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お題49『青春小説』 タイトル『ノーライト・ノーライフ』

掲載日:2016/07/16

 ……この手で掴めるものは本当にあるのだろうか。

 骨折した右手を眺めながら冬の雪国をのそり、のそりと歩く。地元の風景でありながら、この世界に現実感が伴わないのはきちんと僕が定職についていないからだろうか。

 趣味で始めた物書きもSNSの中では評判で、家から出ても僕の頭の中は創作で埋まっている。ガソリンスタンドで汗を拭きながら雪掻きをする人を見てもピンと来ず、足元にだけ気をつけ本屋を目指す。今年も始まる岩手芸術祭の参考文献のために夢中で進んでいく。

 ……今度の話はどんなものにしようか。

 頭の中で様々なジャンルが回転していく。詩、小説、児童文学、随筆、短歌、様々なジャンルに挑戦してきたが、どれも軽く描けてしまい、賞を貰っても自分を満たすものはなかった。

 ……それでも縋るように投稿を続けるのは、なぜだろう。

 右手を負傷していても拙い左手でキーボードを打ち続ける理由は今の所、わかっていない。右手(right)が使えなくても書くこと(write)は止められない。

 本屋に辿り着くと、元高校の女子クラスメイトがいた。名前は覚えていないが顔は覚えている。

 彼女は本を眺めながら髪をかき上げて、耳元のピアスを揺らした。その妖艶な姿を見て僕は咄嗟に隠れていた。右手を庇わなかったのはきっと自分自身が見られたくなかったからだろう。

 だが彼女が買おうとした本が目に入り、気がつけば声を掛けていた。

 その本は僕の一番のお気に入りの『ノーコール・ノーライフ』だった。



「いやー、得しちゃった」

 彼女は嬉しそうに湯気がたっぷり出る珈琲を美味しそうに啜る。

「本屋の売り上げに貢献できないのは残念だったけど、まさか君と話せるとは思わなかったよ」

「ごめんね、いきなり……」訳もわからず謝る。飲みたくない珈琲を注文したのは何も思いつかず一緒のものを頼んだからだ。「逢沢さんが手にしようとしたものを……偶然、この間、買ったばかりだったから」

 少しだけ嘘を混ぜていう。実際にはこの作者の本が好きで、思わず出先で読みたくなり、購入したものが残っていただけだ。

 僕は彼女が本を手に取った瞬間、彼女の感想が気になって思わず止めてしまった。新品同様のものが家にあり譲与することを提案すると、彼女は快く引き受けて、お礼に珈琲をご馳走してくれるという流れになったのだ。

「それで、どんな話なの?」

「今、それをいっていいの?」

 僕は笑いながら彼女を見る。彼女は嬉しそうに自分の所有物になった本をまじまじと眺める。

「だって気になるんだもの」

「簡単にいうと、青春小説だよ」僕は帯を見ていう。「逃避行する男女の恋が描かれているんだ」

 そこには『擦り切れそうな恋をした』、と書かれてあるがまさにその通りで、実際に僕の心にはこの本の傷跡が幾重にも残っている。

「ふうん、そうなんだ。楽しみだね」彼女は本をまじまじと眺めながらいう。「表紙が気に入って思わず手が伸びたの。君はこういう本が好きなの?」

「本なら何でも好きだよ」再び舌を濡らすように珈琲を飲む。「小説もそうだし、エッセイ、詩、随筆なんかも読むよ」

「へぇ、凄いね」彼女の猫のような大きな瞳が一段と拡大する。「高校の時、文系にいたもんね。大学もそうだったの?」

「うん。サークルも近いものに入っていたよ」

 言い訳のように呟く。理由がなければ好きになったらいけないような気がして、僕は何度も、本の話をした。それに彼女は答えてくれて、大声で笑いながら時には真剣に口を閉じて話を聞いてくれた。

「この骨折も実は外で滑っちゃってさ」

 彼女の笑顔が見たくて嘘を交えて話を進める。彼女と一緒にいたらコメディの本だって一冊書けるくらいに、僕は夢中で話を進められる。

「あー面白い。こんなに面白い人だとは思わなかった」彼女は目に涙を浮かべながら笑う。「君は常夏から来たのね。外にいたら雪が解けるんじゃない? 君の熱さで」

「うん、そうかもしれない。きっとガソリンスタンドでも立っているだけで仕事になるよ」

 ジョークを交えつつ話を続けると、日が暮れかけていた。僕達は結局、三杯の珈琲を飲み割り勘で店を出た。

「ありがとう、じゃまたメールするね」

「うん、待ってる」

 次の出会いを期待して、レシートを掴んで財布の隅へ追い込んだ。文字が綴られた雪に消えないでと願いながら、僕は右手を抱え家路を辿った。



 次の日から、彼女とメールのやり取りが始まり、僕は左手で夢中で語り合った。

 彼女も定職についておらず家事手伝いをしているので、メールに拍車が掛かり5分置きに返すようになった。

 始めは大したことのない挨拶から始まり、小学校、中学校、大学と僕達が過ごしていない時期も全部、話していた。

 彼女の話は丁寧で次の季節を運んでくれそうなほど暖かさを含んでいた。心に溜まった雪をゆっくりと溶かし、僕の中に新たな泉を作ってくれるようだった。

 創作意欲は格段に落ち、常に左手には携帯電話があったが、それでもよかった。彼女の声に耳を傾けていれば、それだけで僕の心は満たされていた。

 


 三ヶ月の時を過ぎても、僕の故郷は未だ冬の季節を残し、腕の骨折は直らない。積雪は減り順調に気候を取り戻していくが、今年の桜が咲くのはまだ先だろう。実家の畑もそろそろ手伝わなければならないが、この左手だけでは戦力にもならない。

 僕達はどちらともなく付き合うようになり、頻繁に会うようになっていた。それでも左手だけの連絡は途切れることなく、僕が願ったレシートは消える所か数を増して財布に入りきらなくなっていた。

「今、考えている話なんだけどさ……」

 彼女は眉間に皺を寄せながらいう。携帯電話で青春小説を書いている彼女は、一生懸命に僕に尋ねる。

「……って話なんだけど、どう?」

「うん、面白いと思う。読んでみたいよ」

 ……君が書いた話なら、どんな内容でも。

 心の底で思うが、未だ彼女に自分が投稿していたことは伏せてあった。お互いにいいライバルになりたい、というよりは彼女の芽を育ててあげたいというのが正直な気持ちだった。

「ありがとう。優しいね、君は……」

「そうかな」

「たくさんの本を読んでいるから、きっと想像できるんだよ。私、文才ないしさ……」

「そんなことないよ」

 確かにお世辞にも上手いとはいえない。ただ彼女はそれを補う熱意があった。そのエネルギーが羨ましくて、僕は彼女の書いた小説を何度も読んでいた。

 ……あの虫達もそうなのかな。

 四月とはいえまだ寒い中、小さい彼らは自動販売機の光に縋りついていた。その光は弱く彼らを暖めているとは思えないが、対極にある両者が共存している姿に美しさを覚える。

「ねえ、どうして君はあの本が一番好きなの?」

 彼女に本を手渡した瞬間が蘇る。急激に体が熱を帯びる。

「……似ていると思ったんだ。自分に」

 本に登場するヒロインは、自分の家の居心地の悪さに不良の彼の家に居座るようになる。その心が僕にシンクロした。

 僕は元々運動が苦手で、義務ではない高校生活に嫌気が差していた。好きなことだけに特化したいのに、それを同級生は許してくれなかった。溶け込まなければ不必要ないじめを喰らうことになるし、無駄なおしゃべりにも我慢して付き合っていた。

 ストレスを溜めて家に帰っても、自分を認めてくれる人がおらず僕は文学の世界にのめり込んでいった。その世界には自由に出入りができて、自分を縛るものはなかった。

「……そうなんだ、確かに似ているかもね」彼女は嬉しそうに微笑む。「私も彼女は好きだけど、あの場面が気になるの。あそこはさ……」

 ……きっと彼女こそ作家に相応しい。

 うやむやで終わらずきちんと分析しようとする彼女に感嘆せずにはいられない。小説を読むのは感覚だけでいいはずなのに、作家になりたい彼女は一言一言、観察する。その姿に僕の心は揺れ動く。

 ……僕は君の方が気になるよ。

 付き合っているのに、いえない本音が心に漏れる。夢中になっている彼女を茶化すような気がして、ただ彼女の話を頷くだけに留まる。

 小説を読んで辿り着きたかった気持ちが彼女にはある。自分を刻み付けたいという感覚こそが好きという感情ではないかと自問自答する。

「君が書く場合だったら、どうする?」

「……どうするかな」

 考える振りをして顎に手を載せると、不意に都会での出来事が蘇る。雪のない世界に、僕は理想を求め物書きを目指した。賞を取り夢に満ち溢れていた頃はバイトでの些細な生活でも満足できていた。

 だが現実は無情だ、右手が使えぬままではこの世界は生きていけない。たとえそれがバイト先での不慮の事故で折れたとしても文句はいえない。物に当たり投稿期限に間に合わず、それでも僕の心まで折れなかったのはあの本に再会できたからだ。

「ねえ、ちゃんと考えてる?」

「うん、考えてるよ」

 僕は頷きながら彼女を見る。


 ……好きでいたい、彼女のことをちゃんと考えていたい。


 この気持ちがわからないからこそ、僕は何度でも彼女に出会える時間を探す。不安を抱きながら彼女を求める。この気持ちが本物で会って欲しいと願いながら。

「僕には答えは出せないけど、君の思う通りにやればいい」

 うやむやに答え誤魔化す自分に溜息が漏れそうになる。全てを話さないで彼女と一緒にいる僕は卑怯だ。縋りついて作品を投稿していたとはいえないのは彼女に嫌われたくないからだ。


 ……きっとこれは恋ではない。


 ただ僕は彼女に縋っていたいだけなのだ。現実から逃げたくて、逃げる場所がなくて、ただ居心地のいい場所を探していただけなのだ。

 高校の時は文学に縋り、その文学に縋れなくなった僕は彼女を追い求めている。光(light)がなければ生きられない蛾のように。

 自分を愛しているのか、彼女を愛しているのか、未だわからず会った分だけのレシートは無情にも降り積もっていく。


「どうして、今まで黙っていたの? 私にいうのが恥ずかしかったの? それとも……」

「……違う、違うんだ」 

 僕は必死に言い訳を考えたが、すでに遅かった。

「君の気持ちが真剣で……僕なんかがいっても申し訳ないと思ったんだ」

「皮肉? 賞を取っている君がそんなこと、いうんだ」

 レシートの雪が解けるのは一瞬だった。彼女に僕が投稿していたサイトが知られてしまったからだ。

 もちろんばれてもいいと思う気持ちが最初あったが、僕自身ではなく友人を介してばれたのがいけなかった。SNSの投稿先を友人は知っていたからだ。

「右腕が骨折した理由も……嘘だったんでしょ」

 SNSの日記に当時の記録が残っている。彼女はそれを見て、苛立った。もちろん恋人に嘘をついてまで黙っていたのだから、彼女が怒るのもわかる。

「最初から嘘をついていたのね。どうして? 私をネタを使いたかったから?」

「もちろん、そんなことない」

「そうよね、あなたは私よりも膨大な量を読んでるから……私のことを使うつもりなんてないよね」

 彼女の表情を見て、僕のライフは擦り切れていく。きっと夢中で言い訳をすれば、彼女は思いとどまってくれるのだろう。そんな予感がしたが、できずにいた。

 未だ自分の中で彼女に対する答えが出ていなかったからだ。

「ごめん、今度から創作の話は止めるね」

 そういって彼女は投稿の話だけでなく、僕から離れていった。

 冬を終えて骨折の傷が治り、春が来る前に僕の季節は秋へと戻っていくようだった。


 ……やっぱりきちんと書こう。

 僕は回復した右腕で畑を耕しながら、左手の携帯だけで青春小説を書き始めた。この不安こそが僕の初めての青春であり、耐え難い苦痛を伴っているからだ。

 もちろん作品は思うとおりに進まず、書いては消しての繰り返しだった。当初の予定では二週間で書けるものを三ヶ月経った今でも、伝えたい思いは書き切れず、完成していない。

 ……それでも書き続けたい。

 心の底から思う。彼女とよりを戻したいなんて、そんな厚かましい思いはない。けれどあの時の僕は真剣に迷っていた。それこそが彼女を愛していた確かなもの(right)と自覚して、筆を止めることはできなかった。


 ……右腕はまだ使えない。左手だけで彼女を思い出したい。


 苦しいけれど、この気持ちを左手で噛み締めたい。 

 岩手芸術祭まで後、一ヶ月。読者にきちんと伝えるために、僕は携帯を握り締めて毎日あのカフェに向かう。


 この気持ちを正しく伝えなければ、僕の人生は始まらない。


 夢中で原稿用紙を書いて頭を悩ませていると、目の前に本を読んでいる彼女が映った。その本はまたしても『ノーコール・ノーライフ』だった。



「いつからいたの?」

「いつからだと思う?」

 彼女はにやにや笑いながら僕に寄り添う。

 一緒に見たかった桜は全て葉にかわっており、蝉の鳴き声を通して夏に染まっている。

「まさか君がそんなに私に惚れてたなんてねぇ」

「え?」 

 まだ投稿していない作品を読まれたのだろうか。僕は夢中で原稿用紙を隠すが、また遅かったのだと悔やんだ。

「中身なんて見なくてもわかるよ。タイトルが見えたから」

 そういって彼女は僕の右手を初めて握る。

「……そっか。それならもうこの作品は必要ないかも」

 僕は隣に移動して彼女の右手を握り返す。今まで暖かかった体温が暑く感じられるのは幾重もの季節を塗り重ねてきたからだろう。


 ……この右手よりも大切なのは、この左手で掴んでいるものだ。


 彼女の手を強く感じて心の底から思う。離れていた時期が愛を確かめるなんて言葉もあるけれど、そんなことはないと思った。近くにいなければ愛なんてすぐに消えてしまう。レシートの雪のように、日々積み重ねていかなければ、恋心はすっと消えてしまう。

 ……もう絶対に離さないよ。


 この手が、この光こそがあれば、僕には明日が来る。


 日々迷い、積み重ねてきた原稿用紙の雪の結晶が目の前にあれば、僕は生きることができる。

 このタイトルと同じように、僕の人生には君の右手が必要なのだ。

 

 




 

  

お読みいただいてありがとうございました。

また会えることを願って。

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