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ヤクトゥクトゥーヤの魔女

作者: 堺とうき

 ヤクトゥクトゥーヤの森には、魔女がいる。

 

「と、言われていますが。なんで魔女なんでしょうか」

 ゴリゴリゴリゴリ、と大きな音を出しながら、朝採ったカゼブの根をすりつぶす。

 その手は淀みなく、細腕に似合わぬほど力強い。

 すでにすりつぶすのは三本目であり、すり鉢の中はカゼブの粉末でいっぱいである。

「どうみてもそれだとおもうよ、魔女さん」

「え?これですか?」

 手を止めずに驚いた顔をする。

 右と左で違う色の瞳が、いつもより大きく開いていた。

心底驚いた、という表情だ。薬作りが魔女という言葉につながるなど、微塵も思ったことがなかったのだろう。

「うん。だってほら、絵本とかでは魔女は薬作るじゃん?だからじゃないかな」

「じゃあ薬屋さんとかでよくありません?わざわざ魔女なんて大層な名前…」

ぷう、と軽く頬を膨らませる姿は本来の年齢からは考えられないほど可憐に見える。見えるが、今は早急に機嫌を直させる方が大事だ。けれどこの間もゴリゴリと音は鳴り続けているのだから、魔女がいかに仕事熱心かがわかる。無意識の可能性も否めないところが少しあれなのだが、そんな彼女だから自分はこの人を放って置けないんだろうなと思うのだ。

「名誉職だろ?褒め言葉だよ!それに、魔女さんのおかげでおれの妹も救われた。魔女さんがいなければ、ヒーフェは今頃死んでたよ」


 六年前。

 親が早々に死んで、妹のヒーフェと二人で教会に引き取られて。

 満ち足りてはいなかったけれど、不幸せでもなかったささやかな日々。

 だけど、ある日突然原因不明の高熱でヒーフェが倒れた。

 一刻の猶予もないように見えたのに、神父さまですら何かは分からず、ただ恐怖に震えることしかできなかった。


 それを救ってくれたのが、今ディムの目の前にいるヤクトゥクトゥーヤの魔女だ。

 本名をアルメラ・ヤティーヤという女性は、ヤクトゥクトゥーヤの森林湖の湖岸に家を構え、薬売りをしている。

 安価とはけして言えないが、その分薬の効果はこの国のなによりも勝る。他国からの購入者も後を絶たないほどだ。

 物腰は柔らかく、薬の知識も豊富で、でもそれをひけらかして威張ったりはしない。

 そして、困っている人を放っておけないお人好しでもある。


 あの日も、取り乱す自分をなだめながら、ヒーフェを救ってくれた。

 理由は、ただ見捨てられなかったからだという。

 いくつもの薬草と薬を惜しみなく使って、必死な顔で。

 名前も知らないだろう小さな女の子を、彼女は助けてくれた。

 翌日、ヒーフェが起き上がって笑いかけてくれた時、思わず大泣きしたことを覚えている。

 アルメラは、おれがわんわん泣く傍らで頭を撫でていてくれた。神父さまがいうには、撫でながら優しく微笑んでいたらしい。

 偶然居合わせただけだったのにその後の手当てもきちっとして、お金なんて払えないといったのにたくさんお薬を処方してくれて。

そうしてアルメラは帰っていった。


 さて、それで我慢ならなかったのがおれたち兄妹だ。

 両親から必ず感謝は伝えろ、と躾けられたおれたちは、全快したヒーフェも一緒に神父さまやシスターに渡してくれと頼まれた菓子折りを持って、魔女の家へと向かった。

 町から少し離れたヤクトゥクトゥーヤの森の中、森の広場と湖のほとりにある木の家。

 そこが、ヤクトゥクトゥーヤの森に住む、心優しき魔女の住処だ。

 魔女の家は、とにかくすごかった。 

 壁という壁に香草やら薬草やらついでにドライフラワーやらがかけてあるし、大きなコルクボードには依頼書がびっちり張ってある。 

 机の上も分厚い本や根っこや草や瓶やらとにかく物があふれていて、スペースがなかった。

 乱雑なようで整理されているような気もする空間。

 その空間の中で立振る舞う魔女は、綺麗だった。


 しばらく二人して呆けて、魔女に声をかけられた後は菓子折りを渡して、お茶に誘われて。

 おれたちに断るという選択はなかった。

 お茶はこれまで飲んだことない味ではあったけど、これまでで一番おいしかった。

 そして、おれたちはたくさん話した。

 とはいっても、主に喋っていたのはおれたち兄妹で、アルメラはただ楽しそうに聞いている方が多かったけれど。

「ふふふ、君たちは本当にいい子たちなのね。…はあ、久しぶりにたくさん笑ったなあ、明日からはつまらなくなりそう」

 外はもう夕暮れだった。

 町に帰るなら、もう出ていかないといけない。

 でも、これで来るのは最後、なんてつもりはなかった。

「なんで?おれたち、また来るよ?ね、ヒーフェ」

「うん!おねえちゃんと、もっといっしょにいたいもん!」

「…あ、えっと、もちろん、いいなら、だけど…。おれたち、本当に魔女さんに助けられたんだ。おれに治せる力がなかったから、ヒーフェは死にそうになっちゃって…。だから、その、ありがとう。ありがとう、おれをひとりぼっちにしないでくれて」

 ぺこ、と頭を下げる。

 ヒーフェも、おれの隣で頭を下げたのがわかった。

 会話が楽しすぎたせいで忘れていたけど、元々これを言うために来たのだ。

「…ね、顔を上げて」

 優しい声が上から降ってきて、そっと頭を上げる。

 アルメラは、優しく笑っていた。

「では君たちに、選ばせてあげましょう」

 小さなおれたちに目線を合わせて、アルメラは問う。

 人差し指をたて、楽しそうに。

「ひとつめ、わたしのお話し相手として、ここに来てくれること。もちろん忙しかったら来なくていいの、君たちが来たい時だけでぜんぜんいいわ」

 それとも、と指をもう一本足して、告げる。

 その選択肢は間違いなく、おれたちの未来を変えた。


「わたしの弟子として、魔女になる修行をする?」


目を見開いて顔を見合わせるおれたちに、どこか歌うように静かにアルメラは語る。それは、ヤクトゥクトゥーヤの魔女の小さな秘密。

「実はね、魔女は伝えていくものなの。わたしも、前の魔女に全部教えてもらったの。それでね、わたしももうそろそろ次の魔女を育てていかなくちゃならないの。…ねえ、どうかな?君たちがもしわたしを嫌いじゃなくて、いつか自分も自分の大切な人も助けられる力がほしいなら。わたしのあとを継ぐ、ヤクトゥクトゥーヤの魔女になりませんか?」

 微笑みながら、けれど最後には少し不安そうに聞いてくる、目の前の魔女。

 妹を助けてくれた、優しい魔女。

 誰かを救える力を持つ、魔女。

 手をつないでいるヒーフェを見れば、ヒーフェはすでにキラキラした目でおれを見上げていた。

 そうだよな、悩むことなんてないんだ。

 大きくヒーフェに頷き返して、魔女の方を向く。

 今の動作で分かったのか、先ほどの不安そうな感じはなかった。

 そうだよ、魔女、おれたち。

「おれたち、魔女になるよ。アルメラがヒーフェとおれを助けてくれたみたいに、今度はおれたちが誰を助けられるようになりたい」

「なりたい、です!」

「そっか。…うん、ありがとう」

 そうしてやさしくやさしく、魔女は一滴の涙をこぼしたのだ。


「…いやあ、懐かしい…」

「あの頃は今以上にかわいかったなあ、ねえディム?」

 同じような回想をしていたのか、魔女もくすくす笑っていた。

 あれから六年、毎日毎日遊びつつも、おれたちは魔女に教えを乞うていた。

 今では、ヤクトゥクトゥーヤの森周辺にある薬草や香草ならばっちり分かるし、簡単な薬くらいなら作れるようになった。

 が、小さいころから成長を見てきたようなアルメラにあらゆる意味で敵うわけもなく。

 ましてや腕も知識もまだまだなもので。

「ですねー。いえ、かわいくないですよ、おれ。かわいいのはヒーフェだけで十分です」

「わたしにとっては2人ともかわいいのよ?ディムは最近特に働き者だし、力もついてきたし。次は何をやりたい?」

 軽くあしらわれることも多いけれど。

 魔女は、今日も優しく笑う。


 ヤクトゥクトゥーヤの森には、魔女がいる。

 心優しく、人を救う力を持つ、魔女がいる。

 


  

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