第十一話
それからしばらく、巡回中の空き時間には家に帰って夕飯を食ったり、ちょいと顔出すくらいの寄り道を頻繁にするようになった。
あれ以来変質者らしき人間と言うのが来た形跡は無いらしい。念のためにアパートの入り口に、貰った太陽警備のステッカーを猛獣注意みたいに貼っておいたのと、俺が結局制服で頻繁に寄るもんだから、本当に警備してるとでも思ったんだろうか。
仕事では、これはちょうどいいと熊木のことでいじられるようになった。そんなこんなでいろんな話に参加するようになった。
仕事で、今まであった違和感。奥歯に何かが挟まったみたいな噛み合わない感じは無くなった。とはいうものの、熊木に関してとやかく言うのはやめて欲しかった。
なんつーか、こう。―――――まあいいか。
警備の仕事はつまり普通の会社が休みの日にこそ忙しくなる仕事だ。そりゃ当然で、会社員がいる時間帯よりも無防備な夜や休日こそ泥棒が入るんだから。
だから、今年は年末からほぼ缶詰のような状態で年を越していた。頻繁に帰ってはいたけど、熊木が一人だろうって裕子さんや雄一が来てくれていたのには本当に助かった。
まあ、多分宴会とか、つまり酒飲みの口実が欲しかったんだろうとは思うけど。
一月も半分が過ぎてやっと纏まった仕事がもらえた。とりあえず、巡回中にサボって近場の小さい神社に一人で初詣には行ったものの、一度は祖父に挨拶に行かなきゃ駄目だろうと思った。
前もって連絡を入れると、祖母が出て、「いらっしゃい、いらっしゃい、お母さんたちも呼んでおくわ。」と例によって甲高い声で歌うようにいった。
それで、さあ行こうと準備をすると、熊木がやたらとついて来たがった。
えへへへと笑っていたが、それがどういう意味なのかわかっているとは思えなかった。
とりあえずいろいろと説明して無理だといったものの、あれやこれやと問答をした結果結局車から降りないという条件でついてくることになった。
なんせ、泣き真似まがいの演技まで使ってきたから、まんまと騙されて折れた形だった。
制服を着て、上にコートを羽織る。警備の腕章と胸の紋章が見えなくなるせいで、工場の作業員のつなぎのように見えた。
三十分ほど車を走らせて、祖父母の家にたどり着いた。降り際に「本当にたのむから。」と熊木に念を押して、家に上がった。
祖父は会社の経営を智恵理叔母さんに任せたらしく、コタツに足を突っ込んだまま横になっていた。二つ隣の部屋から伸びた長い長いチューブが、やはり鼻から肺に入っていた。
だいぶ遅れた新年の挨拶を済ませ、就職報告をしてコートを脱いだ。
祖父は体を起こして目を細めてた。そして、「安心した」と少し泣いた。祖父は涙もろくなったと思う。
仕事はどんな具合なのかなど少し話をしてから、連れを待たせているからと腰を浮かせたとき、お袋と妹が来た。なぜか一緒に熊木がいる。
「久しぶりね治。」
お袋は少しだけ痩せたようだった。静かに俺の制服姿を見て微笑んだ。
「車に彼女待たせっぱなしってどうかと思う。」
有理はというと、なんとも言えない意地の悪い笑みをこぼしながら、俺と熊木を交互に見つめている。
「これは、しょうがないよね?」
熊木はまるで自分の白が八割の陣地を占めていて、さらに四隅も押さえたオセロでも前にしたみたいな顔。
ああ、こんな気がした。だから無理だって言ったんだ。
「ご挨拶が遅くなりました。治ちゃんの家でお世話になっている熊木倖音です。あけましておめでとうございます。宜しくお願いします。」
しゃなりと座って、三つ指なんかついて熊木はぺこりと礼なんかしてやがる。
「まあまあまあまあ。」
「治。」
ぽんと手を合わせて声を上げる祖母を遮り、静かに祖父が名を呼んだ。
「トヨジぃ、……なんだい?」
でも、ゆっくりと振り向くことしか出来なかった。その静かな声はあの時のような……いや寧ろ退院してるぶん、あの時よりも激しい暴風をソフトボールに無理矢理詰め込んだような圧力の声だった。
つい今しがた、安心したと涙を流していた祖父はこれでもかと無表情な、でも最近やっと感情を見て取れるようになった俺の目からしてもっとも厳しく見える無表情でもって、背筋を伸ばした。
それで、一時間ばかり説教された。
結局それで開放されたらどこへ行くでもなく家へ帰った。熊木はなにか上機嫌だったけど、こっちは気をもんで神経をすり減らすばかりだった。




