお茶とかするようになって(途中省略)、でもって今日こんにちにいたる。

 話が繋がらない上に、何が言いたいか分からない?

 つまりだな、それは。

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