第一話
そういえばよく、思い返せば小さい頃からなんとかだった、なんていう行を聞いたり読んだりする。
で、もう分かってることだけど俺自身のことを今振り返ってみるなら、それは中学が始まり、と言うことになる。それも、正直もうあいまいだったりする。
俺は中学以前のことを記憶していない。
とても痛かったこととか、衝撃的だったことだけ、無人島のように記憶に浮いている。残りはただそれだけ。何時消えるのかもわからない。
いつか、その話を親戚の医者崩れに聞いたら、記憶封鎖だね。と困ったようにいわれた。
まあ、しょうがないよ、とも。
しょうがない。
親戚はおろか近所に住む人間はみんな知ってる事だ。
もちろん、俺も。だからしょうがないなんて嘘を吐く。だから、ずっと思っていた。
たとえば。
手元に五発、実弾が入った拳銃があって、もしその弾丸分は法に問われないで使うことが出来るという権限を与えられたなら。
四発を使って親父を確実に殺して、残りの一発は自分の口に銜えて確実に脳を打ち抜こうと。
たとえば。
二人の魂を生贄にささげれば、いかなる願いもかなえてくれる悪魔が目の前に現れたなら。
生贄に親父と俺をささげて、残る天然で馬鹿なお袋と、とっとと家を出た賢い姉貴と、親父に似ていて嫌いな妹が幸せに暮らしていけることを願うだろうと。
親父は、生ゴミみたいな野郎だ。
俺が記憶封鎖になったのは、ガキの頃からの度重なる虐待のせいだ。クソ忌々しくて情けねーことに、PTSDだかなんだかで野郎が拳を上げるだけでこっちは動悸がして眩暈がして体が動かなくなる。指一本も動かせねぇで、ただ殴られる。
いつだったかは、いわゆる屈強な大人だったけど、毎日浴びるように酒を飲んで、毎日タバコを五箱も吸っていたせいで、今となったら野郎は末期の糖尿病。中学に入ってから力関係は逆転してるってのに。
こっちがお袋や姉貴がいじめられてるときに間に割ってはいると、それをわかってるせいか道具を使って動けない俺を殴り伏せた。
話は飛ぶけど、お袋は今で言う天然だと思う。
ほわほわして、きっとこんな親父に捕まらなきゃもっとずっと幸せになれただろうとおもう。勤勉で、家事も仕事も全般にしっかりこなす。元婦警だから正義感も強い。
親父は警察官だ。警察組織の、内面の汚れをぎりぎりまで隠す悪癖のせいで、今でも警察官だ。
何度か、俺がガキのころ殺されそうなほど殴られたことがあったりして、近所に通報されていた。だから四十半ばの癖にまだ巡査部長。まあいいか。
話を戻して、お袋とは職場で知り合ったらしい。
九つ年の差がある。だからってわけじゃないけど二十歳のお袋はまんまと騙された。よく、「もっといろいろな経験をしていればあんな人に引っ掛からなかったのに。」と、俺がガキの頃から何度もこぼしていた。一度や二度じゃないからこれは覚えてる。
二十歳で姉貴を生んだから、やっぱり相当早くに騙されたんだろう。親父が豹変したのは俺が生まれてしばらくしてらしいけど。
姉貴が中学生のときストレス性腸炎で一ヶ月も学校を休んだのと、鬱病を発症したのはすべて親父の言葉の暴力のせいだ。
実際に拳を上げられるのは俺にで、とばっちりはそれを庇うお袋だった。
親父は姉貴にはいつも言葉で追い詰めるようなことばかりいっていた。あとあと軍隊ものの映画を観たら、まるであの時の様子をそのまま演じているんじゃねーのかってくらい、心底胸糞が悪くなるくらい、そのままの罵倒が流れていた。ガキの頃からそれを浴びせかけられてた姉貴が鬱病になるのも分かる。
自覚してねーけど、しょっちゅう死にたいと思う、死んでもいいと思う俺も半端に鬱病臭い。
俺が中学三年のときだったか。確か…冬。ほら、大事なことまでアバウトだ。
そのとき、姉貴が家出した。姉貴は高校三年で、通っていたのはそこそこ有名な進学校だった。
姉貴は俺が中学で柔道をやっていたのを見て、高校でバスケ部から柔道部に鞍替えしていた。そのときの仲間とか、先生がすげえ良い人たちばかりで、家にいてもそんなときの話をする姉貴を見るとこっちが眩しいくらいだった。
信頼できる仲間を作って、先生と仲良くなって、それで家出をした。
それっきり、会ってない。
連絡先だけは今でこそ知ってるけど、きっと今の俺を見たら、親父の面影を見て取って苦しむんじゃないかって思う。だからこっちからは会いに行かないし、それにメールも送らない。ああ、お袋なんかは頻繁に連絡取ってるらしい。
俺が三年になると、妹がおなじ中学に入った。
姉貴から俺が三年、それと俺からは、二年の飛び石で歳が離れてる妹だ。
有理は歳の離れた末っ子。だから親父は一度も妹を殴ることはなかったし、それに罵声を浴びせることもほとんどなかった。少なくともお袋や俺に対してと違って、自分勝手な感情を八つ当たりすることは一度もなかったように思う。
だから有理のことは、正直大嫌いだった。
虎の威を借る狐だ。何かあれば甘えた声で親父に泣きついて、その都度俺が意味もなくボコボコにされた。どっちが正しいかなんて関係なかった。
親父が言いなりなんだから、それこそお袋には我を通しまくりで、学校に送っていけ、遊びに行くから送っていけ、親父が三交代勤務で泊り込みの日には翌日帰ってきて当たり前。姉貴はもういないし、俺はお袋から一銭も金をもらわないから、しょっちゅう遊ぶ金をせびっていた。
言い草も、いつの間にか親父にそっくりになっていた。だから、俺は有理が大嫌いだった。
とにかく、その増長の仕方はむかっ腹がたって仕方がなかった。だから姉貴と俺はアホかってくらい仲が良かったけど、有理とは寧ろ険悪な部分があった。普通の家族として程度の会話はあったけれど、どこかぎこちない兄妹だった。
巧いもんで、有理は俺が三年間やってきて、姉貴も高校で始めたもんだから、乗っかっておけばなんとかなるだろうってこと以外なーンも考えずに柔道部に入った。俺はもう、珍しく有理の心配をして真剣に止めたけど、聞きやしなかった。
俺はというと中学の三年の夏休みにやっと九九を覚えるような馬鹿ばかりの柔道部にも、柔道にも嫌気がさしていた。てめえら、ヤル気ぜんぜんねえだろ。ってくらい、道場の裏でタバコ吸ったりして時間を潰す不良のたまり場だったから。
少しでも親父に見下されたくなくて、俺が不良になることで殴る口実が出来たと増長されるのが嫌でたまらなくて、俺は意地でも不良たちに影響されるのを拒んでいた。
かたくなに、外見と成績は優秀な、優等生に見えるという足場を堅持し続けていた。
だから、尚更柔道部は大嫌いだった。それでも俺一人が俺のために練習してたら、何を間違ったか顧問が俺を副部長に据えちまって、逃げられなくなった。初段を取ったらとっととこんなとこ辞めようと思っていたのに。
案の定、有理にあんまり良くない人脈が出来たのはこのあたりだ。有理はまったく馬鹿だったかわりに、世渡りは巧かったから、連中ともすぐに溶け込んだみたいだった。




