転生
俺は異世界転生するその日まで、ごく普通の平凡な人生を送っていた。
“平凡”というと他者からすればそれは偽りかもしれない。
俺は可能な限り他人を避け、可能な限り他人を信用せず、可能な限り他人を欺いて、常に萎縮しながら細々と生きてきた。
そして、月日は流れようやく19歳になり大学に進学した。二度と顔も見たくない両親達とは離れ、母方の祖父母の家で育った俺は、祖父母が平和に暮らせることだけを考えていた。だからこそ、祖父母のお金で大学に行くことはしたくなかった。母が残した保険金で大学に行き、将来は祖父母のために人生を捧げる予定だった。
そんなある日、俺はいつものように大学から帰宅しようと電車に乗り、家から最寄りの駅まで向かっていた。
「…あれ?」
何か様子がおかしい。下腹部に強烈な痛みを感じる。俺のすべてが瓦解していく音が聞こえた。
「…ナイ、フ……か…」
スローモーションで倒れていく俺の横で、ニヤリと不気味な笑みを浮かべて立ち去る誰かを確かにこの目で見た。
「くそ…ま、まだ……死んでたま、るか……………」
そして、暗転していく冷徹な世界。俺の物語はここで終わりーーー
ではないようだ。
(生きてる…のか?)
俺は状況の把握を急いだ。
(なんだここ…真っ暗だし、俺は寝たっきりのようだ)
辺りを入念に手当たり次第触っていくと、俺が寝ているのはよく知っているあれだった。
(木材、か)
そして、最も不思議だったのが声が出せないという事実だった。
(これじゃあ助けを求められない…!くそっ、誰か…誰かいないのか!?)
すると木材の外側から微量に発せられた誰かの声が漏れてきた。
「アラン……どうして…どうして死んでしまったの…。あぁ、きっとこれは私に課せられた罰なんだわ……ごめんね、ごめんね…」
(人が近くにいる!?よ、よし、今がチャンスだ!!)
俺は全精力を込めてその木材を蹴り飛ばした。そして、遂に目映いまでの光が全身に注ぎ込まれた。
(う、うわっ、眩しい…。てか、ここはどこだ……)
俺がそう言いながら起き上がると、俺が全力で助けを求める声を出力しようとした。が、その前に眼前で鼓膜が破れるかと思うほどの悲鳴があがった。
「ア、アラン!?えっ、う…嘘……!!?」
目の前に広がった世界は、見たことも聞いたこともないものだった。どうやら俺は木箱の中に閉じ込められていたようだ。そして、絶えず涙で頬を濡らしている中年の女性が一人。この人ならこの状況を理解していそうだ。
「あ、えっと…」
漸く声が出せることに気付いた俺は、とりあえず今一番気になっていたことは、その涙を流している中年女性に聞いてみることにした。
「あの……ここ、はどこ…なんですか?」
「あ、なた…本当に生きてるの…?こ…これは夢じゃないのよね…?」
何を言っているのだろうか、この人は。
「あっはい、生きてますが…その、それで……」
「う、うぅ…その顔にその声…アラン…アランなのね。ありがとうございます、神様…」
「意味がよく分からないのですが…。えっと、聞きたいことがあるんですが、ここはどこですか?」
他者との関わり合いは最低限に済ませたい。この人から事情を聞いたら、すぐにここを立ち去ろう。赤の他人の関わって良いことなんて一つもないのだから。
「ここね…ここはあなたの家よ。あなたの名前はアラン。私の大切な大切な息子よ」
「…は?」
駄目だ、意味が分からない。やはり他人と関わって良いことなんてない。
こうして、俺の奇妙な異世界転生生活が始まった。