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第四章 ―其の煮―

何だかんだあってセーブとロードを活用したりお金の力をフル活用して、公国のブラックマーケットの取り潰しに成功した勇者一行。

その功績と公爵の娘の奪還と言う大儀を果たし、公国におけるマオウシステムの放棄を取り付ける事に成功した。


更に、その途中で人魚と青年貴族と紅旅団を仲間に加え…領土の住人を一層色濃くするのだが………


押収品と共に、有耶無耶になったまま公爵の手に渡ってしまった5000万G。

残された財力はあと僅か…にも関わらず、訪れる危機。


最強の強敵エレナの容赦無い猛攻により、勇者は残りの全財産を失ってしまうのだった。



●第四章 ―可能性の迷路 其の煮―


―領主の館―


団長「それで…これが問題のブツです」


団長が差し出した物…それは皇国の国宝とされる物の一つ。女神の首飾りだった。


今回の事の始まりはこうだ。


前回ブラックマーケットを潰した際…応酬した品の中に、本来ならば金銭で出回る筈の無い物が幾つか雑ざっていた。

そしてそれらの中から、皇国において重要とされる品々が幾つも発見され…王国と公国はこれを皇国に報告。当然ながら皇国からは返還要請が行われ、両国共にこれを受諾。念入りな警護の下、その数々を返却する事が出来たのだが…そこに難問が立ち塞がった。


女神の首飾り…先にも説明した通り、皇国の国宝の一つ。この護送を如何に行うかと言う事だ。


もし下手な手段で護送して、賊や何らかの勢力に奪われてしまったら…それは致命的な国際問題に発展し兼ねない。求められるのは、あらゆる危機に対応可能な、万全を期した護衛。そして、その返還役として命を受けたのが……俺達。


勇者と紅旅団、という事なのだが………



勇者「これを皇国に届ければ、それで無事終了…と言う訳だな」

団長「はい、そうなりまさぁな」

勇者「だが………今回も、そうすんなりとは行かないんだろうな…」


団長「でしょうなぁ……皇国では今、怪盗アリスってのが好き放題やってるみたいですからなぁ」

勇者「………それはあれだな…」

団長「えぇまぁ、十中八九………」



―皇国中央公園―


勇者「やっぱり来たか」


怪盗アリス「アンタ達が女神の首飾りを持っている事は知ってるんだ、それを渡せば命だけは助けてやるよ!」

勇者「包囲網敷いた上に殺す気満々の装備で言われても、説得力が無いな…」

団長「でさぁなぁ…」


際どい衣装に、顔を覆う仮面…まさに怪盗と言うのに相応しい姿で登場した、怪盗アリス。加えて…その部下と思われる全身タイツの男達に囲まれる俺達。


怪盗アリス「やれやれ、人が折角親切に忠告してやってるって言うのに…素直に言う事を聞かない悪い子には…お仕置きだよ!」


アリスの合図で襲い掛かる男達。だがまぁ………ここは相手が悪かったと言うべきか。団員達の手により、アリスの部下達はあっさり全滅。さすがは全大陸を股にかけていただけの事はある。


怪盗アリス「な…中々やるじゃぁないかい。こうなったら、霊獣で……」

手下「あ、姐さん…今回は、隷属の指輪を持って来て無いんじゃ…」

怪盗アリス「はっ!?…くっ………今日の所は見逃してやる!お前達!ずらかるよ!!」


そして、怪盗アリスお決まりのセリフを残して撤退。


勇者「これで終わると良いんだが…」

団長「終わらないでしょうなぁ………」



―皇宮 謁見の間―


皇帝「ふむ………そなたが此度の勇者か…女神の首飾りの護送、ご苦労であった」

勇者「いえ、勿体無きお言葉…」


皇帝「聞く所によれば、道中で怪盗アリスに遭遇したとの事…新米の勇者と聞いておったが、大事は無かったか?」

勇者「お気使い感謝致します。団員の皆の活躍により、万事滞り無くお届けに上がる事が出来ました」


と報告を終えた所で、奥の通路から現れる女性……歳は今の俺と同じか一つ下くらい。全体的に線の細い体躯と、それを包む純白のドレス。膝丈まで真っ直ぐと伸びた金色の髪に、済んだ蒼の瞳。気品溢れるその姿から、その女性が皇女である事は一目瞭然だった。


皇女「お父様……少々宜しいでしょうか?」

皇帝「構わぬ」


皇女「初めまして…私は皇女、アリーツェと言います。貴方が勇者様ですね?この度の任務、ご苦労様でした」

勇者「国王様に続き、勿体無きお言葉に御座います」


皇女アリーツェ……俺はその名前だけは知っていたが、実際に会う事が出来たのは今回が初めてだ。何故かと言うと前回は………


皇女「と言う堅苦しい挨拶はここまでにして……宜しければ皆様、夕食をご一緒に如何でしょう?」

団長「お、良いですねぇ。って事は久しぶりに皇女様の手料理が食べられるって事ですか」

皇帝「うむ、それは私も楽しみだ」


ん?何だこのアットホームな雰囲気は。一応確認するがここは謁見の間で、目の前に居るのは……国王と皇女の筈?


団長「あぁ、旦那は初めてだから混乱してますなぁ。この国の王宮はこう言う所なんですよ」


…………何だそれは、前回皇国に来た時はこんな事無かったぞ!?



―皇宮 食堂―


勇者「皇帝と皇女が食堂で皆と食事………だとっ!?おかしい。ここは帝国か?何か歪が生じているのか!?」

団長「いやいや、ちゃんと皇国ですって」

勇者「それに…料理を作っているのが皇女!?あそこは食堂の叔母さんの聖域では無いのか!?」


勇者は混乱した。あぁいや、俺は混乱した。


勇者「しかも、割烹着を来ても尚失われる事の無い気品と優雅さ……これが皇国の崇拝対象たる女神の姿だと言うのかっ!!」


神官が崇拝する対象…それこそ一目で納得の行く姿だ…!!


団長「あれは女神じゃなくて皇女様ですぜ。勇者様、落ち着いてくださいな、ね?」

勇者「済まない…とり乱してしまった」


当然ながら落ち着ける訳が無い、だが表面だけでも平静を取り繕う。


皇女「お待たせしました、召し上がり下さい」

勇者「ありがとうございます」


そして眼前に出された料理は…ジャガイモを主役に豚肉と玉葱と人参………そう、これは 肉じゃがだ!!お袋の味として定番とされる肉じゃがだが、皇女が作ったという事実だけでもキラキラと輝いて見える。これは何と言う魔法だ!?


勇者「では……頂きます!」


まずはメインのジャガイモ。これは………どう表現すれば良い?アッサリとしていて、それでいてしつこくない?いや、そんな在り来たりな表現では料理に対して失礼だ。そう……口の中に入れた瞬間に濃厚な味が染み渡り、食の本質を容赦なく叩きこんで来る……だが、決してその一撃を不快には感じない。


そうだ、これは……皇女のか細い腕から繰り出される、乙女の拳。その行為に微笑を覚えながらも、決して苦痛とは感じられない拳その物だ!!


なら次は玉葱だ。…………うん、しっかりと火が通っている、にも関わらず煮崩れて居ない。普通に美味しい…だが何だ、この違和感は?そう…完成されているのに何かが足りない。………そうか!そういう事か!!うん、間違い無い。ジャガイモと一緒に食べる事で、その水分とジャガイモに染み込んだ煮汁が調和して二口目に相応しい調和を奏でている


……………これが福音の鐘か!!!


そして人参……そう、これは大きな衝撃を必要とはしない。ジャガイモと玉葱を味わった舌を、休ませるだけで…………


何だと!?


これは人参の青臭さでは無い。明らかに別格。柔らかい歯応えに馴れ切った口の中を引き締める歯応え、これは……そうか、牛蒡か!!人参の芯を刳り貫き、牛蒡が差し込んである!しかもこの牛蒡は、あえて灰汁抜きをしていない!


一般的に牛蒡は灰汁抜きをする物と言われているが、実はそれは大きな間違いだ。灰汁とされている成分には重要な栄養素が含まれている。疲れた体にはこれが染み込み………あぁ、何と言う事だ。休むつもりで居たら癒されていた…


これこそが皇女の慈悲………


断言しよう。この食事の時間は…こう、何て言うか救われている。となると……これは…この付け合わせは……あぁ、やはり人参の芯と皮……そして牛蒡と鷹の爪のきんぴら。煮込まれた牛蒡とはまた違ったシャキシャキの歯応え…そう……もし物足りなさを感じた者が居ても、救いの手を差し伸べる……まさに救世手。


しかし、異なる味ながらもそれぞれの素材から微妙に感じるこの既視感…………そうか、これは胡麻油か。肉じゃがときんぴら、両方に隠し味として存在し…食べ終えた所で後味としてその存在を僅かに示す。


……女神の悪戯か


俺はいつの間にか覇者にクラスチェンジしていた



団長「旦那…大丈夫ですか?何か雰囲気が…って言うか見た目が変わってるんですが」

覇者「大丈夫だ…いや、大丈夫な筈が無いな。この料理を食べて平常心で居られる筈が無い」

皇女「そう言って貰えると私も作り甲斐がりますわ。まだまだたんとありますので、今日はお腹一杯召し上がって…」


覇者「おかわり!!と言うかむしろ、今この時に限らず毎日食べたいくらいです」


ここはもう即答である。そして心からの言葉だ。


皇女「え………?あの、それって…………」


そして、急に頬を染めて真っ赤になる皇女。

……………………はっ、しまった。


覇者「あ、いや!すみません!そういう意味では無く!!」

皇女「あ…は、はい。そうですよね。すみません、私ったら………」

覇者「いえ、俺の方こそ……」


おっと、またクラスチェンジして勇者に戻った


皇帝「何だ、折角嫁の貰い手が出来たと喜んだというのに…ぬか喜びか?」

皇女「もう…お父様…!」


皇帝「しかし本当の所…お前が早く嫁に行ってくれた方が私も安心出来るのだがなあ…?のう?」

団長「全くでさぁ」

勇者「団長まで悪乗りをするな。皇女様が困っているだろう」


と言うかこの二人、いつの間にか飲んで居る。あぁ…酔っ払いの相手は帝王だけで十分だと言うのに、こんな所に来てまで…


皇女「あ、でも私は……その、勇者様さえ宜しければ………」


いけません皇女様。貴方の口からそんな事を言われたら、抗える男などこの世には……ん?



勇者「皇女様…?」


手元のコップから酒の匂い………誰だ皇女様に酒を飲ませたのは!

まぁうん…酒の勢いでの冗談ならば仕方が無い。皇女様も意外とあぁいう類の冗談を言うのだなと驚いた……としみじみ考えてる暇も無く、俺に向かって倒れ込む皇女様。


俺はそれを咄嗟に抱き止めたのだが…



皇帝「ふむ…さすがにそういった事は二人きりの時にして欲しい物だが」

勇者「いや、どう見ても酔い潰れて倒れているだけでしょう!」

皇帝「はっはっは、判っている。しかしここで助けたのも何かの縁。そのまま寝室まで運んでやってはくれないか?」


勇者「はっ?!」


皇帝「深読みをするでは無い。言葉通りの意味だ。それとも勇者は、皇女をこんな酔った野獣達の巣窟に置き去りにする程薄情なのか?」

勇者「…………っ、畏まりました」

皇帝「あぁ、そうそう…」


勇者「何でしょうか?先に言っておきますが、襲っても良いとかそういう類の戯言は聞き流しますので」

皇帝「……………」


視線を逸らして沈黙しないでくれ!それでも父親か!!


勇者「では、これにて……」



―皇女の寝室―


勇者「…これで良し…」


皇女をベッドに寝かせ、毛布をかける。割烹着のままというのが少々問題かも知れないが、着替えさせる訳には行かないのでこのままにしておく。


勇者「さて……」


食堂に戻ろうとしたその矢先、袖の裾を摘まれる。誰にか?言うまでも無い……


皇女「勇者様……御迷惑をおかけしました」

勇者「いえ、お気になさらず。それよりもご気分は如何ですか?」

皇女「少しお酒が残っているようですが、もう大丈夫です。所で…一つお願いがあるのですが、宜しいでしょうか?」

勇者「はい、私に出来る事でしたら何なりと」


皇女「言葉遣い…そんな無理に取り繕わず、自然にして話して頂けますか?」


勇者「……………やっぱりばれてたか」

皇女「えぇ、時々『私』が『俺』になられて居ましたので」

勇者「そんな所まで見られて居たとは…流石は皇女。侮れないな」

皇女「あ、その事なんですが…出来れば私の事は、アリーツェと名前でお呼び頂きたいのですが」


勇者「…………努力する」


何だこの可憐さと可愛さを兼ね添えた存在は…男殺しの才能が半端では無い。


皇女「所で…不躾にこんな質問をして可笑しいかとは思うのですが…勇者様は、この国をどう思われますか?」

勇者「この国?俺はまだこの国の事を余り知らないから、さっきまでの感想で良ければ…」



そう…俺はこの国の事を良く知らない。正確には、今回のこの国の事を知らないのだ。


前回の皇国は…全ての思考を捨て去って教典に縋り、現実を見て居ない…狂信者の国だった。王宮の内部も当然そうだった。惰性のまま生きる人々を教典により無理矢理先導するだけの、異常な体制の国。

だが…今回の皇国は、それとは真逆。笑顔と暖かさ…そして人情に溢れていた。教典の内容は齧った程度にしか知らないが、恐らくはこれこそが正しい教えの姿なのだろうと理解出来る…それが今回、俺が見た皇国の姿だった。と言っても…その反面、先の襲撃の事を考えると、全ての国民がその恩恵に預かっていると言う訳では無い事も判る。俺は散々答えに悩んだ後…言葉を決めた。


勇者「良い人が沢山居る国…勿論そうでない人間も見たが、それが俺の感想だ」

皇女「ありがとうございます。勇者様の口からそう言って頂ける事、とても嬉しく思います。ですが…悲しい事に、悪い面もその通りです」


勇者「………」


皇女「この国では…教典による教えで、この世を良くしようとする人が沢山居ます」

勇者「そのようだな…」

皇女「ですが…教典の教えを曲解させ、その人達を食い物にして自らの私腹を肥やす悪人が居るのもまた事実」


勇者「皇女様…貴方は、その現状を憂いて居るんだな」

皇女「はい………そしてそのような悪人は法の目を掻い潜り、今も闇夜に潜んで人々を苦しめています」

勇者「法も万能では無い…か」


皇女「その通りです…しかし、法と教典が無ければこの国が存在し得なません………そして」

勇者「何より、国民が法と教典を必要している…故に、先のような悪人が蔓延っている…と」

皇女「はい………権力の象徴たる皇家の物が言うのもおかしな話ですけれど、この国の権力者は明らかに腐敗しています」


皇女の言葉の意図は何と無くだが理解出来た


勇者「皇帝は法を守るため、法を掻い潜る者には制裁を行えず……本来立ち上がるべき国民もまた……」

皇女「魔王と言う最上位の悪からの脅威……それを盾と隠れ蓑にされ、権力者を覆すまでの行動を起こせない…と言うのがこの国の現実です」


勇者「……」

皇女「このような偽りの平和の上で、法がどれだけの意味を持つのか…そして、何者かがそのために犠牲になるのが本当に正しいのか…」


勇者「――――!!」


そうか……皇女という立場上、マオウシステムの事は知って居ておかしくは無い。だとしたら…


皇女「私は…貴方を死なせたくはありません。そして―――」


もしかしたら……ここが分基点なのかも知れない。

俺はセーブを行った



勇者「俺は魔王にもならない」


皇女「―――………え?何故それを……?」

勇者「掻い摘んで話すが…俺は未来から来たんだ」

皇女「…そんなご冗談を…え?でも……」


勇者「突拍子も無い事を言っているのは理解している。だが…魔王の仕組みを壊したいと思っているのはアリーツェと同じだ」

皇女「勇者様……」

勇者「当然、信じてくれとはも言えない……戯言と捉えられても仕方ないだろうな」


皇女「………」

勇者「………」


皇女「少し…考える時間を頂きたいのですが…」

勇者「…構わない」


そう言って、俺は部屋を出―――


皇女「では…後ろを向いて居て頂けますか?」


出られなかった。日を置くと言う意味では無く、本当に少しの時間という意味だったららしい。


言われるままに背を向ける俺。背後から聞こえる衣擦れの音。着替えている事くらいは容易に想像が付く。まぁ…さすがに割烹着のままする話でも無いだろうし、ここは野暮な言葉で場を濁す事はしない。


皇女「もう…結構です」


促されるままに振り向く俺。そして。振り向いたその先には………


勇者「皇女様………な、何を」


ネグリジェ姿のアリーツェの姿があった


皇女「私は決めました…勇者様の言葉の真偽ではなく、勇者様の瞳を信じたいと」

勇者「それはありがたいのだが……その…その恰好は……」

皇女「こんな恰好で言うのも変ですが…はしたいない女だとは思わないで下さい。私も…その…恥ずかしいのです…」


だったら何故!?……と心の中で叫ぶも、口には出せない。判ってしまうからだ。

これは皇女なりの決意。俺…勇者と共に進むという決意。だが、同時に判ってしまった……


勇者「俺が…俺の知る真実を話さなかったとしたら…アリーツェは、生贄にされる勇者への慰めとしてその身を捧げるつもりだった…」


俺の呟きと同時に強張るアリーツェの身体


皇女「それは……」


否定しきれない言葉と、よどみが告げる真実の肯定。


勇者「ならば…その行為は間違いだ。やりたい事と義務を繋げるのでは無く、まずはやりたい事を貫き…その後で、自分の心に問うべきだ」

皇女「勇者様…………」

勇者「では、俺はこれにて………くれぐれも風邪を引かないようにな」


皇女「勇者様の…馬鹿」


語調に僅かな笑みが含まれていた。そう、これで良かった筈。この選択で良かったと確信していた。


次の日…あんな事が起こるまでは



―皇国中央公園―


皇帝「何故だ…何故こんな事になってしまったんだ………!!」


皇国中央公園…その中央に聳え立つ大樹の根元


団長「何でだよ…なんでよりによって……」


大樹を取り囲むように張られた縄が、野次馬の侵入を阻むその中央


国民「嘘……そんな……」


そこに…………


皇帝「勇者よ……何故皇女を抱いてやらなんだ……もしそなたがアリーツェを抱いていれば、いや…一緒に居てさえいれば……もしかしたら……っ!!」


無残に四肢を切り刻まれ、切り離された………


勇者「そんな……アリーツェ………」


皇女の……長い金髪だけがその面影を残すのみとなった……アリーツェの 死体が あ っ た



―皇宮 食堂―


一人きり…他の何者も居ない食堂。昨日の騒ぎが嘘のように静まり返り、肌寒さだけが突き刺さる。

厨房の奥には、昨日アリーツェが作った肉じゃがの残りが入った鍋。もうそこに居ない彼女…もうそこに立つ事の無い彼女。


その彼女が残した痕跡。

俺はその鍋に手を伸ばし………途中で止める


勇者「いや…駄目だ」


そう…それを「彼女が残した物」にしてはいけない。


勇者「前回……俺がこの国に来た時には、アリーツェは既に死んでいた。その時も、死因や詳細は不明なま謎の怪死扱いだった」

勇者「だが……今回のアリーツェは生きていた、生きていられる筈だった。そして…その可能性はまだ潰えては居ない」


俺は静かに目を閉じ、ロードを行った。



―皇女の寝室―


勇者「大丈夫…俺は死なない。魔王に負けはしない」


もしかしたら…マオウシステムの存在を俺から言い出した事が原因なのかも知れない。そう…これなら…


―皇国中央公園―


勇者「口封じのために殺された…訳では無いのか……くそっ!!」


俺は目を閉じ、ロードを行った。



―皇女の寝室―


勇者「魔王に負けはしない…必ず朗報と平和を届けると約束しよう」

皇女「勇者様……貴方のその勇気の…糧に、少しでもなれるのなら…」

勇者「その気持ちだけ頂いておく。正直、そこから先を義務感で行われても罪悪感しか沸かないんだ」


皇女「……勇者さまの馬鹿」


勇者「その替わり……今夜は日が登るまでアリーツェの話を聞かせて欲しい。アリーツェ自身の事、この国の事…全部」

皇女「………はいっ」


そう…これで良い。これで今夜アリーツェは城の外に出る事無く、命を落とす事も無い。


事実、夜は明け、日が登り……

乗り切った。


―皇宮 食堂―


俺は…昨夜の残りの肉じゃがを味わっていた。

アリーツェが生きている…アリーツェがこうしてここに居る今を噛み締めながら………


結局この後何が起きるでも無く、ロード前に何が起きたかは判らず終い。だが、これで良かった。アリーツェが生きているのなら、それ以上の事は無い。

そうして…女神の首飾りの護送と、裏でアリーツェの救命という使命を果たし…俺は自分の屋敷に帰った。


―領主の館―


が…………屋敷に帰った俺を待っていたのは、アリーツェの死の知らせだった。


俺は目を閉じ、ロードを行った。



―皇国中央公園―


勇者「駄目なのか………どうしても」


俺は静かに目を閉じ、ロードを………


勇者「いや、待て…その前に、出来る事がまだあるんじゃないのか?」


…そうだ、アリーツェの遺体を確認するべきだ。もしかしたら、死因や状況を特定する何かを見付ける事が出来るかもしれない。


俺はアリーツェの遺体を見た。痛々しい程無残に切り刻まれた身体、ボロ布になるまで切り裂かれた衣服。


勇者「………これは、いや……」


原型を留めて居ないが、逆に…その衣服を繋ぎ合わせた姿を想像した時、そこに見覚えがある事に気付く。


勇者「これは……怪盗アリスの服?」


そこで真っ先に浮んだ可能性は、皇女アリーツェ=怪盗アリスの構図。怪盗がここで誰かを襲い、返り討ちに逢った…という筋書きならば、この上無く単純で説明も要らない。だが、どうしようも無く喉に引っかかって姿を現さない違和感…それをそのまま飲み込む事は出来ない。


しかし逆に、アリーツェ≠アリスであるのならば何故アリーツェがこの服を着ているのか。

それと……


勇者「この血の量……傷の状態に対して、明らかに少ないな……」


謎を解く筈が、また謎が生まれてしまった。だが…もうこれ以上、ここで得られる情報は無さそうだった。


俺は静かに目を閉じ、ロードを行った。



―皇女の寝室―


この夜…皇女を足止めしても先送りにしかならず、それを辞めた夜にはまた皇女が死の運命へと向かう。

この夜…俺が皇女と共に居る間、どんな行動を取っても結果は変わらない。

唯一の救いは、これがマオウシステムの影響下の出来事では無い事だが…


やはり……知るしか無い。


何が彼女をそうさせるのか…何が彼女を死地へと赴かせるのか…それを知らずして改変は成し得ない。


勇者「俺も……君を、アリーツェを死なせたくは無い」

皇女「………えっ…?」

勇者「結論から言わせて貰うが…君は今夜、これから向かう先で殺される」


皇女「え……何故そんな事を……」

勇者「それは、俺が未来の記憶を持っているからだ」

皇女「そんな…いきなりそんな事を言われても」


勇者「魔王の仕組み…」


アリーツェの身体が強張る


勇者「いや、それだけでは証明としては薄いか。そうだな……」


ここから先は一つの賭けだ。


勇者「君が…怪盗アリスとして殺される事も知っている」


身震いするアリーツェ。どうやら賭けに勝つ事は出来たが、これで同時に一つの可能性も消えた。無実のアリーツェがアリスの服と言う濡れ衣を着せられ、身代わりとして殺された可能性…それが無くなった。


とは言え、原型を留めない程に引き裂かれた服ではその役割も果たさなかったのだが……



皇女「わた……くしは………死ぬ、のですね……」

勇者「アリーツェがこのまま死地に乗り込むのならば、必ずそうなる」

皇女「死んだ私は……どのような死に方をしていましたか?」


勇者「怪盗アリスの姿で…四肢を切り刻まれ、切り離されて死んでいた…………」


アリーツェは震える体を無理矢理に抑える


皇女「それで……その、私を殺した犯人は………」

勇者「…最後まで見付からなかった。それどころか、アリーツェの死因さえも謎のまま……」

皇女「そう……です…か」


弱々しい声で答え、更に言葉を続けるアリーツェ


皇女「勇者様は……例え無理だと判っていても戦わねばならない時が来たら、どうしますか?…いえ、どうして来られましたか?」

勇者「戦ってきた」

皇女「そう…ですよね」


勇者「アリーツェの覚悟は判る。だが………俺は、君を死なせたくは無い!!」

皇女「そのお気持ちだけで十分です。ですが、もし我儘を許されるのなら…私に思い出を下さいませんか?」


そうか……ここまで来て初めて気付いた。


彼女は、俺を哀れんでその身を捧げようとしてきた訳じゃない…彼女自身が望んでいたんだ…不安を埋める何かを。

だが、それならば尚の事………


勇者「それは出来ない」



皇女「…………」

勇者「アリーツェはまだ思い出を作る事ができる…だが、その可能性を自ら閉ざそうとしているだけだ」

皇女「ですが……このままでは…」


勇者「アリーツェ…君が何かを隠している事は判っている。そしてそれを隠し通したいと思っているのも判っている。だが…」

皇女「………」

勇者「それは逃げているだけだ」


皇女「判って……居ます」


勇者「だからこそ…俺は君を追い続ける」

皇女「………え?」


勇者「追い続けて追い続けて…必ずその手を掴み、引き寄せてみせる」

皇女「勇者様………」


勇者「そして………アリーツェが望む物よりもずっと良い思い出を、嫌と言う程詰め込んでみせるさ」

皇女「では…お待ちしております。逃げ続けるしか無い私の手を掴んでくれる、その時を…」


そう言って身を寄せ、俺の唇に自らの唇を重ねるアリーツェ。

悠久にも感じるその数秒間の後…俺達は背を向け、踏み出した。


…それぞれの道へと



●第四章 ―可能性の迷路 其の算― に続く

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