其の零
「今、海部総理大臣と、全日本魔術使連盟のリーダーである魔術頭、一ノ瀬藍一郎氏が姿を見せました!」
テレビ画面に向かって興奮した様子で語りかけるレポーターの声が、シャッター音で掻き消される。強烈なフラッシュが連続で瞬き、しばし混迷の様子を見せた。
しかし、それも総理大臣が演台に立つまでの事。総理大臣が喋り出す頃には、シャッターも控えめになっていた。
「えー、私は、昨年行われた国民投票の結果として、賛成が過半数を超えたことを受け、魔術頭である一ノ瀬藍一郎氏と会議を重ねてまいりました。そして、その結果、本日、一九九〇年九月十三日、このときをもって、日本国が持つ政治上及び国内外の全ての権利を、全日本魔術使連盟を中心とする政治機構、『魔術議会』に譲渡する事を決定いたしました。これより、日本国が定める法律は一部例外を除き効力を失う事になります。また、日本国憲法に変わる憲法が施行され、半年前に公布された『日本魔術帝国憲法』が施行される事となります」
それだけを述べ、総理大臣は演台を降りる。入れ替わるように、一ノ瀬藍一郎が前に出た。同時に、またしてもフラッシュの嵐が巻き起こる。それを意に介した風もなく、藍一郎は口を開いた。
「たった今より、旧日本国の領域は、日本魔術帝国の領域に変わります。また、憲法及び法律の変更により、今後一年前後は混乱が予想されておりますが、それを少しでも緩和するため、この場を持って宣言させていただきます。今後、基本的な法律が大幅に変更される事はありえません。事前に公布したように、憲法は君主制、及び軍隊の保持を認めて降りますが、それ以外に関しては日本国憲法とおおよそ同じであります。それに則り、法律も憲法同様、おおよそは同じとなります。
この建国には、反対の方もいらっしゃったと思います。その方々にも、『変わってよかった』と思っていただけるような国を目指し、私を始めとした政府関係者一同、粉骨砕身の精神で精進していく所存であります。どうか、よろしくお願いいたします」
選挙演説のような演説を終え、藍一郎――――第二十七代魔術頭は後ろに下がる。
そこで会見は終了らしく、鮨詰め状態で取材していた報道陣も次々に出て行く。すぐに、会見場から人の気配は無くなった。
古来より、魔術と呼ばれる超常的な力を操る技術は、ひっそりと、そして脈々と受け継がれてきた。それは決して表に出てくる事はなく、しかし常に歴史の裏側に存在していた。
そして、奈良時代。日本魔術連盟の原型と思しき組織が、歴史書に現れる。それ以来、魔術は科学と同様に、そしてそれ以上に発展を遂げてきた。
日本魔術連盟は名前を変え、指導者を変え、しかし根本的な仕組みは何一つ変化しないままに歴史の中で変遷していき、遂には政府よりも影響力のある組織として根を張っていった。
そしてついに政権を握る事となった西暦一九九〇年九月十三日、日本国政府はすべての権限を魔術連に譲渡、君主制を布く帝国の政府として、魔術連は日本を統治する。
以降八十年間、大きな動乱も無く、時間は平穏無事に流れる事となる。
そう、帝国建国から八十年が経過した、西暦二〇七〇年までは。