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第四話 眠り姫と、頭痛に苛まされる僕

 「わあ、ここが“ほけんしつ”なのー? ふしぎなお部屋、だ、ね…………。うっ」


 僕が扉を開けたとたんにはしゃいで真っ先に保健室の中に飛び込んだ自称天使ちゃんは、途中で言葉を詰まらせ突然小さな両手で顔の下半分を(おお)った。どうしたのだろう?


 「なにこのにおい…………。きもちわるい…………」


 におい……? 薬のにおいのことだろうか。ならば、口元を覆うほどではないが僕も彼女に同感だ。このにおいはあまり好きではない。


 僕は保健室内を見まわした。


 白を基調とした室内はどこの学校にでもあるような平均的な保健室である。

 唯一、平均から外れていることがあるとすれば、それは寝台が少々多いことだろうか。なぜか五つもあるのだ。全て埋まっているのを見たことはない。何のためにこんなに購入したのだろう。

 それともうひとつ。寝台の布団とその周りにかかっているカーテンが、男子中学生にとっては、あまりにも、その、可愛らしいというかなんというか……。


 桃色と黄色の花が散りばめられ、ところどころにふんわりしたうさぎやらくまやらが踊っているデザインなのだ。


 噂によると、これでもましになったほうらしい。


 去年、僕たちが入学する前の代までの学生たちは、体調を崩して保健室で休む羽目になる度に、子供たちが大喜びそうなキャラクターたちに囲まれる屈辱に耐えねばならなかったのだという。


 その噂を聞いたとき、『あの保険医の趣味だな』と深く納得した。布団と、寝台周りのカーテンを変えるように直談判したという当時の生徒会長に拍手を贈ったものだ。


 しんとした室内で聞こえるのは、運動場から響いてくるかけ声と、それに時折混ざる笛の音のみ。


 ふと気がついた。(くだん)の保険医はどこにいる?


 扉に鍵はかかっていなかった。と、いうことは、保険医はこの室内にいるはずだ。あの先生はそういう事は(おこた)らない。用を足しに行くだけでもいちいち鍵をかけてから出て行くのだ。


 まさか――――――!!


 気づいた僕は、すぐさまずかずかと寝台を目掛けて室内を横切っていく。


 そう、なぜ寝台周りにカーテンがかかっているのか?


 ――――――誰かが寝ているかに他ならない。


 寝台にたどり着いた僕は容赦なく一気にカーテンを横に引いた。


 やはり!


 僕の予想通り、一番端の寝台の上に、くまさん柄の布団にくるまって、長い髪の女性が幸せそうに眠っていた。

 ……よく見ると、テディベアを抱えている。


 「人間にしてはきれいな人だね」


 鼻と口を手で覆ったままの自称天使が、寝ている彼女に近づいて、驚いたように感想を述べた。


 …………まあ、否定はしない。男子学生、果ては若い男性教師にも人気があることも知っている。


 しかし。


 「顔のつくりが良くて人気が高くても、こういう事をしていたら評価が落ちてクビになるのではないか?」


 「バレなきゃ良いのよバレなきゃ」


 「えっ」


 夢の国を旅しているはずの人に涼やかな声で返事を返され、驚いて思わず裏返った声が出てしまった。


 いつの間にか目覚めていた彼女は、ぱちりと両目を開いて首を僕の方に向け、にやりと笑った。


 われらの中学校のひそかなアイドル、保険教師のアヤ先生である。フルネームは知らない。学生も教師も皆、アヤ先生と呼んでいる。


 「そういう問題では……」


 「ああもううるさいうるさい。寝起きの人間に向かってお説教なんてするもんじゃないよ。どうせ頭に入んないんだし。体力と精神力の無駄使いね」


 「それだけ口が回るのでしたら頭の中もはっきりすっきりしているのでしょう。たまには説教されて反省したほうが―――」


 「ん、どした?」


 僕が突然不自然に言葉を切ったのでアヤ先生が身を起こして不思議そうに問うてきた。


 しかし、僕は説教どころではなくなっていた。


 「マサキくんマサキくん! この人の髪の毛、すっごくやわらかいね☆ マサキくんも触ってみるー?」


 「ちょっ―――」


 あわてて自分の口を閉じる。


 アヤ先生の背後で、自称天使が無邪気に彼女の髪をいじっている。

 しばらく堪能した後、ふよふよとアヤ先生の目の前に飛んで行き、はたはたと手を振る。


 僕はその一連の行動を冷や汗を流しながら目で追っていた。


 しかし――――――。


 「おおい、ほんとにどうしたの? 顔色悪いし、休んだほうが良いんじゃない?」


 目の前に、明らかにおかしい存在が浮遊しているというのにアヤ先生が全く何の反応も示さないということは、この、天使と名乗る生き物は、本当に僕の目にしか映らないのかもしれない。


 ため息をつく。


 「……アヤ先生、僕はもともとそのためにここに来たんです。そうでもなかったらこんな時間に僕がこんな所にいるわけがないでしょう」


 「おお、そりゃあ気づかなくて悪かったね。ささ、はやくそこのうさちゃんベッドに入りなさい。テディちゃん、つかう? 安眠できるよ」


 「……いえ、遠慮させていただきます」


 「あ、そう? そりゃあ残念」


 アヤ先生がくま柄の布団からのそのそと抜け出し、僕は言われたとおりにおとなしくうさぎ柄の寝台に横たわった。……少し、頭痛がするかもしれない。


 頭痛を引き起こした原因の一つが僕の肩にまとわりついてくる。


 「あれえ、マサキくん、寝ちゃうのー? ねえねえ、ボクとお話ししようよー。ねえってばー」


 頭のどこかがぴきりと引きつった気がした。


 叫びだしそうになるのをぐっと堪えて、髪と服を整えているアヤ先生に目を向ける。白衣を羽織って扉に足を向けるのを見て、おや、と思った。どこに行くのだろう。

 僕の視線に気がついたのか、アヤ先生が化粧っ気の無い端正な顔を振り向かせた。


 「ちょっとトイレー」


 …………ああはいそうですか。どうぞご自由に。


 廊下に出て行ったアヤ先生が扉に鍵をかけ、スリッパをはいた足音がすたすたと遠ざかっていく。


 ―――よし。これでしばらくは、この保健室内にいるのは僕とこの自称天使だけになる。


 身体を起こし、手を伸ばして、先ほど開けたカーテンを限界まで引く。万が一のための用心だ。

微妙なところですが、いったん区切ります。


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