第四章 ―其の誤―
合衆国の奴隷問題………
打倒マオウシステムを支持する条件として提示された難問の、最後の一つ。
勇者はそれを、奴隷達に戦う力を与える事で解決しようと試みたのだが……
結局は力の上下関係が入れ替わっただけで解決には到らず、失敗に終わり
…新たな苦難と問題を浮き彫りにするだけだった。
●第四章 ―可能性の迷路 其の誤―
―大富豪の館前―
俺はロードを行った。
エレル「それで…具体的にはどんな方法で戦う力を与えるんですか?戦闘訓練には時間が足りないですし…」
勇者「いや……その事なんだが…もう少し、やり方を変えてみようと思う」
ナビ「状況に対する発言から察するに…」
エレル「失敗して、ロードしてきた後の勇者さま…みたいですね」
ナビ「……数少ない私のセリフ…」
エレル「それで…どんな感じで失敗したんですか?」
今思えば、乗り気で無い素振りをエレルから見て取れた。
多分、セーブを促された時点で予期されていたのだろう。
俺はロード前の状況をエレルとナビに話した。
エレル「やっぱり…この国は判り易いくらいに二分されて、お互いを認め居ませんからねー…」
ナビ「正規国民と奴隷等の形式で搾取される者…非正規国民。互いにこの国に住む者でありながら、全く異なる待遇を受けるそれら」
勇者「そもそも…何故大統領はその格差を無くそうとはしないんだ。奴隷を禁止したのなら…いっそ――」
エレル「格差その物を無くしたら、今の秩序その物が無くなってしまいますよ。正規国民と言うのは、言わば貴族の大量生産版ですからね…」
ナビ「国益のために命を捨て財を擲ち、国益と共に生きる者…それ故の待遇」
勇者「だが…非正規国民の彼等もまた、国のために戦っているだろう」
エレル「いえ。彼等の場合、自分達のために魔族と戦った結果が国を守る事に繋がっているだけです」
勇者「何が違うんだ?」
エレル「国と言う指揮系統に従うか否か…国益として戦うか否かです」
勇者「それはつまり…」
エレル「魔族だけで無く、他国の人間を相手にも戦う事が出来るのか…信用に足るかどうかが最大の問題なんですよ」
勇者「それは…人間同士で戦う事と言う前提自体が間違ってるじゃないか」
エレル「それはそうなんですけど、綺麗事じゃありませんからね。あと、信用の件ではもっと前の段階でも問題が発生します」
勇者「と言うと?」
エレル「いつ自分を裏切るかも判らない相手…そんな人達を相手に、武器や権力を与えられないでしょう」
勇者「………」
エレル「裏切るとまでは行かないまでも、武器なりお金なりを持ち逃げされる可能性も十二分にある。そのリスク大きさを考えれば、格差を無くす事は出来ない」
勇者「そんな事は…」
エレル「無いと断言なんて出来ませんよね?そして結論です。格差を無すなんて…今までリスクとコストを背負ってきた正規国民が、納得する筈が無いんです」
勇者「………」
解決の糸口はまだ見えない………だが、俺は立ち止まる事も出来ない。
―南部地区の遺跡―
族長「ふむ………では、貴方はこう言いたい訳か……」
族長「大富豪の屋敷に囚われている奴隷を助け出す代わりに、一切に報復行為を行うな…と」
勇者「その通りだ。そのためなら―――」
族長「申し出は有り難いが…その約束は守れませんな。故に、恩恵だけを頂く訳にはいかない」
勇者「なっ………何故だ!?攫われてしまった彼等の事は心配じゃないのか!?」
族長「当然心配だ…一刻も早く戻って来て欲しいと思って居る」
勇者「ならば報復を恐れているのか?追撃隊も含めて、何とかしてみせる!」
族長「安全を得たとしても……彼等が戻って来たからと言って、我等の怒りは収まる物では無いのだ」
勇者「部族を捕らえ奴隷に貶めた、大富豪の存在…奴が生きている事が…」
族長「それもある…だが、それだけでは無い。我々が正規国民達から受けた仕打ちを考えれば……」
勇者「………」
それを論破するだけの言葉が俺には無かった。
―南部荒野―
勇者「ならば…どうすれば良い?どうすれば悲劇を生む事無くこの問題を解決出来る?」
大統領がマオウシステム破棄の条件として引き合いに出す程の案件……当然、簡単に行かない事は判っていた筈。
だが、先の見えないこの問題に追い詰められる。
人と人との対立…憎しみ………マオウシステムが無くなれば更に深刻化するこの問題。
人は強くなれる…その可能性を持っている。
だが………それが容易では無い事も判っている。
いや、駄目だな。悪い方向にばかり考えていては見付かる希望も見付からない。
ならばどうするか……
いや、悪い部分も飲み込んだ上でどうするか考えるだけだ!
そう決意した瞬間……ふと視界の隅を何かが通り過ぎた事に気付く。
勇者「あれは…ブーメラン?」
こんな所で、誰が何のために?…いやそう遠くは無いのだから、直接見に行っても問題は無いだろう。
足を進める俺…そして、そのブーメランの発着点に居たのは………
少年「わっ! お、お兄ちゃん誰!?」
恰好…肌の色、髪の色…一目で判る、正規国民の子供だ。
何故こんな所に?いや、それだけでは無い。更に驚く事に………もう一人…
幼女「あ、お兄ちゃん」
部族の…あの幼女も一緒に居た。
少年「誰?知ってる人?」
幼女「うん、奴隷で捕まってる人達を助けてくれるって言ってくれた人」
部族では口外を止められているであろうその話を、臆面無く出す幼女。
子供故の軽口……と言う様子でもない。恐らくは、相手を信頼しているからこそ、話しているのだろう。
少年「本当?あの人達を助けてくれるの?」
勇者「それは…」
幼女「あ、でも…族長様が断ってた…」
少年「何で!? あのままじゃ良い訳無いんだから、助けてくれるんなら助けてもらわないと!」
壊れ易いまでに純粋な言葉…
幼女「でも…助けて貰ったら、多分仕返ししちゃうって族長さまが…」
少年「そんな……でも…」
そして、そんな言葉さえも詰まらせてしまうこの現実。
沈黙がその猛威を振るう中…俺は、ふと先程気になった事を口に出してみる
勇者「ところで君は…正規国民の子供じゃないのか?」
少年「そうだよ?」
勇者「この子と一緒に居て、何も言われないのか?」
少年「言われるよ。ママからも、非正規国民の子と遊んじゃいけないって言われてる」
勇者「だったら、何故…」
少年「ママの言ってる事が間違ってるし、僕がこの子と遊びたいから。ブーメランの作り方だってこの子に教えてもらったんだよ!」
あぁ……そうか…………
勇者「だったら…」
勇者「そうだな………このままで良い筈が無いな」
少年「お兄ちゃん?」
幼女「お兄ちゃん?」
答えはこんなにも簡単な所にあった
勇者「二人は…お互いの事を傷付けたり、嫌な事をしたいと思うか?」
少年「絶対思わない!」
幼女「思わない!」
勇者「よし………なら助けて来る。待って居てくれ」
―南部地区の遺跡―
族長「………我々の同族を助けて頂いた事は感謝する……だが、以前言われた約束は…」
勇者「その事は気にしなくて良い。貴方達は貴方達の思うように行動してくれればそれで良い」
族長「………申し訳無い」
勇者「謝る必要は無い。何故なら………」
族長「何故なら?」
勇者「俺も思うように行動するからな」
―南部荒野―
そして………再び巻き起こる荒野の戦闘。
ロード前と何ら変わる事無く、対峙する大富豪の衛兵と部族達。
部族達には前回同様に武器を持たせ、今回はエレルに助力はさせない。と言うか……この戦いにおいては、一切の手出しをさせないように頼んである。
そして、俺はと言うと………
勇者「さぁ、始めろ!!」
双方の陣営のど真ん中に位置取り……
戦いの火蓋を切って落として居た
―戦場―
部族民A「な………何なんだあの人は!一体何を考えてるんだ!?」
勇者「お前達は争いたいんだろう!?さぁ、早く弓を引け!!」
部族民A「ヒッ……!!な、何なんだよ!ど…どうなっても知らないぞ!!」
気圧されるままに矢を射る部族民…そして、俺はその矢を切り払う
勇者「お前達もだ!俺を倒さない限り彼等に指一本でも触れられると思うなよ!」
騎兵A「何だと言うんだあいつは…えぇい、大砲馬車、撃てーー!」
号令と共に放たれ…迫り来る砲弾。今度はその砲弾を拳で撃ち…破裂させる!
勇者「双方とも弾幕が薄いぞ!!もっと本気を出してみろ!」
雨あられ……俺のみならず、互いの相手の陣営に対して振り注ぐ矢と砲弾。
だが、俺はその全てを打ち砕き、また元の立ち位置へと舞い戻る。
勇者「どうした!それがお前達の全力か!?蛙の水鉄砲の方が威勢が良いぞ!!」
騎兵B「おのれ……舐め腐りおって!ならばこの俺が相手だ!!」
勇者「まだまだ、そんな気迫で相手になると思うな!」
鎧の上から響く拳を一発。その衝撃で騎兵は馬から振り落とされ…その場で気を失う。
勇者「何だ何だ、もう終わりなのか?だったら……こっちから行くぞ!!」
北と南に分かれた陣営…人数では無く割合で戦力が均等になるよう、それぞれを殴り倒して行く
が…それはあまり意味が無かった
勇者「おいおい…たったこれだけで全員お寝んねか?鍛え方が足りないんじゃないか?」
双方が呆気なく全滅したからだ。
だが………それで終わりでは無い、終わらせるつもりも無い。
エレル「勇者さまは、一体何を考えているんでしょうね」
ナビ「戦場に居る皆の敵意を自分に集めている。あれではまるで………」
エレル「マオウシステムその物…ですよね」
勇者「仕方が無い…出血大サービスだ。全員元気になって立ち上がれ!!」
治癒の秘法……それをこの場の全員に使い、一人一人を起き上がらせる。
勇者「さぁ来い…さぁ!さぁ!さぁ!!お前達は戦いたいんだろう?戦いに来たんだろう?それとも、無抵抗な相手でなければ戦えないのか?」
部族民B「何なんだ…一体何をしたいんだ………」
騎兵C「狂ってる………あいつ狂ってやがる!!」
失礼な事を言ってくれる
勇者「狂っているのはどっちだ。本当に俺は狂っているのか?お前達は狂って居ないのか?」
騎兵C「あ…当たり前だ!お前のような狂人と一緒にするな!」
勇者「ならば行動で示してみろ!狂って居ないのならば、どういう行動を取れば良いか考えてみろ!」
部族民C「…………」
勇者「勿論お前達もだ!自分が狂って居ないと言うのなら、行動で示してみろ!」
騎兵D「くっ………らぁぁぁぁぁ!!!」
乗る馬が逃げても突撃を仕掛けるその心意気やよし…だが、それは間違いだ。
俺は鎧の上から胴に一撃を放つ。そして、治癒の秘法でそのダメージを癒す。
大砲馬車兵「この………化け物めぇぇぇ!!!」
錯乱したためか、検討違いの方向へと放たれる砲弾………
俺はおろか、部族民達の誰一人にも当たる事の無い軌道で岩陰へと向かうそれ。
当然ながら避ける必要は無く、迎撃の必要は無い。
だが…だからと言ってそれを見逃したのは間違いだった。
岩陰へと着弾し、破裂する砲弾………そして同時に、爆音に隠れて聞こえる小さな悲鳴。
そう……爆煙が収まると共に姿を見せたのは………
勇者「――――っ!!?」
あの少年と幼女だった。
俺は少年と幼女の下へと駆け寄り…他の何かを考えるよりも先に、まず治癒の秘法で二人の傷を癒す
……が、二人の意識は戻らない。
俺は奥歯を噛み締め……怒りを抑えて大きく息を吸う。
勇者「お前達…………今一度聞くぞ………本当に狂って居るのは誰だ!!?」
二人の身体を抱き上げ、叫び声を上げながら問う
大砲馬車兵「お………俺じゃない!俺は少年を狙った訳じゃ…」
バリスタ兵「な…何でこんな……」
騎兵B「だ、第一!こんな所に子供が居る事が………」
言いたい事は判らないでも無い。俺も最初は、二人がこんな場所に居る事に驚いた。
幼女を通して、少年もここで争いが起きる事は知っていた筈。にも関わらずここに来て居たのは…
恐らく、それ程までにこの事態を心配していたと言う事なんだろう。
そういう意味ではこの子供達に非が無い訳では無いが………
勇者「悪いのはこの子達………そう言いたいのか?」
そこに付け入るのは大きな間違いだ。
騎兵B「ち、違う…第一、こんな事で争いにならなければ!!」
騎兵A「そ………そうだ!元はと言えば奴等が脱走した事がこの争いの始まりだったんだ!!」
部族民B「何を言う!貴様等が我等の同族を奴隷にした事こそが根源だろう!」
部族民C「大統領の宣言した秩序とは何だったんだ!俺達をあんな目に遭わせて!!」
部族民D「そうだ!その上あんな幼い子までその手にかけるなど…!!」
騎兵A「あんな物は方便に決まっているだろう!国益を考えれば、貴様等非正規国民の人権など―――」
勇者「この………大馬鹿者共が!!!!」
騎兵A「ひっ!?」
部族民B「っ…!?」
勇者「この子達の…この子達の願いは、ただ仲良く一緒に居たかった…たったそれだけだった!」
勇者「そんな子供達の願いを踏みにじって…何が部族だ!!何が正規国民だ!!何が国家だ国益だ!!恥を知れ!!!」
騎兵B「………」
部族民C「………」
勇者「いい加減気付け………お前達がやるべき事は、誰かのせいにする事なのか?誰かのせいにしてその怒りをぶつける事なのか?」
部族民D「………」
勇者「誰かに命じられたから…その誰かのせいにして、間違った事をする事なのか?」
大砲馬車兵「………」
勇者「誰かが間違いを犯したから…自分も間違えて楽な方に進む事か?」
騎兵A「………」
勇者「違うだろ……お前達がするべき事は、誰かのせいにする事じゃぁ無い。自分と同じにならないよう……誰かの『ため』に何かをする事じゃないのか?」
部族民A「そう………だよな…」
騎兵A「………何で…こんな風になっちまったんだろうな…」
勇者「それに…この戦いで、お前達は感じたはずだ。戦いの虚しさ…そして終わりの無い痛みの無益さを」
騎兵D「………」
ナビ「把握…これは勇者の追体験」
エレル「共通の敵になるんじゃなくて…両陣営を嫌と言う程ボコボコにして、曇った目を覚まさせる作戦……だったって事ですね」
ナビ「信念を以って争いに臨む者ならばいざ知らず、所詮は上辺だけの憎しみや金銭目的で刃を振るう者達…」
エレル「痛みを思い知れば、相手が痛みを感じる事も知る。言って判らない大きな子供には、叩いて教えろって事なんでしょうが………」
ナビ「回りくどい。もっと円滑な方法を取っても良かった筈…それに、あの子供達が現れなければここまでの説得力は生まれなかった。詰めが甘い」
エレル「同感です。まぁ、勇者さまらしいと言えばらしい作戦なんですけど…」
だったら最初からもっと良い方法を教えてくれ。生憎と俺は不器用だから、こんな方法しか思い付かなかったんだ。
勇者「お前達の中で、あの痛みと苦しみをまだ味わいたい者は居るか?」
騎兵G「か……勘弁してくれ!」
部族民E「痛みと苦しみを味わう事は恐ろしく無い………だが、其処に意味が無いのならば話しは別だ」
騎兵F「俺だって…不毛な痛みは御免だ」
部族民B「なぁ………お前達はまだ戦いたいのか?」
騎兵B「なっ!?なななな、冗談じゃねぇ!もうこんなのはゴメンだ!!」
騎兵C「俺もだ!こんな目に遭って続けてられるかよ!」
部族民C「戦いを止めて……それからまた俺達を虐げるか?」
大砲馬車兵「出来る訳……無いだろ。あの子達を見てみろよ……」
族長「そう………見た目は違えど、皆同じ赤い血が流れる人間だ。誰もが同じように苦しみ痛み…時には楽しみ…そして、生きている」
エレル「血の色が違う魔族も、同じように生きているんすけどねー…」
ボソッとでもこの状況で言うな。
ナビ「更に言えば…命ある者は、死んでしまえば皆等しくただの肉塊」
間違っては居ないが縁起でも無いからそういう事は言うな。
その場に居た全員が戦意を失い……いや、目の前の現実に気付き、刃を納める。
そして……
少年「っ………」
幼女「ん…………っ」
騎兵A「おぉ………」
部族民A「おぉぉぉぉぉ……」
騎兵B「良かった!目を覚ましたぞ!!女の子の方も無事だ!」
部族民B「男の子の方も…大丈夫か?物はハッキリ見えるか?」
皆が階級の…そして民族の壁を越えて、子供達の目覚めを祝う。
少年「あれ……皆、喧嘩してたんじゃ…」
騎兵A「もう仲直りしたのさ…」
幼女「じゃぁ…もう仲良くなっても…良いの?」
族長「あぁ…もう良いんだ。辛い思いをさせたな……」
ナビ「戦場では…否、他の戦場ではもっと多くの命が…それこそ彼等よりも幼い命が蹂躙されてきた…全て記録されて来た」
エレル「その戦場では、何で今回みたいに行かないのか。物分りが悪いのか…ナビちゃんはそこが納得できないって感じですねー」
ナビ「肯定する」
エレル「その答えは簡単ですよ。他の戦場ではこんな風に当たり前の事を考えるだけの余裕が無い…それだけです」
ナビ「つまり………殺さずに諭す手段を取った勇者の………」
エレル「それだけじゃありませんよ。最初に手を取り合ったあの子供達…二人の起こした奇跡が重なって、これだけの結果を残したんです」
ナビ「理解。しかし………」
騎兵E「………」
当然ながら、中にはまだ踏ん切りが付かない者も居る…
だが、立ち止まったまま敵意を奮い立たせるだけの気力も大儀も残ってはいない。
ひとまずはこれで一安心だ………
そう、ひとまず。
そして…それが過ぎると、今度は大きな問題が……待ち受けている筈の問題が、わざわざ向うからやって来てくれたようだ
大富豪「なぁぁぁぁぁあにふざけた茶番で和んじゃってるのさ!!お前達!高い賃金払ってるんだからさっさとそいつ等を皆殺しにしろぉぉ!!」
小型飛空挺に乗って現れるそれ…今回の諸悪の根源、大富豪だ。
勇者「…と言ってるが、どうする?」
騎兵E「………あれを聞いて、逆に踏ん切りが付いた」
騎兵D「あぁ…人間あぁはなりたく無いって見本だからなぁ」
勇者「………だ、そうだ。これを期に、いっそお前も改心……」
大富豪「するかよ!してたまるかよ馬ぁぁぁ鹿!!その浮ついた脳天にこれでも食らえ!!」
という言葉と共に小型飛空挺から投下されたのは………判り易い外見の爆弾。
しまったな、この状況は少々不味い…直撃は勿論、この距離では撃ち落としても被害は免れない。
エレルの空間転移なら……いや、ダメだ。律儀に手出ししないスタンスを貫いて、動こうともしていない。
となれば………以前は不発に終わったあれを―――
と思ったのだが、今回もその必要は無かった。
巻き起こる爆風と爆音………だが、俺達は傷一つ負う事無く…ただこの状況を静観していた。
少年が発した青白い光の壁…それが俺達を爆弾から守ったからだ。
大富豪「な……何だよそれぇぇ!!?」
どうやら、また俺はやらかしていたらしい。
……と、言う事は…だ
大富豪「ぴえぇぇ!?っ!?」
うん…幼女の方の勇者特性は「霊獣の巫女」…霊獣の力を何倍にも強化する特性のようだ。
前回の時点では無かった筈の翼やら鎧やらが追加で形成されている。
おっと、幼女に気を取られたて忘れていた…
大富豪は霊獣により飛空挺を撃墜されたようで………思い出した頃には、俺達の前に落下した後だった。
騎兵A「さて…こいつはどうする?」
騎兵B「さすがにこいつを生かしておくと、後々面倒だよな…」
部族民A「恨みつらみ以前に、こいつを野放しにする事は出来ないな……」
警官「いや…そいつの処遇は私達に任せてくれませんか?」
突如、岩陰から姿を現す私服警官。そうい言えば居たな…こんな奴。
騎兵C「アンタは一体何者だ?」
警官「私は、国家直属の特殊警官。訳あって極秘にその大富豪の調査をしていました」
あぁ…州知事が言っていた特殊警官とはこの男の事だったのか。
勇者「…極秘という割りには、警官だって事がばれていたようだが…」
警官「それは…あくまで一般の私服警官という偽の情報を与えていたからです。その甲斐あって、私が特殊警官である事はばれませんでした」
………それで良いのか?
大富豪「何だ…何だって言うんだよそれ!!お前達何も判って無い!何で国がこの俺様を本気で捕まえられないのか、全然判って無い!!」
そう言って懐から何かを取り出す大富豪…そう、これは前回発動する事が無かった『何か』だ
警官「あれは…まさか!!?くそっ…持ち歩いて居たのか!」
大富豪「そうさぁぁぁ!その通り!!!こいつは古代兵器『アトラス』のスイッチだ!みぃぃんな消えて無くなれ!!」
警官「いけない!早くあれを止めないと―――」
大富豪「もぉぉおう、おそぉぉい!!」
スイッチを押す大富豪
警官「あ………あぁぁぁぁ…………」
その行為を目の当たりにして、落胆する特殊警官。
各々の反応から察するに、それが途轍も無く危険な物…と言う事は判るが、全容が掴めない。
勇者「取り込み中の所をすまないが…アトラスと言うのは、具体的にはどんな兵器なんだ?」
警官「超広範囲………合衆国全土を焦土と化す程の大量殺戮兵器です」
成る程…確かにとんでもない規模の凶悪な兵器のようだ
勇者「それを止める手段は?」
警官「ありません…一度発射してしまった、もう誰にもそれを止める事は出来ない……もうこの国はお終いです」
国ごと破壊してしまう兵器…そんな物をこの大富豪は隠し持っていた…そして、使ってしまったのか。
勇者「兵器と言って居たが…具体的にはどんな物なのか判るか?」
警官「まず我々の手が届かない程の天高くまで上昇し、その後に下降。着弾と共に爆発を発生させる兵器…そう聞いています」
勇者「今はどの段階だと予想している?」
警官「経過時間からして、恐らくは……下降を始めた辺りかと」
富豪「そうさ、よく判ってるじゃないか!もう何もかもが手遅れだ!プヒャヒャヒャヒャ!!!」
エレル「では私がー…完全にとは言えませんが、何もしないよりはマシな程度には危険物を削り取って来ましょうか……」
と、名乗り出るエレル。確かにエレルの転移魔法を使えば、何とかなるかも知れないが………俺は腹案を思い付いていた。
勇者「いや、待て…それよりも俺とあの子達を転送してくれ。場所は―――」
エレル「…成る程、その手がありましたね。では行きますよ!」
―??????―
少年「ここはどこ?」
幼女「何か、不思議な感じ…」
勇者「ここは…そうだな、簡単に言えば………」
少年「言えば?」
幼女「いえば?」
勇者「皆を守る事が出来る場所だ!」
少年「本当?」
幼女「すごい!」
勇者「さぁ………俺達で合衆国を守るぞ!!」
―大気圏外 アトラス周辺―
下降を始めたアトラス
どんどん高度を下げ…
目指すは指定された着弾点………
スイッチが押されたその場所。
そしてアトラスは、合衆国全土から視認する事が出来る程の距離まで近付いて行く
―合衆国全土―
国民A「何だあれ……とてつもなくデカイ物が振ってくるぞ」
国民B「ねぇ……あれってヤバいんじゃない?」
国民C「に…逃げないと!!」
国民D「どこにだよ……今からじゃどこにも逃げられないだろ」
国民E「って言うかあれ……形からして隕石とかじゃないよな」
国民F「もしかして…爆………」
国民G「おい、止めろ」
―大気圏内 アトラス周辺―
合衆国全土が恐怖と混乱に包まれる中…そんな事は意にも介さず、下降を続けるアトラス。
その巨躯は、目標の先にある物全てを叩き潰す鉄槌のように…姿をを国民に晒す
………が、それを貫く一筋の閃光
地表より放たれたその閃光は、アトラスを…
そして、アトラスが巻き起こす筈だった爆発さえも飲み込み……
空の遥か彼方へと消え去って行った
―戦場―
大富豪「な、なな何が起きたんだ!?アトラスは一体どこへ消えた!?」
エレル「古代兵器には古代兵器…星天の柱による迎撃ですよ。あれの前では、いくらアトラスでも簡単に吹き飛んじゃったみたいですねー」
大富豪「そ…そんな…馬鹿な…」
勇者「破壊するだけの力など、所詮は更に上の力に塗る潰されるだけ…そんな物に縋ったのが間違いだったな」
星天の柱より帰還した俺達。
力無く崩れ去り、倒れる大富豪。そして
警官「大富豪!確保します!!」
我を取り戻し、ここぞとばかりに大富豪に手錠をかける特殊警官。
しかし…
大富豪「ぷひゃっ………ぷひゃははははははははは!!!!」
急に笑い出す大富豪
エレル「何でしょう、気でも違えたんでしょうか?」
大富豪「良いさ…あぁ良いさ!今回は俺様の負けを認めてやるさ!」
ナビ「妙に潔い…」
大富豪「だがな…覚えておけよ。この俺様もアイツらと同じ一人の人間だ!」
警官「何を……図々しい……」
大富豪「そして、お前の嫌う憎しみや妬み嫉みも人間が生きてる証の一つなんだよ!」
勇者「………」
大富豪「忘れるな田舎者!!お前のやってる事は、ただの思想の制限だ!他者の否定でしか無いんだよ!!」
警官「この、減らず口を…!」
そして警官により連行されて行く大富豪。
だが…その言葉が俺に残した物は決して小さくは無かった。
途中、幾つかの挫折があった…諦めかけた事すらあった…
だが、一部とは言え正規国民と非正規国民…奴隷にされていた人々が、判り合う事は出来た。
少なくともこの場で、非正規国民の皆を奴隷にしようだなどと考える者は現れない…
いや。現れた所で、それを糾弾するだけの意識を皆が得た…そう思いたい。
―大統領邸宅―
勇者「それで…あの大富豪は一体どうなるんだ?」
大統領「裁かれるとも、我が国なりのやり方で…な」
勇者「そうか…」
大統領「さて……今回、勇者の活躍により救われた命は決して少なくは無い。改めて礼を言わせて貰う」
勇者「いや…当然の事をしただけだ。依頼の途中で発生した事態でもあったしな」
大統領「そして、ここからが本題なのだが…あの大富豪を捕らえた事により、それを足掛かりに残りのアトラスの在り処を調べる事が出来た」
勇者「あんな物がまだ他に幾つもあったのか…まぁ、何にせよそれは良かった」
大統領「故に…今回の直接的な危機…及び危機を未然に回避する事が出来たという成果は、全国民の命を危機から救ったという事と同意義であると判断出来る」
勇者「………と言うと?」
大統領「投票とは、命あって初めて行える物……故に論議の必要無く、加えて…事が事なだけに秘匿事項のまま決定を行わなければならない」
勇者「それはつまり…」
大統領「そう………我が合衆国は、マオウシステムの破棄…及び勇者による打倒マオウシステム計画を支持する事をここに宣言する」
勇者「―――!! 感謝する!」
大統領「これは国益を考えた上での判断だ、感謝される謂れは無い。それよりも………本当に大変なのはこれからでは無いのか?」
勇者「………そうだな」
大統領「当然ながら、我が国にも問題はまだまだ残っている。他の地域における正規国民と非正規国民の格差問題…各国との関係…その多諸々…」
勇者「そして、それ等の問題はマオウシステムを打倒する上で無関係では無い…」
大統領「判っているのなら、ここまでとしよう。では勇者よ、期待しているぞ」
勇者「期待に応えられるよう………いや、必ずやり遂げてみせる」
大統領「あぁ、そうそう。その件で言い忘れていたがあった…」
勇者「まだ何か問題でも?」
大統領「勿論、問題は山積みだ。法制改革に国民の意思の統率……これから死ぬほど忙しくはなるが、それでは無い」
勇者「では一体…」
大統領「………いや、今はまだ伏せておくとしよう。後日、追って便りを送らせて貰おう」
勇者「………どう言う事だ!?」
―領主の館―
エレナ「それで…大富豪の館って、取り壊されて学校になったんだって?あんまり良くない曰くがある場所なのに、大丈夫かな?」
勇者「そう言う場所だからこそ、それを塗り潰すために学校にしたんだろうな………」
とは言った物の…あの大統領の事だ。多分…土地を無駄にしないためとかそんな理由なのだろう。
エレル「あの大統領さんがですか?本当にそんな可愛げがあれば、少しくらいは男性に縁が出来るんでしょうけど…」
言ってやるな
エレナ「あ、手紙が届いてるよ。それとこれは………わぁ」
これは…何と言うか………気恥ずかしい。
手紙に同封されていた物。それは………俺の似顔絵だった。
恐らくは、あの二人の子供が書いた物だろう。
そう……これからの新しい歴史を作って行くであろうあの二人が………
勇者「もしかしたらこれは…いずれ、とてつもない宝物になるのかも知れないな」
エレナ「え?どういう事?」
勇者「秘密だ」
エレナ「えー………」
●第五章 ―約束の刻来たる― に続く