表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
森で拾った魔王を飼うことになりましたが、薬草師のわたしは命令しないことにしました  作者: 明石竜


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

4/5

第四幕 命令の話

ヴァルトが来たのは、翌朝だった。

今日は護衛が二人になっていた。

ユナはそれを見て、昨日より話が硬くなったと判断した。馬の数も増えている。本格的に連れて行くつもりで来ている。

「おはようございます」

「おはようございます。昨夜、考えていただけましたか」

「考えました」

「結論は」

「同じです」

ヴァルトは少し目を細めた。

「中で話しましょう」

四人が、また机を囲んだ。護衛は外だ。お茶が出た。今日もヴァルトはそれを少し見た。

「単刀直入に言います。王国は、この魔王を放置しておくことができない」ヴァルトは書類を出した。今日は昨日より分厚い。

「先例のない契約の組み合わせ、管理下にない最上位の魔王。これが同時に存在する状況は、王国にとって許容できないリスクです」

「リスク」

 ユナは繰り返した。

「彼が今後、何をするか分からない。貴女への完全服従の術がある以上、貴女の意思次第で彼は何でもできる。王都を攻めることも、王国の秩序を壊すことも」

「するつもりはありません」

「今日のところは、でしょう」

ユナは口を閉じた。

昨日自分が言った言葉を、そのまま返された。

「人間の意思は変わります。貴女が善意の人物であることは、今日の段階では信じましょう。しかし十年後も同じ保証はできない。人間は環境で変わる。立場で変わる。感情で変わる」

「……」

「だからこそ、制度が必要なのです。個人の善意に頼るのではなく、仕組みで管理する。それが王国の考え方だ」

レオは黙って聞いていた。

正論だと思った。

感情を抜きにすれば、ヴァルトの言っていることは正しい。人間の善意は永続しない。制度は個人より長く続く。百年前の戦争が終わった後、人間がそういう仕組みを作ったのは、合理的な判断だった。

「契約魔法を使って従わせろ。貴女が持つ術を、制御のために使う。そうすれば王国も納得できる」

「嫌です。命令しないと約束したので」

「約束より王国の安全が優先されます」

「わたしの約束は、わたしが優先するものをわたしが決めます」

 ヴァルトは少し息を吐いた。

 苛立ちではなかった。難しい交渉相手に当たったときの、静かな整理の息だった。

「では聞きますが。貴女は何を恐れているのですか。彼に命令することを、なぜそこまで拒む」

ユナは少し考えた。

「命令したら。それはわたしとレオさんじゃなくなるから」

「どういう意味ですか」

「今、わたしたちは一緒にいる。レオさんが自分でここにいることを選んでいる。薪を割るのも、水を汲むのも、自分でそうしている。命令したら、それが全部、術の効果になる」

「実質は変わらないでしょう」

「変わります。全然違う」

「説明してもらえますか」

ユナはしばらく黙った。

言葉を選んでいた。


「従わせるのは簡単です」

「でもそれは、一緒にいることじゃない」

「わたしは、命令してそばに置くくらいなら」

「逃げられた方がいい」


迷いがなかった。

ヴァルトは沈黙した。

レオは、ユナの横顔を見ていた。

それから、ヴァルトを見た。

「彼はどう思っているのですか」

「何を」

「この状況を。貴女と一緒にいることを」

 レオは少し間を置いてから言った。

「私の話を聞くつもりがあるか」

「あります」

レオは少し間を置いた。

「私は今まで、多くの人間に従わせようとされてきた」

「知っています」

「力で。術で。脅しで。どれも通じなかった」

「通じなかったから、王国が手を焼いてきた」

「そうだ。従わせようとする人間は、必ず何かを見ている。私の力を。私の権能を。私が倒せる魔物を。私が守れる城壁を。私そのものを見ている人間はいなかった」

ヴァルトは黙って聞いていた。

「この女は」とレオは続けた。

ユナが少し顔を向けた。

「拾った。傷だらけで倒れている私を、薬草師として拾った。魔王だと言ったら、はいはいと言った。熱があると言ったら、ないと言い張った私に、三十九度あると言った」

「……」

「命令されなかった。恐れられたが、それを理由に追い出されなかった。薪を割れと言われた。気づいたら割っていた。命令だったか、そうでなかったか、あの瞬間は自分でも分からなかった」

レオは机の木目を見た。

「でも今は分かる」

「何が分かりますか」とヴァルトは聞いた。

「自分でいたかったんだ。命令されてではなく、術に従ってでもなく、自分の意思で何かをしたかった。ここにいると、それができる気がする」

静寂が落ちた。

長い静寂だった。

ヴァルトは書類を見た。それから二人を見た。

何かを考えていた。計算ではなく、もう少し人間的な何かを考えている顔だった。

「……貴方は。自由になりたいのですか」

レオは少し考えた。

ヴァルトの言う自由は、どこへでも行ける自由のことだろう。誰にも縛られない、誰にも従わない、そういう自由。

「どうだろうな」とレオは言った。

「曖昧な答えですね」

「曖昧なんだ。どこへでも行けることが自由だとは、今は思っていない」

「では何が自由だと思いますか」

レオはユナを見た。

ユナはレオを見ていた。

「命令されない場所にいることだ」


ヴァルトはしばらく黙っていた。

長い沈黙だった。

書類を見て、窓の外を見て、また二人を見た。

「一つ提案があります」

「聞きます」

「王国は、この状況を管理下に置きたい。しかし管理の方法は、必ずしも彼を王都に連れて行くことではない」

「どういう意味ですか」

「定期的な報告義務と、問題が起きた際の優先協力、という条件で、この状況を認める可能性があります」

ユナは少し目を細めた。

「王国が……わたしとレオさんの関係を、公式に認めると?」

「認めるというより、監視下に置く、という言い方が正確です。貴女は定期的に王国の担当者に状況を報告する。問題が起きた際には王国の指示に従う。その条件で、彼をここに置くことを許可する」

「……」

「これは王国としても前例のない判断になります。私個人の裁量では決められない。上に諮る必要がある。しかし、可能性としては提示できます」

ユナはレオを見た。

レオはユナを見た。

二人の間で、言葉のない確認があった。

「条件の詳細を、書面で出してもらえますか」

「用意します」

「それを確認してから、返答します」

「分かりました」

ヴァルトは立ち上がった。

今日は早い退場だった。昨日より話が進んだということかもしれなかった。

扉のところで、ヴァルトは止まった。

振り返った。

「一つだけ」

「何でしょう」

「先ほどの言葉。命令されない場所が自由だ、と言った。それを聞いて、私には少し分かる気がした。王国の仕事は、命令することと命令されることで成り立っている。私も同じです。命令しない場所の話を、久しぶりに聞きました」

それだけ言って、今度こそ出て行った。

馬の音が遠ざかった。


「どう思う」

「悪い条件ではない」

「定期報告は面倒だけど」

「定期的に誰かが来るより、こちらから出向く方がましだ」

「それもそうか」

ユナはお茶を片付けた。

「怒ってる?」

「何に」

「王国に、管理されることに」

「監視されることを好む者はいない。しかし現実的に考えれば、今できる最善の落としどころだ」

「現実的、って言った」

「……うるさい」

ユナは少し笑った。

レオは窓の外を見た。

護衛が馬を引いて遠ざかっていくのが見えた。

「一つ聞いていいか」

「うん」

「先ほど、従わせると一緒にいるは違うと言った」

「言った」

「それは、誰かに言うために考えた言葉か」

ユナは少し考えた。

「違う。ずっとそう思ってた」

「いつから」

「師匠に動物の飼い方を習ったとき。怪我した鹿を助けて、治ったら逃がすっていう話をしてたら、師匠が聞いたんだ。逃げたら寂しくないかって」

「なんと答えた」

「逃げたかったなら、それでよかったって」

ユナは少し遠い顔をした。

「師匠は笑って、そうか、って言った。それだけだったけど、なんか正解だったんだと思って。それからずっとそう思ってた」

レオは黙った。

「レオさんは」

「何だ」

「逃げたいとき、言っていいから」

「……言わない」

「なんで」

「今は逃げたいと思っていないからだ」


ユナは少し黙った。


「そっか」

「そっか、だけか」

「他に何か言う?」

「……いや」

「じゃあそっか」

レオは視線を外した。

外は穏やかな午前だった。

どこかで鳥が鳴いている。軒下の雀だろうか。

「薪が減っていた」

「あ、本当だ」

「割ってくる」

「ありがとう」

レオは立ち上がった。

裏庭に出ると薪の山の前に立ち、斧を手に取った。

昨日も一昨日も、ここに立ってこれをやった。

命令されたわけではなかった。

今日も、命令されたわけではない。


それでもレオは、その場に残った。


自分でここに立っている。

それがどういうことか、言葉にしようとすると難しい。

それでも、それは確かにあった。

レオは斧を振り上げた。

薪が割れた。

気持ちのいい音がした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ