折れた骨の行方
こんにちは。せっかくなので読んでいってください。
「ねえ、今日この後合コンするんだけど、骨折も来ない?」
この給湯室でそう聞いてきたのは同僚のA子。 男に媚びるような厚化粧で顔面で今夜のメンツのレベルがなんとなく想像つくな。多分女性人気が高い課長や他のいいところに勤めてる男だろう。私だって玉の輿を狙えるなら狙いたい。
「うん、私も行く」
会社のあと、8時に駅前の飲み屋で。と言い残しA子はすたすたとどっか行って行ってしまった。よし、今日は頑張っていい男を見繕うぞ。
でもいい男ってそういないよね。完璧を求めるのは無理だって知ってるけど、妥協しすぎるのも良くない。私も今年で26歳。小学生の頃に書いた作文の予定だともう新婚生活4年目になっているはずが、現状は彼氏すらいない状況だ。
今は彼氏より夫が欲しい。出来ることなら丁度良さげな男がいいかな。
この合コンは真剣に挑んだ方がいいかもしれない。
電気ポットのお湯を急須に入れて、待つこと2分。出来たお茶を男性陣に配りに行く。
「あ、骨折さん。今日は来るんですよね? A子さんから聞きました」
呼び止めたのは、入社2年目の新人君。大学を出たばかりのあどけなさがまだ残っているが、仕事は良くできると評判の子だった。
「僕も今日行くんで、よろしくお願いしますね」
うぅむ、新人君か。
将来性はあるし見た目も申し分無いけど、何でか惹かれない。男らしさが無いって言うのか、今時の草食系男子っていうのか。まあ、候補の一人かな。
で、8時に駅前の飲み屋に着くとまだ自分と新人君しかいなかった。
「ども、骨折さん。さっきぶりですね」
新人君の真正面に座る。椅子の軋む音が気にくわない。
「他には誰?」
「まだみたいですね」
いや、まだなのは見れば分かるよ。私が聞いてるのは誰が来るのかってことだけど。
「ごっめんねぇ、遅くなっちゃった」
甘ったるい声で来たのはA子。続いて課長と、初めて見る男性が現れた。
「あれ、B子ちゃんはまだ?」
「ちょっと遅れるって連絡きてました」
なんだろう、私だけのけ者にされている気分。別にいいけどさ。
女側2人と男側3人で対面する形で座る。課長の正面だけ人がいない状況になった。
「じゃあ、ちょっと早いけど自己紹介しちゃう?」
A子が手を挙げて言った。可愛子ぶってるつもりか!
「って言っても知らないのは僕だけかな」
そう言ったのは初めて見る例の男。渋い声と落ち着いた色合いのスーツで、魅力的なオジサマって感じ。
「はじめまして、おじさんです。F社に勤めてます」
うっそ、あのF社? F社って言ったら超一流企業じゃん。こりゃ狙い目は彼かな。
「ええ! F社なんですか? 超一流じゃないですかぁ」
全く同じ考えで話しかけるA子。こいつもおじさん狙いか。
「そう言ってくれると、とっても嬉しいねぇ」
かっこいいなあ。結婚するならこういう男がいいなぁ。
「これじゃあ僕は出る幕無いじゃないですか」
新人君の拗ねたような物言いはなかなか可愛い。
「君はまだ若いし、これからだよ」
おじさんの余裕って感じの言い方で、ますます惨めに思ちゃったのか顔が俯いちゃってる。ああ、こういう母性をくすぐるのもずるいな。
ラインってスマホがなった。A子からじゃん。
隣にいるのにラインを使ってくるということは嫌な予感しかしない。案の定内容は「今日は誰狙い」だって。
隠してもしょうがないから「おじさん」とだけ送る。やっぱりおじさんでしょ。これでA子と敵になるかどうかが別れる。
返ってきたのは「私は新人君」というメッセージ。あれ、意外。てっきりA子もおじさん狙いかと思ってたのに。
とにかくお互い狙いがバラけてて良かった。
「遅れてすみません」
B子がトタトタと小走りで走ってきた。
「えっと、もう始めてましたか?」
「いいよ、もっかい自己紹介から始めよう」
気がつけばもう11時を過ぎていた。明日は土曜だけど、少し仕事が残っているし、ここいらが潮時だろう。
「じゃあ、私はそろそろ」
ゆっくり立ち上がる。
「骨折さん、お疲れ様です」
「お疲れ」
課長とB子がそれぞれ声をかけてくれた。A子はもう既に新人君と抜け出していた。
「なら僕が送って行くよ」
おじさんも一緒に立ち上がる。え、嘘。これはラッキー!
店を出ておじさんがタクシーを拾う。
「あの、連絡先交換してもいいですか?」
ここで逃す手はない。
おじさんはにっこり笑う。笑うだけで携帯を取りだそうとしない。何故?
「ありがとう、でも僕もう結婚しているんだ」
えーと、どうして?
「前からの知り合いのA子君に頼まれてね。飲むだけならって付き合ったんだ」
A子は知ってたのか。だから新人君狙いだったのか。
「A子君は僕を出汁に課長や新人君を呼ぶ魂胆だったんだろうね。二人とも前に取引で知り合っているから」
最初から新人君狙いで、他の人が新人君に行かないように課長とおじさんを呼んだのか。嵌められた。
タクシーのドアが開いて、どちらが乗るか待っている。私が乗るよ!
「これ、タクシー代」
おじさんの手には1万円が握られていた。私はそれを受け取って、タクシーの運転手に行先を告げた。
ラインの通知がなる。B子から「課長さんと連絡先交換しちゃった」だって。そうかそうですか。
結局私だけ何にも収穫なしかぁ。がっかりする。そういえば今度同窓会があるんだっけな。またどっか骨折した振りしよ。
最後まで読んで頂きありがとうございます。実は合コンに行ったこと無いです。行く気も、まあ、無いです。