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第七話 担任 対 魔王

よろしくお願いします。

 多摩川高校の校内に、最後の終礼チャイムが鳴り響く。

 それを合図に担当の教諭が「それでは、今日はここまで」と授業を締めくくると、一年一組のクラス委員である蘇我直人は終礼の号令を掛ける。

 すると担当教諭は黒板を消し教科書や参考書などをまとめて教室を出て行き、一年一組の生徒たちの方は思い思いに下校の準備を始める。さっさと教室を出て行く者や、部活見学や調布駅前に繰り出そうなどと話をする彼らたち。

 この多摩川高校は、特別な事情がない限り夕方のホームルームは行われない。

 一応、年度が進めば部活なり課外活動なりが始まるのだが、彼ら彼女らはまだ入学したてのため、まだそう言った活動は行われていない。後は下校するだけである。

 そして魔王の転生者こと蘇我直人は、他のクラスメートを横目に流し、ただ安穏(あんのん)と自分の席に座ったままでいた。特に帰る準備をすることもなく、机に肩肘を付きながら、何気なくという風に右隣の席を眺めている。


「……」


 その席には誰もいない。

 昼休みから椅子はずっと冷たいままだった。


「………そりゃ、どういう顔をすればいいか、俺もわからないけどさ」


 誰にも聞かれないよう、そうひとりごちる直人。

 そこは一年一組のもう一人のクラス委員、久住朋子の席であった。

 彼女は昼休みからずっと教室に戻っていなかったのだ。もしかしたら、無断下校しているかも知れなかった。…あいつ一応クラス委員なんだけどな、と直人は彼女の立場を一応考慮する。


 ……直人自身としては、昼休みの件に関しては、それほど根に持ってはいなかった。


 それは、彼の心が広かったりとか、寛容な性格だったとからでない。

 彼女のあの行動は、どうにも彼女の本心とは思えず、単に勇者の記憶に振り回されただけではないか? という懸念を感じていたからだ。……朋子も被害者ではないかと。

  ……無論、酷い目に遭わされた、という憤りも多少は感じてはいたが。


 転生者とは言え、前世と全くの同一人物というワケではない。結局は赤の他人でしかなく、別人格だ。

 その他人が、しかも異世界の人間が望んでいたことを、今の、現世の自分たちが実行して、果たして何の意味がある? 何のメリットがある? 

 彼女はまだ()()()()()()()()()()()()()()()()()? 


「おい、直人」


 と、怪訝(けげん)な呼びかけ。

 直人は思考を阻害され片眉をピクリと動かす。

 それを放ったのは目の前にある背中。

 自分と同じく帰る素振りを見せなかった添田(そえだ)明人(あきひと)だった。

 彼はゆっくりと直人へ振り返り、恐ろしく憤った表情を見せた。…いや、なんで?

「………いい加減、正直に話せ。……彼女をどうしたのだ?」

「…あのな」

 その問いかけに苦虫を噛み潰す。

 明人は、昼休み過ぎから幾度となく、こんな調子で昼休みの件を直人に問いただしていた。…正直、ウゼぇ。

「……だからぁ、どうもしていないって。昼休みのことはお前が思っているような話じゃなかったし」

 と、何度も言った、期待外れの言葉で場を濁す。

 明人がこうもしつこいのは、朋子の思わせぶりな行動を真に受けてしまい、昼休みに朋子が直人に告白した、と思い込んでいるせいの様であった。

 それは明人に限った話ではなく、どうやらクラスの皆にそう思われている節があった。何人かのクラスメートたちが白地(あからさま)に直人らの話に聞き耳を立てていたのだ。

「嘘つけ!」

 と、明人の方は直人の言葉を虚言と突く。……頼むからいい加減にしてくれ、とゲンナリしてしまう。

「あのよ、久住さんのあの緊張ぶりを考えたら、彼女が昼休みにお前に告白したって、誰だってそう考えるだろ!? しかもそれをお前如きが振ったから、彼女が戻って来ないんだろ!?」

 そう不躾で問い詰めてくる明人。目をかなりマジにして。

 全く持って、そんなことはなかったのだが、直人の本心としては、その方のが事実だったならば、かと思う。


 何故、直人がずっと明人の問い掛けに言葉を濁していたかと言うと、

 それは先ほどの昼休みの出来事が下手に明るみに出たら、最悪傷害事件扱いになりかねない、と思ったからだった。

 直人自身、それほどではないが朋子に刃物で怪我を負わせられており、朋子も明確な殺意を持って自分に襲いかかっている。

 立件されれば間違いなく、黒、だろう。

 おまけにその犯行動機が、朋子が実は勇者の転生者で直人が魔王の転生者だから殺しにかかった、ではとてもまともではない。下手したら、彼女は精神錯乱扱いだ。

 もし…このことが学校側に露見でもして、警察などが絡もうものなら、自分の方が被害者とはいえ、平穏無難を目指す直人の高校生活に、大きいな影を落とすことは明白だった。

 ただの一高校生である蘇我直人としては、そんな面倒事は絶対に避けたい。それに、


 ……それに、母にこれ以上迷惑を掛けたくない。


 直人には、そう最も気遣いたい相手がいたのだ。


「振ったのか? 振ったんだろ!? だから久住さん、ショックで突然いなくなったんだろ!?」


 明人は目を血走らせ、直人の心情を全く汲み取らない。

「………だから、そういう話でもなかったって」

「……くそうぅ」と悪態を付く明人。

「俺もあんな黒髪ロングの大人しめキャラをリアル攻略してぇ…」

 と独り勝手に突っ走り、妄言を呟く。

「………ギャルゲ脳め」と直人は呆れ気味に漏らす。

 と、突然教室の扉がガラガラと開いた。

 そこには、不機嫌全開の担任和歌月千夏がいた。


 一瞬、教室に緊張が走る。


「蘇我君、いる?」

 その憤然とした問いかけに、教室に残っていた明人含むクラスメートたちが息をのむ。

 そして…また、何かやったのか? そんな言外の意味を含んだ視線を、直人へ送る。

 直人の頬に嫌な汗が一筋(ひとすじ)(したた)る。

「…なんでしょうか?」と、おずおずと尋ねる。

 千夏の方は包み隠さない睨視(げいし)を向け、直人に、

「…ちょっと話があるから、今から生徒相談室に来なさい」

 淡々と目的だけを告げる。

「え? 今からですか?」

「そう、今から」

「…一体、何の話ですか?」

 千夏は不機嫌な視線を外さずに、

「………察しは付くでしょう?」と、一言。

「………」

  千夏の言う通り、直人は察しを付かせる。タイミング的に、昼休みの件以外思いつかない。

「…帰る準備をしてからでいいから、生徒相談室に来なさい。勝手に帰っちゃダメよ」

 そう言うと千夏は直人の返事も聞かずさっさと教室を出て行った。

 その背には、有無を言わせない、としっかり書きながら。

 千夏が消え去り、その不機嫌なオーラが霧散すると、クラスがそれとなくざわつき出した。無論、今の件で。

 そんなクラスの様子を一瞥しながら直人は、はぁぁ…、と溜息を付く。

「……やはり、バレたのか?」

 …千夏の話は、恐らくあの体育館裏の決闘まがいの件だろう。

 昼休みに朋子と直人が体育館裏に行ったという話は、クラスメート始め英語教諭の傘塚香織にも露見しているし、さすがに昼休みにあれだけ叫び騒げば、誰かに感づかれもするだろう。

 さらにもう一人の当事者である右隣の席の人物は、午後の授業を無断欠席している。怪しまれて当然だ。

 直人自身には、あの件はむしろ被害者であり一点の曇りはなかったが、…当事者としてやはり話をしなければならないか。

 そう思って直人は右隣の席を暗に見やる。

 ……しかし久住朋子の方は、あれからどうしたんだろうか?


「お前、千夏ちゃんにもなんかしたのか?」


 と、明人がまたも怪訝(けげん)に尋ねて来る。

「……いや、だからなんでそこで先生にも何かした話になる? 別に何も」

「久住さんだけではなく、教師とも、なのか!?」

「……………お前の考えていることとは、多分、絶対違う」

  直人は、ギャルゲ脳状態になっている明人には付いて行けないとばかりに、とすぐに帰り支度をして席を立ち、教室を出て行った。

 と、ふて腐れて残された明人が、

「………ったく、お前ばっかずりぃな。委員長の事といい」と独り吐く。

 他に残ったクラスメートたちも、今の件を噂する。また尾鰭(おひれ)が付きそうだった。


  *****


 多摩川高校生徒相談室。

 そこは北校舎にある保健室に隣接した小さな部屋である。特に校内カウンセラーなどが常駐している訳ではなく、単に相談室とは名ばかりで、主に小さな会議、三者面談、教師による生徒相談などに使われるミーティングルーム、といった(おもむき)の部屋である。

 その窓からは、校舎玄関前の花壇や植垣の広場が見え、上級生たちが談笑しながら下校している姿が見受けられた。

 その部屋で、朋子はパイプ椅子に俯いて座っていた。

 膝上で拳を握り、気を落とした小さな姿で、…ある種の後悔に(さいな)まれながら。

「久住さん、大丈夫?」

 そう気遣うように優しく声を掛けたのは、テーブル越しに座っている和歌月千夏であった。

「……は、はい。だ、大丈夫です。今はもう、大分落ち着きました」

「…そう」

 朋子はなんとかそう応えたが、千夏はまだ心配していた。


  *****


 今日の昼休み、魔王の転生者に撃退された後、朋子は逃げ切った先の非常階段の下で、独り座って膝を抱えて(うずくま)っていた。…激しい罪悪感と恐怖に襲われながら。


 朋子自身は、本来は引っ込み思案の争いを好まない性分であり、人を傷つけるなどとは露にも思えない性格である。例えそれが、かつて人類に仇なした存在であってもだ。

 さっき魔王の転生者に挑んだことも、午前中に色々考えた末、自分の勇者としての力を見せつけ相手に負けを見とめさせる、と思い立った故の行動なのだ。

 そして間違って相手を傷つけその命を奪う、という危険なことなど一切考えていなかった。


 けれども、“彼”は違った。

 彼は何よりも、魔王の命を奪う事を欲した。

 魔王の転生者の本音を聞いても、全く認めてくれなかったのだ。

 その上、彼は、

 自分に、自分でない動きをさせ、

 自分に、自分ではない言葉を吐かせ、

 そして自分が望んでいない結果へ、私を導こうとした。

 それは自分が、ただの臆病な女子高生である私が、

 クラスメートを、人を、


 本気で殺そうとしたことだった。


 しかも……私の気を(たかぶ)らせて、さらには不愉快な加虐的(かぎゃくてき)嗜好(しこう)を発露させながら。


 魔王の転生者が蟲使いの能力を行使し、黒甲虫で私に冷や水を浴びせなかったら…、

 私は…取り返しの付かない事をしでかしていた。

 自分の人生を全て台無しにする、最悪以外の何物でもないことを。


 朋子は、今それを今ひしひしと実感し、そして自らの内にいる勇者に対しても恐怖し、思わず涙が零れる。…もし、今、教室に戻り魔王の転生者と対面でもしたら、また、自分が自分でない勇者になるかも知れない。


 それは自分が、自分以外の何者かになる恐怖。

 次にが思い付く行動が、自分の意志によるものなのかどうか分からない不安。


 昼休み終了のチャイムが鳴り終わっても、朋子はその場を一歩も動けず、独りしくしくと泣き、(うずく)っていた。

 そんな時だった。


「久住さん!?」


 ふと朋子の頭上から。誰かに驚いた声を掛けられる。

 担任和歌月千夏だった。

 彼女は何かあったのか、かなり慌てた様子で、肩で息を切らしていた。

 だが朋子の様子を一目見るなり、憤然を眉を結んで、

「こんなところでどうしたの!?」

 と、しゃがんで朋子に目線を合わせて来た。

「…い、いや、あの」


「もしかして、今の叫び声あなただったの!?」


「う、あ」

 その迫力ある千夏の問い詰めに、しどろもどろで言葉を(つむ)げない朋子。

 彼女はどうやら自分の叫び声を聞いて駆け付けた様だった。

「……どうしたの? 何があったの?」

「………そ、そ」

 涙していた嗚咽(おえつ)と、千夏の問いかけによる混乱で朋子はまだ言葉が(にご)る。

 だがまた千夏の言が朋子の心をさらに揺さぶった。


「……魔王ギガソルドと何かあったの?」


「っ!?」


 その言葉に、もう頭の中がグルグルして何も言えない朋子。

 しかし千夏の方は朋子のその無言を、肯定、と受け取ってしまい、

「あいつ、一体何やったのよ…」

 と顔をさらに曇らせ憤然と呟いてしまう。

「……あ、いや」

「傘塚先生に聞いたわよ。……あなた、あいつを体育館裏に呼び出したんでしょ?」

「……う、あ」

「でもその様子じゃ、逆にとんでもない事をされたみたいね」

「……と、とんでもない、こと?」

「ここで待ってなさい。……って、違うわね。取りあえず保健室に行きましょう。ほら立てる?」

 そう言って、優しく肩に手を掛けてくる千夏。

 しかし朋子はその行動に肩を震わせ、


「ち、違うんです!」


 と、なんとか言葉を必死に吐いた。

「……どうしたの?」

 朋子のある意味予想外のリアクションに、僅かばかりに眉根を寄せる千夏。

「…は、話を聞いて下さい」

「話?」


 それから朋子は振り絞った声で、嘘偽りなく昼休みの出来事を千夏に告げる。

 そして千夏の方は、朋子の、少し混乱し要点の得ない話にも大人しく耳を傾けてくれた。


「……本当に、あなたがそんな危険な事をしたの?」

「……はい」

「蘇我君が魔王だから?」

「……はい」

「あなたが勇者だから?」

「………はい」

 そう言って朋子はグスンと鼻をすする。

 千夏の方は、そんな彼女に不思議な目を向けた。

「…てっきり、蘇我君があなたにいかがわしいことをしたのか思ったけど、そうじゃないのね?」

「そ、そそそそそんなんじゃありません!」

 やはり突飛な発想をしていた千夏。

 朋子は顔を真っ赤にして必死に否定する。

 それから千夏は、朋子を保健室に連れて行き、午後の授業は休んでいなさいと告げ、

 後で蘇我直人にも話を聞きいてみる、と付け加えた上で彼女は保健室を後にした。

 朋子の方は、彼女が去り少し気持ちが落ち着くと激しい睡魔に襲われ、いつの間にか、ベッドで深い眠りへと落ちていった。


*****


 そして放課後になり千夏に起こされると、もっと詳しい話が聞きたいと生徒相談室に連れて来られ、今に至っていた。

「…ったく、あの子、遅いわね」

 テーブルに肩肘を突きながら、憤然と呟く千夏。

 朋子は担任の不機嫌な顔を一瞥(いちべつ)する。


 ……改めて冷静に考えると、自分がやったことは傷害事件なのである。

 学校側としても事が世間にても露見したら、看過できたない筈なのだ。

 このまま有耶無耶にすることは難しい筈。

 ……こういう真似をしでかした私は一体、どうなってしまうのだろう。

 ……やっぱり、退学……。


 朋子はシュンとなり、明日からの我が身の行方へを案じた。

 と、不意に部屋の扉がコンコンとノックされる。

「どうぞ」

 千夏が扉に向かって声を掛ける。

 すると、ガラガラと生徒相談室の扉が開き、ある人物が姿を見せた。それは……魔王ギガソルドの転生者だった。

 彼は、朋子の姿を一目見るなり、驚愕で目を見開かせた。

 そして朋子も彼を一目見るなり、顔を引き攣らせ身体を強張らせる。

「………久住さんも、いるんですか?」

 と少し不思議そうに尋ねてくる彼。

「……いいから、突っ立てないでそこに座りなさい」

 千夏が無下にそう促すと、彼は若干困惑の表情を見せ、朋子の隣のパイプ椅子に腰かける。

 朋子には、その微妙に開いた隣席との空間が少し痛々しく感じられた。

「……さて」

 と千夏が、この微妙な空気の二人を前に切りだす。


「あなたたち、体育館裏で一体何をやってたの?」


「「……」」


 その言葉に、魔王と勇者の転生者は返事を詰まらせた。

 と、千夏はその二人の言いにくそうな反応を予想していたのかすぐに、

「…実はね」と別の言葉を紡いでくる。

「昼休みに学校へ近隣住民の方から、通報があったの」と真っ直ぐな視線を二人に向けた。


「お宅の生徒が、体育館裏でナイフを持って暴れているけど何なんですか? って」


「「……」」


 さらに言葉が出なくなる魔王と勇者の転生者。

 二人とも、まさか目撃されていたとは露にも思っていなかったのだ。

 さらに朋子の方は、とうとう進退窮まったと血の気が引いてしまう。


「それでね、私たちも何のことかさっぱり分からないから、急いでその通報があった場所らしき校舎裏に向かったのよ。そしたら……あの絶叫。正直、かなり驚いたわよ。それで声がした方向の体育館裏に駆け付けたのだけど、そこは(もぬけ)(から)で誰もいなかったの。…その裏付けになりそうな物もなかったし」

 そう区切った千夏は、不意にきつい視線を魔王の転生者に飛ばし、

「…一年一組のクラス委員、蘇我直人君。これどういうことだと思う?」と続けた。

 彼はその事情聴取まがいの問いを受け、顔を引き攣らせる。


 ……あれ? 私は確か先生に正直に昼休みのことを話したはずなのに、なぜ彼に改めて問うのだろう?

 それに裏付けもない? …って聖剣は? 確かあそこに落した筈なのに。

 和歌月先生は一体どういうつもりなんだろうか?


「……その通報と俺に何の因果関係があるんですか?」

「質問に質問で返さない。傘塚先生に聞いたわよ。あなたたち二人、昼休みに体育館裏に向かったって」

「……」

「別の生徒が暴れていた可能性も否定出来なくはないけど、少なくともその時間、あなたら二人はそこに居たんでしょ?」

「……いや、それは」

 と、口籠る魔王の転生者。

「今すぐどうこう、という話ではないわ。ただ()()()()をしたいだけよ」


 ……そこで、朋子は暗に気付いてしまう。


 なぜ千夏が朋子の話を隠し、彼に改めて昼休みの出来事を尋ねたのかを。


 それは目撃情報が、あくまで校外の者からもので、まだ信頼がおけるかどうか分からない事。

 そして多分、校内の方には目撃者がおらず、現行現場も確認できなかった事。

 そのために彼女は、私の話を裏付けるため、もう片方の当事者である魔王の転生者に、最終的な事実確認をしたかったのだ。


 …だから、…ここで、魔王の転生者が()()()()()()()()()


 …私の今後の進退、高校生活があっさりと終わってしまう可能性があった。


 それに気づいた朋子は、目先が真っ暗になり思わず膝を掴んでしまう。


 この魔王の転生者はおそらく、昼休みの件を正直に話すだろう。

 だって己を実際に殺しにかかった相手など気遣う必要は全くなく、そのせいで怪我もさせてしまっているのだ。普通に考えたって絶対に憤っている。

 そして、自分は勇者で彼は魔王。絶対に邪魔者な筈。

 ……彼が、この勇者を消すチャンスをみすみす逃す手はない。


 そう思うと朋子は胸が締め付けられ、不意に視界が涙でぼやけてくる。


 彼は、そんな彼女の様子を一瞥(いちべつ)することなく、ただ千夏の視線を真っ直ぐに返していた。

 そして、

「…いいえ」と否定し、


「俺ら二人で体育館裏にいた。……そんな事実はありません」


 と、彼は静かに、そしてただ淡々と、それだけを述べた。


 朋子はその意外な言葉に戸惑い、キョトンとしてしまう。


 それは、白地(あからさま)な嘘だった。


 …え? なんで?




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