第九話
朝になって、わいわいとやたら騒がしいのに気付いた。時計を見たら九時過ぎ。五時間くらいは寝たのか。
重たい体を起こして、襖を開く。
「おはよー治。」
「おはよー。」
あっけにとられたというか、なぜそういう可能性を考えなかったのか自分の浅慮さ加減に呆れた。
うるさかったのは、熊木と裕子さんが楽しげにおしゃべりをしていたからで。二人して楽しそうに寝ぼけた俺に手を振り上げた。
「治も隅に置けないねー、こんな可愛い子を部屋に連れ込んじゃってー。」
ぷふふ、なんて口元に手を当てて笑ってる裕子さん。
「何を勘ぐってるんだか知りませんけど、そういうんじゃねーですから。」
「照れちゃって…んまー。」
やたら声高に俺のことを煽ってくる。こっちは現状をどうするかで頭ン中がぐっちゃぐちゃだってのに。
「昨日のあの言葉は嘘ってこと?」
熊木はきょとんとこっちを見上げた。だからそんな眼をするんじゃないって。
「何?どんなことになってたのー?」
「一緒に住もうって。」
「っんなこと言ってねえ!」
キャーなんて歓声をあげる裕子さんを押しのけた。
「もしならこのアパートの半分貸すって言っただけだろが!!そもそもあれお前寝てたんじゃないのかよ!?」
押しのけられたままの裕子さんの歓声がさらに半オクターブ上がる。
「あ。」
手足をばたつかせ大歓声の裕子さんを見て遅ればせながら気付いた。今の俺の言葉、最悪に逆効果だ。……眩暈がしそうになった。
「……出掛けてくっから。」
これ以上問答して必要以上に自分を追い込むことはないと無理に納得。逃げるようだと思ったけれど、実際に逃げの一手なんだから仕方ない。
「治?昼間からどこ行くの?たしか今夜もバイト休みでしょ?」
「ハローワーク。」
「あ、何なに〜?治ってば就職するの?」
これまた興味津々といった具合に裕子さんは身を乗り出した。
「まあ、いい加減そろそろ。」
言われて決意するなんて随分簡単で、情けないと思ったけれど。でもいつまでも安っぽい意地を張り続けて馬鹿を見続ける方がよっぽどアホらしい。
キッカケはなんにしても、決めたのは俺自身だし。
「ふふふふふ、キッカケはさっちんって訳ね?」
「え…そうなの?」
なんだか訳のわからんことに照れたような顔をする熊木。それに、あの一件以来少し意地が悪くなった気がする、悦に入った裕子さん。
「違う。全然断じて違うから。」
「違う…の。」
なんだか熊木はがっかり肩を落とした。
「いや、普通違うだろ。何がっかりしてんだよおまえ。」
「まあまあさっちん、何かと可愛い治の話をしてあげるから機嫌直してー。」
「は、はい。」
「はい、じゃねー!裕子さんも変なこと言うのやめてくださいよ!?マジで怒りますからね。」
鞄を引っ手繰る様に取り、肩にかける。女三人寄ればかしましいって、二人だって十二分だって。
「畜生ぉ……じゃあ行ってきますから、裕子さんは適当にすばやく帰ってください。」
「あれぇ、さっちんはいいんだー?」
もう聞こえなかったフリで玄関から駆け出した。これで雄一が来たらどういう騒ぎになることか。
頭痛がするほど頭が重く感じた。




