第9話
「その後も続けて読んでもらえますか?」
「その後? 後は無いです」
「それだと……たぶん、拡張子の表示がオフになってますね。フォルダの上の方にある『表示』をクリックしてください」
「表示……?」
「『ファイル』の右です」
「……ありました! はい、クリックしました!」
「続いて、『ファイル名拡張子』をクリックしてチェックを入れてください」
「……入れました! あっ、ファイル名の後ろに文字が増えました!」
「何と書いてありますか?」
「てぃ……てぃーあいえふえふ、です」
(TIFFファイルか……。普通はWindowsフォトビューアーで開くはずだけどな)
「あの……そういえば……」
太一が解決策を思案していると、彼女が補足した。
「本当はこれじゃなくて、ぴーでぃーえふ?っていうファイルにしたかったんですけど……どうしたらいいですか?」
ちゃぶ台返しだ。そうなると根本から話が変わってくる。
「それは……スキャンからやり直しですね」
「えっ! そうなんですか〜?」
「まだ手元に紙の原本はありますか?」
「あります、あります。大丈夫です〜」
「複合機のメーカーはどこですか?」
「えっと……なんだっけ……あっ、ゼロックスです〜」
「では、複合機の液晶画面を見てください。スキャンの設定画面でファイルの保存形式を指定できますので、そこでPDFを選んでからスキャンしてみてください。PDFならダブルクリックで開けられるはずです」
「わかりました〜やってみます〜。ありがとうございました〜!」
「はい。それでは失礼します」
通話を終え、いったんヘッドセットを外す。このレベルの質問なら別になんてことはないな、と安堵する。
(しかし、こんな初歩的な質問が来るなんて……最近の若い子がパソコン使わないっていうの、本当なのかな)
太一たち1970年代後半生まれは、子供の頃から身近にPCが存在していた最初の世代と言えるだろう。この時代、一般家庭に急速にPCが普及し、特にWindows95の発売を大きな転換点として、ワープロ、表計算、ゲーム、インターネットetc……と、あらゆる機能がPC一台に集約されていった。まだスマホがこの世に存在せず、何をするにもPCが必要だった頃の話だ。ゆえに、当時のインドア派の学生たちは程度の差こそあれ、そのほとんどが苦もなくPCを扱うことができた。それは当人たちにとっては当然のことだったので、太一はその世代限定の特殊なスキルをを自覚していなかった。
数分後、第二のコール。
「はい、総務部ヘルプデスクです」
「あー、ちょっと聞きたいんだが」
第一声で太一は警戒した。相手を確認せずにタメ口で話しかける時点で、役職持ちである可能性が高いからだ。
「印刷ができないんだが」
「印刷ですね。ファイルの形式と複合機のメーカーを教えていただけますか?」
「んー……」
電話口の向こうでカチャカチャとキーボードとマウスを操作する音が聞こえた。
「エクセル。プリンターはゼロックスだな」
「かしこまりました。それでは、印刷設定画面を開いていただけますか?」
「ん? どこだ?」
「メニューの『ファイル』をクリックしていただくと『印刷』が出てきます。それを選んでいただくと複合機が選べるかと思います」
「んー…………いや、無いぞ」
「左様ですか。でしたら……」
「いや、もういい。電話じゃわからん。こっち来てやってくれ」
「そちらへ、ですか?」
「ああ。経営管理部の力久だ。急いでな」
「あの……」
太一の答えを待つことなく通話は切れていた。
「あの、すみません」
挙手で中村を呼んで事情を話すと、予想通りの指示が帰ってきた。「あー、行ってあげてよ」だ。
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