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其の拾参

 「勝者、神木玄!」

互いに一礼した二人が、結界の外へ出てくる。急ぎ駆け寄った治療担当者を断って、二人は平常通り、または肩を落として歩いてきた。

「赤人、大丈夫か」

「ええ、問題はありません」

息子を沈痛な表情で迎え入れた紅太郎は、その体を一通り心配すると、ほっと息を吐いた。その光景から、目を逸らす。

「神木、よくやったわ」

「お褒めいただき光栄です」

頭を下げたその反応を睨みつけてから、同じくゆったりと戻ってきた青一へ視線を移す。

「勝敗は明確なほど決定しました。これ以上、何かありましょうか?」

その青一はといえば、戻ってくる否や問いを口にする。

 だが、一度は認めたものを今更覆してくるような阿呆は、この場にはいない。

「敗北は敗北です。潔く認めましょう。今回の件は、我々五条家の申し入れをなかった事とし、今後この件には干渉しない、という事でよろしいでしょうか」

流石は現役当主と言うべきか、顔色一つ変えずに告げられた紅太郎の言葉に、藍紫はもったいぶった調子で頷く。

「我々三枝家は、我々の主張である紫乃と神木玄の婚約を認めていただければ、反論のあるはずもございません」

両者の顔を一巡してから、青一は笑みを浮かべた。

「それでは、これにて会談を終了いたします」

 青一の宣言で、会談は終了。玄と赤人は使用人に連れられてどこかへ。五条家と三枝家の当主夫妻は、静々と片付けが進められる横で、形式上の雑談を交わす。

「ご子息殿の準備が整われるまで、一度中へお入りください」

「いえ、長居をしては迷惑にもなりましょう。ここで、息子を待たせていただきますよ」

緊張の最中にあって失念していたが、解放された瞬間から汗が吹き出る。夏の夕暮れは西日のせいで体感気温はすこぶる高い。それでも涼しい顔をしているのだから、当主夫妻の精神力には感服する。紫乃とて、あからさまに顔に出しているつもりはないが。

 ただ、いつまでもここにいる事にいい気分がするわけもなく。ただ無心で、赤人が早く戻ってくる事を願った。


 「茜、面白いニュースやってるわよー」

階下の母親がなにやら叫ぶ声で、茜は本から顔を上げた。丁寧に栞を挟み、分厚いそれを閉じる。

 普段、母親が自室の茜に干渉してくる事はほとんどない。食事や風呂などか、もしくはどうしても人手が足りない時だけ。それは理論魔術に没頭する娘に対しての配慮であり、そもそも茜が積極的に動くからだ。

 そんな母が告げた『面白いニュース』とやらに興味が湧き、茜は快適な自室から蒸し暑い廊下へ飛び出した。

 『……今回三枝家から発表された声明は、他の数の血族や各メディアに当てただけでなく、魔術の権威として知られる名家など、数の血族と繋がりを持とうとしている家々にも当てたものであります。内容からわかる通り、今後三枝紫乃様に縁談……』

テレビから流れるアナウンサーの言葉の中に知った名前を聞き取り、訝しみながら居間の扉を開く。

 「お、来た来た。ほら、テレビ見てみなさい」

そんな事を言われずとも、茜は既にテレビに釘付けだ。正確には、右上に表示されたテロップに。

『三枝紫乃様、婚約』

知った名前だ。いや、茜にとって、その名前はもう高校生活になくてはならないものと言ってもいい。冷静で淡白に見えて、実はとんでもなく負けず嫌いで意地っ張りな少女。蜂蜜色の髪を揺らして歩くその姿を見るたびに、茜の気分は高揚する。傍らに影の如く付き従う長髪の少年だけに見せる不機嫌そうな素の表情すら魅力的なのだから、羨望を通り越した尊敬すら感じさせる、完璧すぎるほどに完璧な友人。

 そんな友人が、婚約。しかも婚約がニュースになる事が、違和感を増大させていく。否が応にも、あの猫目の美少女が数の血族である事を痛感した。

「三枝紫乃様、あなたと同い年だってね。茜はどうなの、そろそろ気になる人の一人や二人、できたんじゃないの?」

母親の声が、どこか遠くで響く。

 何故。ただその一言が頭を埋め尽くしていく。魔術理論にのめり込んでいく時のような、脳がアクセルを踏み込んでいく感覚。

 紫乃は、玄の事が気に入っていたのではないのか。自覚もないまま、想っていたのではないのか。玄もまた、どこか紫乃に想いを寄せていた部分があったのではないのか。あの中性的な少年は、不思議な雰囲気のせいで何を考えているのかわからない節があるけれど。

 それでもあの二人がまとう雰囲気は、男女のそれだった。とんでもなく淡い、コップの水に桜色の絵の具を一滴垂らしたように淡いものだったけれど。互いが自覚もないまま、何となく相手が気になっているような、まるで小学生のようなものだったけれど。

 「……どうして……?」

その瞬間まで、茜は勘違いをしていた。禁断だと冗談めかしていたそれを、自分自身が否定していた。

 紫乃の婚約者が、玄ではない(・・・・)という思い違い。認められるはずがないという先入観からくるそれを修正したのは、呆然とする茜にかけられた母親の言葉。

「お偉いさんはお偉いさん同士が普通だと思ってたけど、まさかガーディアンととはね。禁断の恋ってやつかな?」

呆然と立ち尽くす茜の耳に、母親のそんな言葉が入り込んでくる。それが、思考の海から顔を上げるきっかけだった。

「……ガーディアン?」

「そ。何でも同い年だとかでね、だからこんな大げさにニュースになってるの」

同い年。ガーディアン。それが意味するところに思い至って初めて、茜は自分の思い違いに気がついた。

「って事はもしかして、その婚約者の名前って、神木玄じゃなかった? 玄武の玄って書いてはるって読む」

その問いに、母親は目を見張って頷いた。

「よくわかったわね。なあに、知り合いなの?」

「同じクラス」

端的に答えだけを述べ、テレビを食い入るように見つめる。だが、重要な情報は既に告げられた後らしく、今はスタジオの椅子に陣取った中年男性が訳知り顔でなにやら話をしているだけだ。

 踵を返して居間を飛び出す。自室に転がり込み、机の上に放置してあった携帯を引っ掴んだ。

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