いけない火遊び
『焚火マニアの集い』六年目の中村の証言。
「基本的にあの人は、僕らの輪に加わらず、ひとりでやることを好んだんです。たしかにあの人は」と、中村は椅子に腰かけたまま言った。聞き手は精神科医の男、溝畑。「焚火を愛でたかもしれない。だけど、僕たち同好会のそれとは、ちょっと趣がちがったんです。ふつう、同志は数人で焚火を囲って、他愛もない会話をしながら、じっと炎を見つめるのに無上の喜びというか、安らぎを感じるわけです。あの素朴な、昔ながらのひとときは、まさに癒しですよね。ところが、あの人はちょっとズレてるんです。そりゃ、誘えば頬杖ついて、同じように表面上は焚火をうっとり眺めてる。でも見てて、大丈夫か、この人?って思うときがあった。なんていうか、サディストみたいな表情をしてるんです。ジーッと炎、見つめてて、ときおりニヤニヤ笑いながら独り言つぶやいたり、舌なめずりしながら薪をくべたり、かき混ぜたりするときがあって。あれって、いったいなんなんでしょうね。純粋に怖いんですよ。なにかいけない妄想でもしてるんじゃないかと」
「なるほど。あなた方には見えないものを、もしかしたら彼は見ていたのかもしれませんな」
「彼だけが見ていた? どういうことです。そもそも、なぜ僕だけが代表して、彼について説明しなきゃならないんです」
「いえね」溝畑は頭をかいた。「つい先日から当病棟に入院されましてね。またしても、幼少期における癖が始まったらしいんです。理由を問いただしたところ、じつに興味深い話を話すんです。本人いわく、今回生まれて初めてこの秘密を語ってくれましてね。こんな事例もあるのかと、私は驚いたわけです」
「それで僕から裏を取ろうとしたわけで?」
「火遊びをする子はおねしょが治らないよ」と、母が鋭い声で咎めた。台所の狭い戸口に立ち、廊下の光を受け、シルエットと化していた。
まさか抜き打ちで昼すぎに帰ってくるとは思いもよらなかった。宙也はふいを突かれ、言葉に窮した。台所のシンクで大量の割り箸を折って井桁型に組み、キャンプファイヤーみたく焚火をしていたのだから、言い逃れはできない。
「火事になったらどうするの。さっさと換気扇まわしな」母は投げやりに言い、戸棚から四リットルのペットボトルに入った焼酎を片手で取り出すと、氷を放りこんだグラスにつぎ、炭酸で割ってチューハイを作った。ぐいとあおり、一気に三分の一まであけた。「大人にはね、世間体ってもんがあんだよ。もし火事にでもなったぐらいなら、まちがいなくこのマンションも引き払わないといけないよ。ただでさえまえは、旦那の都合でたらいまわしにされたってのに、それこそ引越し貧乏なのよ、ウチは」と、そこまで言うと母は唇をゆがめ、吐き捨てるように、「だけど、その旦那から手を切って、ようやく半年か……。犬みたいにほかで女をこさえ、子供を作ってるだなんて寝耳に水だったけど、離婚するにはいい口実になったわ。せいせいするってもんよ」
「お母さん、理由は聞かないの」と、宙也はしずかにゴミを片づけながら言った。「なんで火遊びをしてたかだよ」
母は残りのチューハイを飲み干した。保険の外交員であるにもかかわらず、仕事のあいまに酒を食らい、口臭と制服からアルコール臭をぷんぷんさせるのは、いかがなものかと幼いながらに宙也は思った。
「火遊びの理由ときたか」捨て鉢になった母がテーブルに突っ伏して宙也をにらんだ。「遊びたいから遊んだ。それだけのことでしょ。あたしだって、子供のころに、父親のライターでやったわよ。炎、見てるとウットリするわよね。そして木が焼ける匂い。なんだか魂まで吸いこまれそうになるのよ。あんたもあたしの遺伝子を引き継いでるわけだ。この親にしてこの子ありってか」と言い、自虐的に笑った。
それからしばらくしたある日。宙也は学校の帰り、河川敷のススキが生い茂った秘密基地でまたしても火遊びをしていた。
例のごとく枯れ木を井桁状に組み、オイルライターで火をつけ、膝を抱え、じっと炎を見つめている。パチパチと木が爆ぜ、かぐわしい香りに陶然となった。
しばらくすると、煙が出ているのを目撃されたのか、一人の老女がサンダルをつっかけてマンションから出て、河川敷にやってきた。密集したススキをかきわけ、秘密基地に入ってきた。
「あなた、なにやってんの。こんなところで焚火しちゃダメって、そこの土手に看板立ってるの、知らないの?」
宙也はまたしても炎に魅入られており、隠すのが遅れた。あわてて焚火を蹴って消し、「テストの点が悪かったから、証拠を消そうとしただけだよ。紙を焼いたらすぐ消すつもりだったんだ」
老女は背をかがめ、焚火の跡を眼を細めて見た。あれはテストの答案用紙なんかじゃない……。「テストはちゃんと親御さんに見せないといけないじゃない。赤点取ったからって、証拠隠滅がバレたら、もっと大目玉くっちゃうんじゃないの?」
「いないんだ」と、宙也は嘘に嘘を塗り固めるつもりにした。迫真の演技。「お父さんは愛人作って家を出ちゃうし、お母さんは事故に巻きこまれ、植物人間になったんだ。いないも同然なんだ。だからテストを見せる家族がいないから、こんなのを置いといても仕方ないんだよ」
「なによ。お母さんはピンピンしてるじゃない」老女は両手を腰に当て、あきれたように言った。「あなた、同じマンションの四階に住んでる村崎さんの息子さんでしょ。私は三階に住んでる熊谷」
宙也はあっさり嘘を見破られ、眼を見開いた。大人にはどうしても太刀打ちできない。
「熊谷さん?」
「去年、あなたのお母さん――誠子さん――から、生命保険に加入させられたのよ。それまで、郵便局の保険にお世話になってたのに、強引に乗り換えさせられたんだから。おとついも書類の手続きに、あたしんところに見えられたんだからまちがいないわ。なにが入院ですか。そういった患者さんに失礼です」
二人は場所をかえることにした。ススキ野原から出て、河川敷を突っ切り、橋のたもとまで歩いた。日陰になっており、風が吹き抜けると気持ちがよかった。
斜面に座ったまま熊谷が、「いくらお母さんが仕事に忙しくって、かまってくれないからといって、こんな悪戯はいけませんよ。一歩まちがうと、消防署に通報される騒ぎになるわ」
「わかってる」と、宙也はうつむいたまま言った。「だけど、僕、放火犯の予備軍じゃないよ。火を見つめるのは好きだけど、それだけじゃない。わけがあるんだ」
「どういうことなの。よかったら話してみなさい」
「頭がおかしいのかと疑われちゃうから言えない」
「疑わないわよ。あなた、まだ七歳もいってないじゃない。善悪の区別がついていないのも無理ないわ。恥ずかしがらずに、おばちゃんにドカッと吐き出しちゃいなさい。あたしゃ、自分で言うのもなんだけど、心が寛大だわよ。どんな悩みでも受け止めてあげるから」
「わかったよ」と、宙也は折れたそぶりを見せ、「でも、ぜんぶは言わない。ヒントだけあげる」
「ヒントって、なにさ」
「白雪姫」
「白雪姫? 継母が魔法の鏡に向かって、『世界で一番美しいのは誰?』っていうアレかい? ますます解せないね」熊谷が難しい顔をすると、おたがい高らかに笑った。
二人はそれ以来、仲良くなり、長らく交流が続いた。宙也は学校でも友達がいなかったし、熊谷も夫に先立たれ、一日をテレビを見てすごすしかない独居老人だったのだ。
そうはいっても、宙也は相変わらず人目を盗んでは火遊びを続けた。もっとも屋外でやると目立ちすぎるため、マンションの台所でのみにした。規模が大きくならないよう細心の注意を払い、火の始末はちゃんとし、しっかり換気扇をまわし、消臭剤を散布して痕跡を消した。ふいの母の帰宅も少なくなり、バレずに済んだ。というもの、ついに母は保険会社で勤務中の飲酒が発覚し、解雇させられたあと、スーパー『いぬい』で仕出し係に転職したのだ。フルタイムどころか早出残業が多く、さすがに日中は帰ってこれなかった。
月日は流れ、宙也は大きくなった。その間、母は男を作って同棲したり、ケンカ別れしたり忙しい日々をすごし、飲酒が増え、脳血栓で倒れたりして、さんざん宙也を振りまわしたあげく、高校三年のとき、寝ている最中に心筋梗塞になったらしく、朝起こしにいくと冷たくなっていた。
悲しい感情は欠落していた。むしろ口やましい親族がなくなり、くびきから解放された気分だった。母の死後、熊谷がなにくれと手を焼いてくれたが、しだいにわずらわしくなり、怒鳴りつけて追い出すと、それきり疎遠になってしまった。
宙也はバイトで稼ぎながら大学へ行くも、なんとなく中退し、趣味の延長でジュエリー加工の職人となり、技量だけはあげていった。つねに周囲と孤立していたが、べつに寂しいとも思わなかった。ただ宙也の手がけた商品は評価が高く、固定客はついた。
そんなとき、インターネットのとあるサイトが眼に飛びこんできた。ついに自身の居場所を見つけたと思った。
それが焚火マニアの集いだった。アウトドア派の人間が交流を深めるサイトで、なかでも焚火の味わいに喜びを見出した者たちにシンパシーを感じたのだ。
このデジタルの時代に、プリミティヴな炎のぬくもり。これこそ宙也が幼少のころより親しんできたよりどころだった。それのみならず、炎には浄化の力があった。
そうだ、浄化すべし。あの卑しい、醜い者どもを炎の円陣に閉じ込め、炙り、舐め尽し、断末魔のメロディーを奏でさせてやるのだ。
いつのころからかは定かでない。宙也は一人マンションで留守番をしていると、部屋のあちこちで身長二センチにも満たないサイズの小人を見かけるようになった。
小人は三角形の頭巾をかぶり、カラフルなチュニックをまとい、ダボっとしたズボンや、ぴっちりしたレギンスをはいた姿だった。風貌は老人っぽく、赤ら顔にだんご鼻が目立ち、白い髭をたくわえていた。眼の色も青や緑で、つぶさに観察すれば、細かい皺まで見えた。明らかにヨーロッパ風の人種で、白雪姫に出てくる七人の小人を連想させた。あの小人はドワーフ(民話、神話、童話に登場する伝説上の種族)であるとされている。
ドワーフは最初、台所に現れた。冷蔵庫を開けると、三人がボンレスハムにもたれかかって涼んでおり、おまけに六ピースチーズのフィルムをはいで食べているところと鉢合わせしたのだ。ドワーフたちは口々に、甲高い声で「宙也に見つかった、見つかったぞ」と言い、あわてて逃げた。宙也はそいつらを見つけしだい、つまんで身体をひもで縛り、生け捕りにした。それから台所のシンクで割り箸を焚き木がわりにして井桁を組み、母が使ってるジッポーの補充オイルで木をまんべんなく濡らしたあと、中央のせまい空隙にドワーフを放りこんだ。チャッカマンで箸に火をつけると、たちまち盛大に燃えた。
ドワーフが獣じみた悲鳴をあげた。哀れっぽく両手をばたつかせ、井桁を破壊してのたうちまわったが、時すでに遅し。ドワーフのチュニックとダブダブのズボンに火が移り、スタントマンみたいに大仰な仕草でシンクという閉ざされた舞台で転げまわった。その様子を肩肘ついて宙也はニヤニヤしながら見守ったものだ。その冷徹な眼差しは、患者を人体実験によって、いかに貴重なデータが収集できるかと、みずからの所業を見届ける病理学者のようだった。
ドワーフは殺しても殺しても湧いて出てきた。それらは見つけしだい始末した。処刑法は一貫して焼殺だった。たんに焚火の炎だけを見つめるだけで安らぎを憶えたが、それにくわえ我が物顔で部屋を動きまわるドワーフを焼き殺すことは、宙也のなかにくすぶる嗜虐心をおおいに刺激した。
いつしかドワーフは性懲りもなく、家の外でも現れるようになった。学校の帰り道の河川敷をはじめ、体育館の裏、公園の一画、ゲームセンター、はては雑踏ひしめくショッピングモールのなかですら例外ではなかった。どうやら他人にはドワーフは見えないらしい。だとすれば自分は特殊な眼をもった人間なのだ。ドワーフはとくに悪さを働くわけではないが、癇に障る声で無邪気に遊びまわり、ときには複数のそれがコミュニティを作って仲良く戯れていることだけは許せなかった。だから発見するたび焼却処分した。
そんな症状は大人になり、ジュエリー加工職人になってからも続いたため、より焚火の極意を追求するべく、同好の士と集うようになった。くわえて、いまや都会で暮らしていると、おおっぴらに焚火するのも憚られる。キャンパーたちとともに、自然のなかに出向いて堂々と火を扱うことで擬装できた。これにより、サディステックな欲望を満たし、溜飲をさげることができたものだ。ドワーフはあらかじめ生け捕りにしたものをガラス瓶に入れ持参したり、現場でも出没したので獲物には事欠かなかった。
が、えてして物事はエスカレートしてしまい、露見し、アウトサイダーとしてとらえられ、精神病院へ押しこめられる運びとなった。
「やつらを捕えるのはたやすいことだった」暗い病室の片隅でうずくまる宙也は言った。「短い脚で駆けずりまわるが、しょせん逃げ足は遅いからね。捕まえて根こそぎ焼き殺してやった。炎には浄化する力があるから」
溝畑はあごに手をそえ、うなずいた。「つまり、君にとって浄化しなきゃならないほど、汚らわしい生き物なのか。それはわかるとして、なぜ小人は次から次へと湧いてくるのだろうね。なにか要因があるのではないかね」
宙也は眼を見開き、狂気に取りつかれた顔で、「殺しても殺しても、どうやって再生するかわからんが、同じ姿のドワーフが現れるんだ。やつらは死んでも多少なりとも学習するんだろう。隠れるのがうまくなり、鈴とひもを組み合わせて、自前の警報器を作ったり、連携プレーをしたりして、おれを出し抜くのが巧妙になっていった。しまいにやつらは、おれのことをこう呼ぶようになったよ。『暗黒宙也』と」と、唾を飛ばしながら言った。我と我が身を抱き、腕には自身の爪が食いこみ、出血していた。「やつらが出てくる要因? そんなこと考えたこともないね。物心つくかつかないころから突然現れるようになったんだ。……まさか、先生、おれ自身が作り出した幻覚と言いたいわけか?」
「いや、断言するつもりはないが」溝畑はあわてて言った。「それにしても、『暗黒宙也』というニックネームを冠されるようになるまで恐れられたとはね。言ってみればドワーフたちにとって、君は悪い神か魔王のような存在だったわけだ。ちなみに小人たちとの会話は可能だったのかね」
「会話だと」宙也は犬歯をむいた。「あんな卑しいやつらと口も利きたくないね。ゴキブリと同じなんだ。見つけしだい殺すに限る」
「あそう。……小人たちと友達になって、孤独をまぎらわしたいという発想はなかったわけだね」
「先生、おかしなことをおっしゃりますね。ゴキブリは害虫の最たるもの。とくに見た目が不快だから殺されるんじゃないですか」
「不快害虫だから殺されてしかるべきか。なるほど」溝畑はこれ以上追究することはあきらめた。ファンタジーに憧れる無垢な人はドワーフを忌み嫌ったりはしまい。根本的に話がかみ合っていないので、それと共生せよと慰めるのも土台無理な話だ。「……わかった。今日のところはここまでだ。そろそろ辞退するよ。ゆっくりお休み」そう言って退室し、錠をかけた。バチン、と堅い金属音が病棟に響きわたった。
「いかがでしょう、村崎さんの容態は」とうに八十も半ばをすぎた老婆が椅子から身を乗り出した。熊谷だった。すっかり腰が曲がって、痩せこけてしまっていたが、はじめて宙也と河川敷の土手で会話したころとかわらぬ、思いやりにあふれた眼があった。「正直におっしゃってください。社会復帰は難しいのでしょうか。できれば、あの子をよくしてあげて欲しいのです」
「最善は尽します」精神科医は熊谷に向きなおり言った。「しかしわかりませんね。なぜ彼の家族でもないあなたが、親身になさるのか」
熊谷はハンカチを握りしめたままうつむき、「……あたしは若いころ、不注意でじつの子を死なせてしまったことがあるのです。ずっと悔やみ続け、それがしこりとなり、夫とのあいだでいざこざが絶えませんでした。せめて罪滅ぼしと言ってはなんですが、同じマンションに住んでいたよしみで、寂しい思いをしているあの子だけは、まっすぐ成長して欲しく、陰ながら見守ってまいりました。あたしなりの、第二の子育てのつもりです」
「彼もまんざら孤立無援ではなかったわけだ」
「世の中捨てたもんじゃないはずです。こんなおばあさんに見こまれて、迷惑かもしれないけれど」
「いやはや、たしかに捨てたもんじゃない」
「先生、それで」熊谷は顔をあげて溝畑につめよった。「それで、回復する見こみは。端的におっしゃってください」
「それなんですがね」気圧された溝畑は白状することにした。「レビー小体型認知症の疑いがあるのです。今後、詳しく精査していく必要がありますが。本来は高齢の方が発症するケースが多いのですが、ごくまれに若年性のそれもあるようです」
「レビー……小体型認知症?」
レビー小体型認知症は新型の変性性のひとつで、認知症の範疇では、アルツハイマー型認知症に次いで多い病状である。レビー小体とは、元来、運動障害を主な症状とするパーキンソン病の脳内の中脳にたまった特殊なたんぱく質を指す専門用語。レビー小体型認知症の患者の脳では、これが認知機能を司る大脳皮質にも広範に見られることから命名された。いまのところ、原因はわかっていない。
この認知症になると特徴的な臨床症状が顕れることで知られている。それが幻視であるとされている。この幻視症状は具体的でリアルな内容を訴え、人や小動物が家のなかに入ってくると訴えることが少なくない。『壁から虫が出てくる』だの『子供が枕元に座っている』『座敷で3人の子供たちが走りまわっている』など、枚挙に暇がない。また、パレイドリア(樹木や壁の染みが人間の顔に見えたり、対象物が別のものに見える)現象も挙げられる。これらの視覚性の認知障害は暗くなると現れやすくなると言われている。
「現在、ちゃんと認可された治療薬はあります。あせらず気長に治療に専念していきましょう。今後の彼の人生もあせらず見守ってやってください」
「いつまで見守ればいいのやら。あたしだって残りの命、なにほどもないっていうのに」と言い、熊谷は深いため息をついた。
「それはそうと、村崎さんの幻視についてどう思われます。長い付き合いで、そういった徴候は見られませんでしたか。異常なまでに火遊びに執着したことについてだとか」
「まさにそれ。あの子と知り合うきっかけが、隠れて火遊びしてるところを見つけたからなんです。……そう言えば」と、熊谷は頬に手をそえ、遠い眼をして二十年前の記憶をたぐり寄せようとした。一点だけ、鮮明に憶えている記憶があった。「じつはあたしも、そのときにおかしなものを見てしまったんですわ。いまもって、あれがなんだったのか、ふしぎでならない」
「……え?」
「あたしに注意されて、あの子があわてて焚火を消したとき、焼け跡から、小人が必死で走り去っていったんです。ほかにもススキ野原には難を逃れた仲間の小人たちが、すき間からあたしたちの様子をうかがってたんですわ」熊谷は頷きながら言った。「あたしの実家は北海道の北端なんですけど、道内全域やおとなりの樺太には、アイヌの小人伝説があって。あれこそコロボックルだったんじゃないかしら。ま、あたしの場合は、その一度っきりだったんですけどね」
「え?」
了