第1話?
かつて、その男は時代の寵児と呼ばれていた。
分刻みのスケジュール、鳴り止まない株価の通知、そして裏切りと忖度が渦巻く重役会議。
「……もう、いいかな」
高層ビルの最上階で、男はふとネクタイを緩めた。
その瞬間、彼の中で何かが音を立てて弾けた。
地位も、名誉も、数千億の資産も。
そんなものは、股間に脈打つ存在のプリミティブな躍動感に比べれば、あまりにも無価値だった。
翌週、街には不思議な売り声が響き渡るようになった。
「おちんちんはいらんかねー?」
かつての高級イタリア製スーツを脱ぎ捨て、男は軽やかなステテコ姿で路地裏を歩く。
背負っているのは、過去のしがらみではなく、ただ一つの本質だけだ。
男の仕事はシンプルだ。
声をかけられれば、ただ静かに、そして誇り高くポロリとする。
それだけである。
子供たちに微笑みを。
「わあ、変なのが出た!」と無邪気に笑う子供たち。
その純粋な反応に、男はかつて忘れていた「無償の喜び」を見出す。
女性たちに幸福を。
疲れたOLがそれを見て、ふっと吹き出す。
「何やってんの、バカバカしい……」。
その瞬間、彼女の心に巣食っていた上司への殺意は、優しい失笑へと昇華された。
男性たちに希望を。
男同士、無言でそれを見つめ合う。
比較も競争も、急に遠いものに思える。
ただ「同じものを持ち、生きている」という、雄としての連帯感が生まれる。
男の傍らに連れ添う、相棒の偉大さにも気づかされた。
それは時に威風堂々と空を仰ぎ、時に重力に従って謙虚にうなだれる。
「今日はいい風だと思わないか、相棒?」
男が語りかけると、相棒は心なしか、プルリと微震して応えた。
売上など関係ない。
在庫を抱えるリスクもない。
ただ、自分をさらけ出す。
それは、何千もの雇用を守る責任感よりも、ずっと重く、そして軽やかだった。
夕暮れ時、男は赤く染まった街を眺めながら毅然と歩く。
「おちんちん、いかがですかー?」
その売り声は、かつてのどの決算報告よりも、澄み渡っていた。




