第四章 ―其の算―
皇国の国宝『女神の首飾り』輸送の命を受け、皇国へと訪れた勇者。
しかしそこに待ち受けていたのは、怪盗アリスと皇女の肉じゃが。
胃袋を捕まれた勇者は、更に追い討ちをで据え膳を差し出されるが…辛うじてこれを回避。
だが…皇国での事件はこれで終わりでは無かった。
次の日の朝…中央公園で発見された、凄惨な死を遂げた皇女アリーツェ。
勇者はその結末を変えるため、過去へと戻る事を決意した。
しかし、何度繰り返しても救えない皇女の命。
一線の先に踏み込まねば変えられない運命…それを悟った勇者は、皇女の死の根源へと踏み込むのだった。
●第四章 ―可能性の迷路 其の算―
―領主の館 出発前―
団長『怪盗アリスは義賊なんでさぁ……ま、表向きはですけどね』
勇者『表向きは?』
団長『貧しい国民に金銭をばら巻いてるって実績がある反面で、何の罪も無い行商人が襲われたって話しもあるんですよ』
勇者『その行商人が悪徳商人だった可能性は無いのか?』
団長『無いとは言い切れませんが、薄いでしょうなぁ』
勇者『…そうか』
それが…事前に聞いていた怪盗アリスだった。
―皇宮上空―
満天の星空…皮肉なまでに美しく輝く星空の下で、スキル『飛翔の翼』を使い、皇宮の上空で待機する俺。見下ろした景色の中…俺の瞳に映すのは、城下へと続く桟橋。
刻一刻と過ぎる夜の中、ただひたすらにある存在を待ち…遂に現れるそれ……
フード付きのマントを羽織り、周囲に気を配りながら皇宮の門を潜り抜ける…皇女アリーツェと思われる人物。
彼女…アリーツェが向かうその先に、真相がある。俺はその真相を突き止め…今度こそ彼女を死の運命から救ってみせる。
そう心に決めた。
―とある貴族の屋敷ー
アリーツェを追い、辿り付いた先は…意外にな事に貴族の物と思われる屋敷。
勇者「いや……アリーツェがアリスなのだとしたら、貴族の屋敷に盗みに入るのは当然か」
勇者「だが、それだけのために命を賭けるだろうか?死を知らされて尚……」
しかし、考えを巡らせる暇も無く屋敷の中へと忍び込んで行くアリーツェ。
どうするべきか…追うべきか追わざるべきか…追うにしても、そんな手段を使うのが得策か。アリーツェは助力を望んでは居ない…そして、下手に加担すれば彼女を危険に晒してしまう可能性さえある。
ならば………
勇者「そうだ、この手で行くか」
思い立つと同時に俺は地上に下り立ち、門の前でその足を止める。そして……
その門を、力尽くで押し開ける。
―貴族の屋敷―
女貴族「な…何なの今の音!?」
衛兵「そ、それが……も、門が!門がー!!」
勇者「すまない、緊急事態な物で少し乱暴な手段を使わせて貰った」
女貴族「あ、あんたは………い、一体何なのさ!この国の常識って物を知らないの!?」
勇者「この国の常識を知らないのも確かだが、それさえ些細になる程重大な問題が発生した。この屋敷に、怪盗アリスが侵入したんだ」
女貴族「怪盗アリスが?そんな筈が無いじゃないの。大体、この壊れた門をどうしてくれるのよ」
自信満々に言い切る女貴族。自分にはやましい事が無いとでも言いたいのだろうか?一体その自信はどこから来るのやら…
衛兵「あ、いえ……ですが…今調べた所、罠の一つが作動した形跡が…」
そう報告した衛兵を、女貴族は睨み付ける。
女貴族「っ……そうね……もしかしたら、本当に怪盗アリスが侵入したのかも知れないわね。見付け次第、即刻始末しなさい」
勇者「それは困る。怪盗アリスは生け捕りにして、盗品の在り処を吐かせなければいけないんだ」
女貴族「はぁ?何を勝手な事言ってるのさ。何様のつもり?」
勇者「あぁ…そう言えば自己紹介がまだだったな。俺は勇者…皇帝の命により、怪盗アリスの確保を仰せ付かっている」
女貴族「ぬぇ゛………っ!?」
まぁ当然そんな事は口から出任せなのだが…この女貴族には効果的面のようだ。
勇者「では案内してもらおう…怪盗アリスが狙うと思われるような物がある場所にな」
女貴族「そ、そうは言うけどねぇ?この屋敷にはそんな物一つも無い訳だし……」
言いよどむ女貴族。罠まで張っておいてその反応は無いだろう…と言うか、先程からおかしな発言が幾つもあった。
これは何か一枚噛んで居る。そんな確信を持った所で…
衛兵「大変です…何者かが宝物庫に!」
女貴族「―――!!」
報告に来た衛兵を、またも女貴族が睨み付ける。これはもう確定だろう。
勇者「すまない、最後の方は良く聞こえなかったんだが…何者かが侵入しているようだな」
衛兵「あ、いえ……何者かが侵入した…あくまで、可能性があるというだけで………」
勇者「それはいけない。よし、俺も侵入者の探索を手伝わせてもらおう。もしかしたらそれが怪盗アリスかも知れない」
俺はそう宣言して、衛兵が走って来た方向へと歩き出す
女貴族「この馬鹿!」
衛兵「す、すみません…でも、あの隠し扉の仕掛けは絶対に…」
聞こえてくる会話は内緒話のようだが、俺の耳には丸聞こえだ。そうか…隠し扉か。時間をかけて虱潰しに探せば見付かるかも知れないが、そんな悠長な事をしている余裕は無さそうだ。
どうするべきか……あぁそうだ、こんな時こそセーブとロードを活用しよう。
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.
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勇者「なるほど…暖炉の裏と井戸の底の石を同時に押す事で開く扉か。確かにこれを見付けるのに時間がかかった」
そうして裏庭で見つけた隠し扉の先にあるのは、地下室へと続く階段。俺は迷う事無くその階段を下り…ついに見つけた。
皇女アリーツェ…いや。怪盗アリスを。
―地下へと続く階段―
怪盗アリス「勇者様…?何故ここが……」
勇者「俺は未来と今を行き来しているからな…このくらいは造作も無い。しかしアリーツェ…ここまで来た以上、もう隠しても仕方ないだろう」
怪盗アリス「………」
勇者「話して貰うぞ。死を知って尚、君がここに来た理由を…」
怪盗アリス「…判りました」
求めて止む事が無かった真相…アリーツェが、遂にそれを語り始める。
怪盗アリス「まず始めに…ご存知の通り、私…皇女アリーツェは、巷を騒がせる怪盗アリスです」
勇者「…そのようだな。何故こんな事をしているんだ?」
怪盗アリス「法では捌き切れぬ者達から財を取り戻し、救い切れぬ人達の下へと返すためです」
勇者「成る程…では、何故罪の無い物達まで襲った?現に俺達も、この国に来た時………ん?いや待て…そうか」
怪盗アリス「お気付きになられたようですね。そして、その答えはこの先にあります」
促されるままに進める足。階段を下りきった先は、平坦な床。そして……
―地下宝物庫―
勇者「これはまさか……怪盗アリスに盗まれたとされる品々か?」
怪盗アリス「はい、その通りです。勇者様を襲撃した怪盗アリス…偽アリスが、罪無き人々から奪った物です」
勇者「成る程な…この偽アリスの悪行を暴くために本物が馳せ参じた…と言う訳か」
よくよく考えてみれば、最初の襲撃の時点でおかしかった。怪盗アリスがアリーツェならば、実質上自分の物に等しい女神の首飾りを奪いに来る利点が無い…
怪盗アリス「その通りです」
勇者「だがしかし、一つ解せない所がある。命の危機を知って尚一人でこれを行おうとした理由は何だ?皇女という立場を使えば、他にも…」
怪盗アリス「それは出来ません。我が国は教典の教えと法とにより秩序を保っている事はご存知ですよね?」
勇者「あぁ、そうか…そういえば先刻も言っていたな。法では裁く事が出来ない…だから怪盗アリスとして奪い返すしか無かった…と言う事か」
怪盗アリス「はい、それに…」
勇者「更には……その象徴たる皇族が自ら法と教典を破った事が知られれば、国その物が危ぶまれる。故に国を頼らず一人で事を起こさねばならなかった…」
怪盗アリス「……その通りです」
勇者「…今更だな、怪盗アリスになった時点でその覚悟はしておくべきだった。でなければ、もし誰かに捕まってしまったら…」
怪盗アリス「覚悟は出来ておりました」
勇者「………そうか、そうだったな。その覚悟の結果を、今まで散々見せ付けられて来たんだ。愚問だった、忘れてくれ」
怪盗アリス「はい、忘れました」
くっ…この男殺しめ……
勇者「だがな…ここまで来た所で、あえて言わせて貰おう」
怪盗アリス「何でしょう?」
勇者「それを聞いた上で、まだ尚アリーツェの死を認めるつもりは無い。法にも教典にも逆らおうとも、君を助けたい」
怪盗アリス「勇者様………」
勇者「とは言ったが………アリーツェとしての最善は、法と教典を守りつつ事を解決する事なんだろう?」
怪盗アリス「………はい、申し訳ありません」
勇者「ならば…その両方を叶える解決策を取ろう」
怪盗アリス「そんな奇跡のような策をお持ちなのですか?」
勇者「持っては居ない。だが………奇跡を起こすのは勇者の役目だ。ただ…そこに少し、アリーツェの力も借して欲しいがな」
怪盗アリス「勇者様ったら……」
勇者「ではまず、確認だが………アリーツェは今ここで全ての宝物を奪還するつもりだったんだな?」
怪盗アリス「はい」
勇者「しかし、それでは根本的な解決にはならない。ここで成功しても、終わるまで繰り返している内に、アリーツェが敗北する」
怪盗アリス「………」
それも最悪の結果…アリーツェが怪盗アリスとして偽者の罪を着せられたまま、偽者がのさばると言う結末でだ。
物のついでに言うならば、恐らくは今まで俺が見て来たアリーツェの経緯はこうだろう……
女貴族…偽アリスの館に侵入するアリーツェ。それを返り討ちにする女貴族。そして、怪盗アリスの殺害後にその正体がアリーツェだと知り………この屋敷に捜査の手が伸びないように、中央公園に死体を遺棄。
死体の衣服がボロボロだったのは、恐らく意図した物では無い…罪を着せるのならば、なるべく判り易くした方が良い筈。検死や葬儀で明らかになれば良いと踏んだだけかも知れないが、その部分だけはまだ謎が残っている。
以上…これで事態の殆どは飲み込む事が出来た。
勇者「では次に…俺かアリーツェが憲兵に此処の事を知らせた場合の想定だが、どんな事態が予想される?」
怪盗アリス「勇者様が憲兵に通報した場合……まず、其処に到るまでの経緯を聞かれるでしょう」
勇者「そこは多少話を作ったとしよう。それで、この状態のまま憲兵をここまで連れて来た後はどうなる?」
怪盗アリス「恐らくは…怪盗アリスが仕組んだ罠だとでも言って言い逃れをするでしょう」
勇者「そんな言い分が通るのか?」
怪盗アリス「疑わしきは罰せず………現場を押さえるか確固たる証拠がなければ、恐らくは逃れられます。特にここ最近では…」
勇者「偽アリスの行動が非道な物になっている…無実の人間を貶めるような策も、取り兼ねないと思われている…か」
怪盗アリス「………はい」
勇者「なるほど………どうにかなるかも知れないな」
怪盗アリス「本当ですか?」
勇者「あくまで上手く行けば…だがな。そして、そのためにはアリーツェにも危険な橋を渡って貰う事になるが…」
怪盗アリス「覚悟の上です」
あぁ…そうだ。俺は何を今更言っているんだ。確認するまでも無く、アリーツェはとっくの昔に覚悟を決めて居たんじゃないか。俺は………彼女が弱い皇女だという一方的な思い込みで、勝手に救おうとしていた。これは本来、彼女の戦いだと言うのに…な。そうだな、だからか。いつもならば無意識の内にやっていたこれが、彼女に向けられなかったのは。
勇者「アリーツェ」
怪盗アリス「はい」
勇者「すまなかった。俺も一緒に戦わせてくれ」
怪盗アリス「はい!」
アリーツェをパーティーに加えた
勇者「では手順を教える。まず俺は一旦、皇宮に戻り―――」
―貴族の屋敷―
女貴族「くそっ、あの勇者のせいで確認が遅れたわ。怪盗アリスめ、やっぱりアタシの宝物庫に忍び込んだのね!」
女貴族「あの勇者は本当にもう帰ったんだよねぇ!?」
衛兵「はっ、その筈です。緊急の用事につき、皇宮に帰ると言っておりました!」
女貴族「だったらその隙に、早く怪盗アリスの足取りを追わないと………ん?んんん?へぇ……」
衛兵「どうしました?」
女貴族「何だい、まだ居るみたいじゃないか。騒ぎに乗じてとっとと逃げ出せば良かった物を……欲の張り過ぎは身を滅ぼすわよぉ」
―地下宝物庫―
女貴族「そんなマントとフードで身を隠したって、あんたの正体はばれてるのよ!!さぁ、観念をおし!」
怪盗アリス「―――!? ………っ!!」
女貴族「何っ!?早―――…っ、まぁ良いさ。ここは絶壁に囲まれて、出口は正門一つか無い。しかも……」
衛兵「はっ、我々衛兵団30人が待ち構えております。不意を突いて忍び込むならまだしも、正面突破など」
女貴族「だわよねぇ…ま、念のためコイツも持って行こうかしら」
―正門前―
衛兵A「馬鹿な!この数の包囲を摺り抜けて行っただと!?」
衛兵B「くそっ!門を抜けて路地に出られたぞ!………だが、まぁ大丈夫か」
衛兵C「あぁ…門の外にはあいつ等が居るからな」
―屋敷前の路地―
怪盗アリス「っ……これは…魔法!?」
魔術衛兵「意外だったろ?足の早さに自身がある奴は、大抵この手で捕まるんだよなぁ、ヒャッハッハッハ!!」
怪盗アリス「くっ………」
魔術衛兵「おっと、雇い主様のお出ましだ」
女貴族「まったくあの衛兵共…これで逃がして居たら、減給どころの話しじゃなかったわよ。まぁ、捕まえたみたいだから不問にしてあげるけど」
怪盗アリス「…………」
女貴族「さぁ…随分とてこずらせてくれたじゃないの。どうしてくれようかしら。そうねぇ…まずはそのマントとフードを剥ぎ取って、その正体でも…」
勇者「何をしている!!」
女貴族「なっ……って、何よ、さっきの勇者じゃないの。丁度良いわ、この手で始末出来ないのは癪だけど、引き渡してあげるわよ…今丁度怪盗アリスを捕まえ…」
勇者「皇女に何をしているかと聞いているんだ!!」
女貴族「……………えぇっ!?な、何を変なこと言ってるのよ、こいつは皇女なんかじゃなくて怪盗アリス……」
俺の言葉に驚愕し、アリーツェのマントに手をかける女貴族。そして、そのマントの下から姿を現したのは…
女貴族「な…何で!?どうして!?」
町娘のような服を着て、その手に女神の首飾りを握った…皇女アリーツェだった。
勇者「極秘に女神の首飾りを移送する皇女を、怪盗アリスが襲撃する…という情報があったんだが、戻って来てみれば案の定か」
憲兵「女貴族殿…これは一体どういう事ですかな?そこの御仁を貴方の手下が捕らえる様子を、私はハッキリ見ましたぞ」
姿を現す、この地区担当の憲兵
女貴族「何なのよそれ!知らないわ!!だってこいつは、アタシの屋敷から逃げ出した怪盗アリスなのよ!?」
痛々しい程に狼狽する女貴族。それを見て口を開くアリーツェ
皇女「事情はよく判りませんが、何か誤解があるのかも知れません。勇者様、憲兵様、どうでしょう?ここは女貴族さんの話を聞いてみては?」
女貴族「あぁっ、ありがとうございます皇女様!」
勇者「判りました…当事者である貴方がそう言うのなら」
憲兵「私も異論はありません」
そして尋問が始まった
―正門前―
勇者「そもそも…女貴族は、怪盗アリスに盗みに入られたと主張しているが。その点からして疑問だな」
憲兵「と、言いますと?」
勇者「俺がこの屋敷を探索した時には、怪盗アリスの目当てになるよな物は一つも見あたらなかった」
女貴族「探索……そうよ!そもそもアンタがアタシの屋敷に侵入した時も、怪盗アリスが侵入したからって言ってたじゃないの!!」
憲兵「本当ですか?勇者様」
勇者「あぁ本当だ。怪盗アリスがあの屋敷に入って行くのを確かに見た」
女貴族「ほら見なさい!」
憲兵「では…そこから脱走者が居ないのであれば、その時点から屋敷の外に出た人物…あるいは屋敷の中にまだ居る人物が怪盗アリスという事に…」
衛兵「あ、いえそれが……怪盗アリスは正門を越えて一度屋敷の外に脱走してしまいました」
術師衛兵「でもよ、そこで出てきた怪盗アリスはちゃんとこの俺が捕まえたぜ?」
憲兵「では…館から出てきた怪盗アリスと思わしき人物と、貴方達が捕らえた皇女様は同一人物であると?」
術師衛兵「あぁ、間違い無え」
女貴族「なっ……そんな筈がある訳無いでしょう!?アンタ達が見間違えて、アリスじゃなくて皇女様を捕まえたんじゃないの!?」
術師衛兵「そんな事あるはず無えだろ!素人かよ!」
勇者「証言が大分食い違って居るようですね」
憲兵「これでは…証言の信憑性も怪しい所ですな」
女貴族「っ………!!」
憲兵「勇者様は、怪盗アリスがこの屋敷から脱出する所を目撃されましたかな?」
勇者「いや、俺はそこの女貴族が、皇女様に手を出している所からしか見てない」
憲兵「ふむ………ではやはり、先に挙げた可能性…怪盗アリスはまだ屋敷の中に居る、と言う線が濃厚になりますな」
女貴族「えぇ、そうなるわね」
憲兵「では、真偽を確かめるためにも屋敷の中を検めさせて貰いましょう。丁度応援も来たようだ」
女貴族「え?…え、えぇ。良いわよ」
狼狽しながらも平静を装う女貴族…探られて痛い腹があるのだから当然だが、それでも尚平静を保って居られるのは、隠し部屋…地下宝物庫が見付かる筈が無いと踏んでいるからだろう
勇者「あぁ、そうそう。そう言えば井戸の底と暖炉に何か違和感を覚える石があったな…もしかしたら怪盗アリスと何か関係があるかも知れない」
女貴族「なっーーー!?」
憲兵「判りました。そちらも調べてみます」
この時点でチェックメイトだ。
さて、残った問題は…この女貴族が、どうやってボードをひっくり返すかなのだが…
―貴族の屋敷―
憲兵「勇者様の言う通り、暖炉と井戸の石がに仕掛けがありました。そして、その先の隠し部屋…いえ、宝物庫には…」
女貴族「……………」
憲兵「怪盗アリスに盗まれた品々と、怪盗アリスの服がありました。これはもう、動かぬ証拠でしょうな」
女貴族「濡れ衣よ!!……そ、そうだわ!そこの皇女こそが怪盗アリスの正体なのよ!!全部そいつがアタシに罪を擦り付けるためにやったのよ!!」
ここに来てやっと頭が回ったようだが、もう遅い。とっくに手遅れだ
勇者「と、主張しているんだが…」
憲兵「と言われましても、これはどう見ても……」
皇女「流石に私としても…真犯人という冤罪までかけられてしまっては…」
勇者「………だろうな」
憲兵「まず…この屋敷に怪盗アリスが入る所を勇者様が目撃した。しかしそれは…盗みに入られたのでは無く、盗みから帰って来た所だった…」
勇者「そして…」
憲兵「皇女様を襲撃した怪盗アリスが、苦し紛れに口から出任せを吐いて…挙げくに皇女様を犯人扱いしている。これが真相としか言いようがありませんな」
女貴族「なっ……!!そうね…そういう事ね?アンタ達、みーぃんなグルだったって訳ね!!」
いや、憲兵だけは中立だ。
勇者「それは…お前自身が敵しか作って来なかったために、そう見えてしまっているだけだろう」
女貴族「良いわ……だったら皆ここでまとめて片付けて、何もかもが無かった事にしてあげるわ!!」
応援が来た時点で上層部に報告が行っているだろうし、そんな事をしても無駄なんだがな…
女貴族「来なさい!霊獣!!!」
女貴族がそう叫び、指輪を高く掲げた所で姿を現す『何か』
まず始めに首輪のような物が現れ、そこを基点に輪郭を形作って行くそれ。そしてそれは、一匹の獣…翼の生えた豹のような物へと変わる。
その爪…その牙………もう幾度と無く見てきたからこそ判る。この獣こそが…アリーツェを惨殺した『死因』その物だ。
勇者「そして………捜査の目をここから離すため、皇女の死体を中央公園に棄てた…と言った所か」
呟き…歯軋りをする俺。だがそんな事には構わず、女貴族は霊獣をけしかける。
女貴族「さぁ、やぁっておしまい!!」
勇者「アリーツェ。これを使うんだ」
道具袋から弓矢を取り出し、アリーツェに渡す俺。
女貴族に命じられるまま、俺への突撃を繰り出す霊獣。人一人を砕くのに十分な程の威力の質量を持って、俺へと迫り来る…
勇者「………」
…が、俺はその頭を軽く掴んで制止する。更にその手で首輪を掴み直し…霊獣を持ち上げて、アリーツェへと差し出す。
皇女「…………」
弓を引き絞るアリーツェ。そして放たれ矢は、真っ直ぐに霊獣の首下へと迫り………首輪を粉々に破壊。
すると、霊獣は糸が切れたように地に伏し…見る見る内に子猫の大きさまでその身を縮めていった。
女貴族「そんなっ……霊獣を隷属させてる首輪を壊すなんて……」
丁寧に解説ありがとう、だからと言って温情は無いがな。
勇者「それで良いのか?こいつは、何度もアリーツェの命を…」
皇女「その記憶は私にはありませんし…あったとしても、この子自身には何の罪もありませんもの。勇者様さえ良いのでしたら……」
そう言われてしまったら、もうどうにか出来る筈が無い。何と言うか、うん…さすがはアリーツェだ
女貴族「くうっっ…!!まだよ!霊獣がやられても、まだこっちには衛兵が山ほど居るんだからね」
ヒステリー声を上げ、衛兵を召集する女貴族。そして、渋々ながらも自分達の証拠隠滅のために臨戦態勢に入る衛兵達。
俺とアリーツェもそれに対して構えを取るのだが………思わぬ所から介入者が現れた。
つい先程まで子猫大にまで縮んで居た霊獣である。
いつの間にかその体躯は翼の生えた白い虎へと変わっており、今は静かに瞼を閉じているが…その内に秘めた闘争心はひしひしと伝わってくる。
臨戦態勢の霊獣……その姿を見て、ある予想が脳裏を過ぎる。
隷属から解放された霊獣の暴走………衛兵よりも厄介な相手になる事は間違いが無い。俺はその可能性に備えて、剣を構えるが……
予想外にも…瞼を開いた霊獣は、女貴族と衛兵達を睨み付けた。
勇者「どういう事だ?………あぁ、まさか」
俺はパーティーメニューからある内容を見る。
アリーツェの勇者特性………『テイマー』成る程…そう言う事か。と…それを確かめている間に、霊獣の手により衛兵達は片付いて居た…
女貴族「な…何なのよ、だらしないわよアンタ達!まだ生きてるんなら、ちゃんと戦いなさいよ!」
衛兵A「…………くっ…」
衛兵術師「……何で俺達がこんな目に…」
皇女「お止めなさい!」
そして戦況を決定付けたのは皇女の言葉………
皇女「この方々に…もうこれ以上罪を重ねさせるてはいけません…」
女貴族「何を今更甘っちょろい事言ってるんだい!もう全員引き返せないんだよ!」
衛兵C「…………そう…なんだよな。俺達もう…」
衛兵B「だって俺達、皇女様に刃を向けちまった訳だし………」
衛兵A「…引き返せない…よなぁ」
皇女「そんな事はありません!」
衛兵B「…えっ?」
皇女「過ちを…罪を悔やむ心があるのなら、貴方達の心はまだ救われる事が出来ます」
衛兵C「でも………」
皇女「当然それは容易い道ではありません…ですが、私はここで断言します。貴方達はまだやり直せる…と」
衛兵A「…………」
皇女「そして………私は、私に刃を向けた事を赦します。今までの罪は消えませんが…それに対する償いは、貴方達自身で行えると信じています」
衛兵B「………」
衛兵C「………」
アリーツェの言葉により、次々と女貴族へと向き直る衛兵達。
もう完全に決着はついた。
………そう……アリーツェの死を回避するための戦い…そして、偽アリスとの戦い…その二つに決着がついた。
正直な所、馴れない頭脳労働をしたせいか結構限界が近かったんだが……
おっと、まだ後片付けが残っていた。最後にもう一人登場して貰わなければ
勇者「さて…女貴族よ、これでもう満足したか?大人しく罪を償え」
女貴族「そんな事…する訳が無いでしょう!?アタシはただの偽者で、あっちの女が本物のアリスなのよ!?何であいつの罪まで!!!」
勇者「よし、聞いたな?」
夜の闇の向こう…その奥に向けて問いかける俺。
女貴族「………え?何……そんな………」
そして姿を現すのは…憲兵長。罪人を裁くための証人として、これ以上の人物は居ない。
憲兵長「…安心しろ、女貴族よ」
微笑んでそう言う憲兵長。あぁ…そう言えばこんな話を聞いた事がある
女貴族「え?じゃぁ……」
憲兵長「例えお前が本物ではなく偽者だったとしても、一生檻の中から出られん事に変わり無い」
肉食獣の笑顔は、捕食前の生理現象なのだとか…
女貴族「そんなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
こうして…皇女アリーツェが非業の死を遂げる結末は回避された
のだが…この話はもう少し続く。
―領主の館―
皇国での一件から数日経ったある日の事。俺の下に皇女…アリーツェからの小包が届いた。
中身は………まず一番上に乗っているのは、手紙のようだ
皇女からの手紙『勇者様、お元気ですか?こちらはあれから色々な事があり、国は大きく変わりました』
エレル「そう言えば皇国って……」
皇女からの手紙『皇国は、あの事件をきっかけに…皇族や貴族を初めとした特権階級の一切を廃止解体、または国外移住させる物と定めました。』
皇女からの手紙『多少の貧富の差はあれど、今では皆が平等な立場で暮らせる国へと変わりる事が出来たのですが…』
皇女からの手紙『ただ一つ…困った事が起きてしまったのです』
勇者「何だ?また何か問題事が起きたんだろうか?」
小包の奥…保存魔法のかかった鍋を取り出しながら続きを読む
皇女からの手紙『特権の廃止と同時に、教典の自由化…各々の信じる物を記す許可を出したのですが…それが間違いでした』
勇者「どういう事だ?教典に関する問題…まさか、また曲解による詐称……いや、まさか謀反や離反を促し広げる者でも………」
エレル「そうそう、最近こんな教典が出回っているんですよね。何でも、今までに無いくらい多数の人が推し勧め信仰する教典らしいんですが…」
実物を手にして開く俺。そして、目録の頁で見付ける………「姫怪盗アリス」という項目。うん、何となく予想できた。
案の定、皇女は…皇女アリーツェと怪盗アリスという二面性カリスマ的存在して描かれていた。
これは、読んでみて判った事だが………皇女の事を良く知る国民からすれば、その正体はもはや周知の事実だったらしい。
あと、偽アリスの女貴族は…皇女の温情あってか、監視付きながらも終身刑は免れたようで…
今では、衛兵達共々略奪品の返還と謝罪に奔走する身となっているとの事。
勇者「なるほど、これは本人からすればかなり恥ずかしい事だろうな。しかし………」
鍋の蓋を開けると共に保存魔法が解除され、湯気と同時に食欲をそそる何とも言えない良い匂いが鼻腔を刺激する。
皇女からの手紙『詳細はあえて伏せますが…私は皆の見解を改めさせ、教典を正しき道へと正す努力をして行こうと思います』
皇女からの手紙『勇者様…こんな私ですが、どうかこの目的の成就を祈って下さい』
そして俺は……鍋の中の肉じゃがを摘みながら、一つだけ確信を持って言う。
勇者「そればかりは…うん、無理だろうな」
●第四章 ―可能性の迷路 其の死― に続く