長柄と賀島
コンビニの中で長柄と俺、与謝野佳志はどのタバコにしようかと二人でレジの前でもう五分以上悩んでいる。
「おい長柄! いつまで悩んでんだよ! いつものマイセンでいいだろ!」
「いや……アレはもう飽きた。いい加減変えたいんだよ」
「だったらーその……セッタとか金マルとかでいいじゃん! お前いつまで店員に迷惑かけてんだよ! あと、もう行列できてんぞ!」
店員は明らかに迷惑そうな顔でその場を待ち続け、もはやトイレのところまで行列が並び、長柄はそれに対して全く動じず、気にしてる様子は全くない。
俺は先にバニラ味の方を買い、外へ出た。
一本吸うと、その久しぶりの味が体中にしみついて来ることがよく分かる。ご無沙汰だな……。
………ん?
俺の目の前で、嫌に挙動不審の短髪男がジロジロ見てくる。誰だこいつ? 見たことないな……。
「おい……お前誰だ?」
俺が聞く前に先を越された。その男は俺にメンチを切り、ずんずんと近づいてきた。
「は……はぁ? こっちの台詞だよ。誰だよお前」
男は胸ぐらを掴み、更に顔を近づけてきた。
「誰だって聞いてんだよ……」
「よ……与謝野佳志だよ。悪いかよ」
「よ……与謝野……佳志だと?」
男は急に悩みはじめ、訳も分からず顔を退いた。
一体何なんだコイツは……。
「おい短髪、お前は誰なんだよ?」
「賀島……有我だ」
「聞いたことねぇな。誰を探してる?」
「長柄だ。この街最強の座を手にしてる男を俺は、この手でぶちのめしたい」
変わった男だな……。どっかの戦士かよ……。
「長柄ならコンビニでタバコ買って――」
最後まで言う前に賀島という男は突然走りだし、コンビニの中に入った。
焦った俺もコンビニへ入り、様子を見た。
「おい長柄ァ!」
未だにタバコを選んでいる長柄が振り向き、首を傾げた。
「ん? 誰だお前?」
「この街最強の座を手にしてる男だな……?」
さすがに長柄もこんな訳の分からん誰か分からん奴にコンビニで喧嘩売られりゃ驚くわな……。
「何言ってんだお前? もう俺はそんな世界には――」
「表出ろ……!」
賀島は親指をクイっと後ろへ立てた。
長柄は結局何も選ばず外へ出て、場所はコンビニ裏の人気の少ない駐車場に着いた。
「一体誰だか知んねぇが、お前みたいな奴を相手してる暇なんてねーんだよ」
嘘つけ……いっつも暇過ごしてんじゃねぇか……。
つっても長柄の選択はある意味正解かもな。急にあらわれて急に喧嘩売られても……意味わかんねぇよ。
もしかして不良デビューとかその辺か?
「俺はお前を倒さなきゃ納得いかねーんだよ。ぶっ飛ばす!」
「………!」
結局喧嘩が始まった。こりゃ長期戦になりかねんな……。
ふと後ろを見ると、またもや見たことのない中学生あたりの若さをしているツインテール女が現れた。
まずいな……通報されるかもしれない……。
「君、危険だから今は――」
「有我、勝って欲しい」
…………はい?
「え………お前……あの宇宙人みたいな髪した奴の女か……?」
「妹。有我、勝ってほしい」
まさかこの女があの宇宙人男を動かしたのか……!?
妹とはいえあの有……我という男、俗にいう重度なシスコンなんじゃないのか……?
結局二人が殴り合った結果、最後に立ってたのは………いなかった。
………長柄が引き分け………だと?
つまり賀島有我って男は、相当の猛者なのか?
たまげた。まさかこんな強者がまだいるとは。
手に持っているジュースに気が付き、俺は倒れてる2人の元へ行った。
「おーい、宇宙人男」
コーラで奴の顔に向けてぶっ掛けると、急に立ち上がり、「長柄ァ!」と叫び始めた。
「お前も、長柄も、引き分けだよ」
「そ……そんな馬鹿な…………」
「たく…………バカじゃねーのお前? 妹から言われただけで何ムキになってんだよ」
「なぜ知ってる?」
「妹から聞いたからだよバーカ。長柄ってのはな、お前が思ってるほどプーな奴じゃねーんだよ」
「クソ…………さすがギャングシティーと呼ばれてるだけあるな……」
ギャングシティーって何だよ……。絶対今コイツが個人的に考えた二つ名だろ……。
「佳志、説教はその辺にしとけ。まぁその辺にいる集団でしかデカい顔できない雑魚とは違うんだ。正々堂々俺に喧嘩売るだけ大した玉だ」
「お前が言うなら別にいいけどよ、コイツまた喧嘩売って来るぞきっと?」
「何回でも相手してやんよ」
長柄は純粋な笑みで拳を胸の前にかざした。
さすが長柄………徹底的に叩きのめす考えは未だ変わってないな……。
「おいチンピラ、アンタ結構若く見えるが………いくつだ?」
すると賀島はさっきまで絶対に立てない状態だった事を覆すかのように級に立ち上がった。
「バカ野郎! 二十歳だよ二十歳! 年齢証もちゃんとあんぞ!」
俺より若く見えたのに……二十歳? 確かに身分証明書もちゃんと持ってる……。まぁ世の中にはこういう奴も中にはいるってことだな。
「俺はお前に負けたなんて絶対思ってねーからな! 覚えてろよロン毛頭!」
そう言って賀島は立ち去った。
そこで亜里沙が駆け付けた。さっき公園で遊んでるって言ってたのに……どうしたんだ?
「有我と喧嘩した?」
「あぁ……一応長柄が相手してた。お前知ってんのかアイツ?」
「さっきずっと話してたわ。黄金美町の事をずっと聞いてた」
「やっぱアイツココの人間じゃねーのか……。妹のためだとか、そんな感じだったけどな」
「でも…………長柄が……結構怪我してるけど大丈夫なの?」
「まぁな。長柄をこんなにしたって事は、アイツ相当やるぞ」
たく………一体どういう神経してんだアイツ……。
まぁいいや、とりあえず長柄を外科に連れてくか。
*
クソったれ………この俺が負けちまった………。
夜の十時、俺と陽は黄金美区の噴水のあるロータリーで座っていた。
「有我、負けちゃったね」
「すまんな……格好悪いとこ見せちまって」
陽はううん、と首を振った。
「でも、次は負けないでね」
「おう。当然だ」
陽は一端噴水の水に遊びに行った。相変わらず幼稚だな…。
………それにしても、一体何なんだ。長柄……西園寺が言うとおり、黄金美最強の男なだけあってめちゃくちゃ強い。
風の噂では、何か知らんけど俺、賀島有我は渋谷区においてヤクザの連中からも一目置かれてると言われるくらいの実力者……らしい。
自覚したくない………が、自覚しなきゃいけないのだろうか。
本当は自分がチンピラだなんて………夢であってほしいくらいだよ。
喧嘩なんていう才能なんかより、財力への運、そして学力の才能が欲しかった。喧嘩なんつーのはたかが不良やヤクザがすること。
世の中暴力じゃ生涯やってけない……んなもん高校生の頃からずっと分かってる。だがこの才能でしか生きていけない……。
いい加減……大学へ進むべきなのかもな、俺。
いやでも……そうなると陽の世話ができなくなる……。アイツに何かあって助けられるのは俺しかいない。カムロの連中を動かす暇も無くなるわけだし……。
俺には親父とお袋が働いた財産、そして遺産が残っている。一億五千万など十年でなくなっちまうはず。
その時に備えて働かなきゃいけない。今からでも遅くない。何か……才能を生かす職業……。
ボクシング……空手……キック………意外とあるな。他にもムエタイやら色々ある。
何だ……案外思いつくことあるじゃないか。
「賀島有我ー」
……ん?
振り向くと、見たことがあるのかないのか曖昧な男達が原付で止まっていた。
「だ……誰だ?」
「もう忘れちまったのかよ。四年ぶりだな、黒鬼広海だよ」
くろさか……ひろみ? …………。
………あ、あー! アイツか! 高校時代にいた……番長みたいな問題児…。
でも何でそんな奴がここに……? つーかこんなヤバいのに会ったらヤバくねーか?
「いやー変わったな、有我」
原付から降りた黒鬼は俺の肩を組んだ。
「あ……あぁ。お前もな」
「え、俺? そんな変わってねーだろ!」
「いや……茶髪にオールバックって、高校時代の時まだ真面だったろ」
「髪型だけかよ! お前なんてもっと変わってんじゃん」
この男はこんな明るい性格だが、本性は外見からしか見てない奴の幻想を遥かに越し、とんでもなく容赦のない奴だ。
ハッキリ言って俺とは格別の喧嘩慣れだ……。
「高校生の時もっと髪長かったことねお前? 今完璧坊主のソフトモヒカンじゃねーか。あと、まさかお前がタバコ吸ってるなんてすんげー意外だわ!」
「そうか? まぁ人は変わるもんだよ」
俺が喫煙したキッカケはロマンを追うため、これ前も言ったか。
「何かお前、悩んでたことねーか? こんな寒いとこで独りずっと下向いたままだったしよ」
……?
あ、そうか。陽は今遠くで噴水と遊んでるから気づかれてない……。
「まぁ……ちょっと喧嘩で負けちまってよ」
「はぁ!? あ、言われてみればお前、顔にすんげーガーゼ貼ってんな! お前喧嘩すんのか!?」
この意外っぷりに意外だ……。確か俺が高校の時はもうちょっと真面目に勉強してた時だったし、まぁ無理もないと思うが……。
「俺今、黄金美で一番ヤバい長柄って奴探してんだけどよ、有我なんか知らねーか?」
「だから……ソイツにやられたんだよ」
「エェ!? マジで!? お前凄いな! 高校卒業してから一体何があったんだよ!? めっちゃヤンキーやん!」
「バカ野郎、ヤンキーとかじゃねーよ。いい年して喧嘩してる自分が情けないくらいだ。あの長柄め……次は必ず勝つ!」
「気合入ってんなお前! 俺らも探してるから一緒にボコそうぜ!」
「……………うん」
あんまり手を組んでリンチする方法は気にくわないが、仕方ない……。
黒鬼………お前は一体どういう神経して生まれてきたんだよ。平気で人殴りわ、平気で万引きするわ、平気で恐喝するわ………高校時代んときもずっとそうだったろ……それで停学して、退学寸前までいったんだろうが……。
まぁ、本人に言ったら何をされるか分からないのでとりあえず心の隅にしまっておこう。
……つっても、ちょっと心配なのは、黒鬼が強いのは確かだが、カムロの連中、つまり西園寺と岬は、もっと格別だ。
いわゆるギャング集団の一員として俺は生きている。黒鬼は確かに凄くヤバい奴だが、あくまでのん気にタムロってのん気に過ごしてるただのそこらへんにいる不良に過ぎない。
俺は西園寺から尊敬されているに値されるが、俺はある意味西園寺たちが一番危険だと思ってる。
もし黒鬼と西園寺たちが出くわせば……厄介なことになるだろう。それだけは避けたい。
黒鬼は少し向こう側の自販機に行った。
残り二人の内1人が俺に話しかけた。
「俺の事覚えてるか?」
この男は初対面な気が……。
「え……いや、今日が初めて――」
「大谷だよ」
「あー………あぁ! 大谷か! 久しぶりじゃねーか!」
そうだ大谷だ。高校時代たまに俺に絡んできた気さくな男。
「黒鬼、今どうだ?」
「アイツは俺と会ってから全然変わってねーバカだよ」
「やっぱな……。俺からしてみても全然性格変わってなかったしな」
「今やアイツは渋谷区のアタマとってるしな」
「は!? 聞いてねーんだけど!?」
渋谷区のアタマだったら前々からカムロの連中から目付けられてるんじゃないのか……? おかしい……。
いや……つっても俺最近あんまりカムロの廃ビル行ってないしな……。
念の為後で西園寺に聞いてみるか。
「まぁ別に俺らも黒鬼も別に暴走族とかじゃねーし、一応ヤンキーやってるって程度だな」
「ヤンキーか……。まぁタバコ吸って原付乗ってるしな」
黒鬼が戻ってきた。右手に持っているモノはどうやらコーラだ。
「何かさ、ポンジュース売ってたでそれ押しても全然出てこんかったから仕方なくこれ買った」
そう言った黒鬼は原付へ乗り、三人で飛ばしていった。
「じゃあな」
アイツと手を組んで……長柄を潰す、か。
悪いのか悪くないのか……よく分からんな。
そういやあの片方だけツーブロックの頭した短髪野郎……与謝野佳志か。
何となくだが、長柄よりアイツの方が喧嘩強く感じる気がするんだよなー…。気のせいなら良いが、本当に……何となくそう感じる。
噴水で遊んでいた陽が戻ってきた。
「さっきの三人、誰?」
「あぁ、昔のツレだよ」
「そう」
そんな地味な会話をしながら中道を歩いていると、タバコをふかして座っている三人の連中と出くわした。
……黒鬼か?
「おい兄ちゃん、誰の縄張りに足踏み込んでんだぁ?」
出た……。遂に黄金美町の定番が俺を襲ったか……。この街はいつもこういう奴らがいるのか……。
「だったら離れればいいのか?」
「ちげーよバーカ。金だよ」
「………は?」
陽は俺の後ろで隠れ、震えていた。
……クソ、何としてでも抜け出さなきゃな。
「ココに足を踏み入れた分、二万。はよ出せ」
「チッ……。二万も持ってる訳………」
俺は「ねぇだろうが!」と言うと同時に連中を我武者羅にボコした。
ハッキリ言って妹の前でこんな血しぶきを上げるとこ……見せたくなかったな……。
自分が思っている以上の早さで、勝負は既についていた。
何故俺は、こんなに強くて、こんなに弱い人間なのだろうか。
こんな人間にはなりたくなかった。もう何度思ったことか。腕力より学力を付けたい。それを何度臨んだか。そして何度喧嘩をして、何度慣れてしまったのだろうか。
もう……虚しく感じてくるわ……。
「有我、強い」
「なっ………!」
驚いた俺はギョテンとしてしまった。
「長柄くんの時は負けちゃったけど、不良には負けない。有我ガッツ」
わずかな微笑で彼女は小さなガッツポーズをとった。
ホント……慰められるなぁ……。
「つーか負けてねぇよ!」
その日の夜は、静かに沈んだ。