プロローグ③
(2030/04/18)【木】
20年前、産業として新たな雇用、税収増を目的とされ日本政府が行った【カジノ合法化】。
それは功をなし、今や日本は年齢制限もなく、あらゆる賭博行為が解禁され認められた。
「フォールド」
放課後の教室。もはや教師の目を盗んでポーカを興じる必要もなくなった世界で、七草秋は静かに、そう宣言した。
手札はどの役にも当てはまらないノーペア。初回ベットのチップはわずか三枚、ここはブラフでもチップを上乗せ(レイズ)して勝負に出る場面ではないと秋は判断した。
(と言っても、今ので、こちらのチップは残り20枚で向こうは60枚。これは、まずいなぁ)
五枚の手札を捨てた後、秋はのほほんと湯呑に注いだ番茶を……ずずっ、と啜って。
(……まあ、でも負けた訳ではないし大丈夫、大丈夫)
と、こんな時でも能天気にそんなことを思う。
それは、【迷い】と【後悔】は賭博の敵でツキを鈍らしてしまうという考えからなのか?それとも、本当にただ能天気なだけなのか?
「ククッ。これで、また一歩、私の勝利に近づいたな」
対面に座る対戦相手の少女は右手を口元に当て少し意地悪気に笑い、左手でこちらのチップ(玩具のコイン)三枚を引きよせた。
両耳の横で三つ編みに結ったおさげが夕風に舞い、眼鏡から覗くその瞳は何か悪戯を企んでいる猫の印象を与える。また手が隠れる程、袖丈が異常に長い制服と季節外れのマフラーがその印象をさらに強くしている。
柳ネイコ――秋が【ネコ】と愛称を込めて呼ぶ少女は彼が働いている中華料理屋の店長の娘さんであり大切な幼馴染だ。
「こりゃ、私の勝ちは決まったんちゃうか?」
「はは、まだ勝利を確信するのは早いと思うよ」
「相変わらず諦めが悪いなぁ、あーちゃんは」
「それだけが取柄だからね」
「そんなことないやろ。あーちゃん、には良いとこ沢山あるで」
「そうかな?」
「勉強もできるし、料理だってできるやん。それに何よりも優しいし。
私は、そんな、あーちゃんが好きだよ。あーちゃんはどうや?」
「僕もネコのこと好きだよ」
「はぁ……」
何を今さら当然だろ、という感じの秋の言葉。それにネコは思わずため息を吐いた。
(絶対にそれ、私が聞きたい意味よちゃうよな……)
やっぱり伝わらなかったか、とネイコは思った。
ネコにとって秋は誰より大切で大好きな人だ。
ずっと自分の傍に居てくれて。
誰よりも自分を見てくれて。
いつでも自分に笑いかけてくれて。
幸せだった。彼と一緒に過ごす一秒一秒が。
だから、ふざけ気味で「好き」と言えても真正面から「好き」だとは言えなかった。今の幸せな時間が壊れてしまいそうで。
彼が鈍感過ぎるのか? 自分が逃げているだけなのか?
「いったい、どっちなんやろうか?」
「……何が?」
「内緒や♪」
小首を傾げる秋にネコは小悪魔的な笑みを浮かべる。
「さて、お喋りもこれ位にして、そろそろ戦いを再会しようや」
ネイコは参加料のチップを場に一枚出して、一気にカードを五枚引く。
この勝負、互いに賭けているのはお金ではなかった。
秋が勝てば【現在の時給が百円UP】。ネイコが勝てば【簡単なお願いを一つ秋が聞く】。
やる気満々の秋本人は知らないことだが、実は【時給百円UP】の話はすでに決まっていることで、ネコはそのことをすでに父親から聞いていた。
その時、ふっとネコは悪だくみを思い浮かんだ。それが、このポーカー勝負だった。
もし、秋が勝っても【時給百円UP】は予め決めっていることだから、何の問題もない。そして、自分が勝った場合は近くに新しく出来た喫茶店でケーキを奢ってもらう事を建前にデートをしてもらおうと考えている。
(何か、あーちゃんの努力に便乗する様で悪いけど恨まんといてな。これ位せんと私等の関係少しも変わらんもん。あーちゃん、にとっても楽しいデートにするから堪忍な)