第6話
「……確認いたします」
再び保留にすると、話を聞いていた小室がもう一度クライアントへ電話を繋いだ。
「あ、小室です。お忙しいところ何度もすみません。先程のお客様ですが、やはりご納得いただけませんで……ええ、はい。それで、御社の片山様をご指名でして……。ええ、はい。……はい。……はい。……あ、そうですか! かしこまりました。それでは、そのように対応させていただきます。……はい、ありがとうございます。それでは、失礼いたします」
(対応させて『いただく』……?)
つまり、片山が巻き取るのではなく、オペレーター側で引き続き対応するということだ。通話を終えた小室が、ホッとした表情で告げた。
「いいよ。新品送ってあげて」
「は?」
太一は思わず本音の声を漏らした。あり得ない選択だった。それほど、クライアントは自分たちでクレーム対応をしたくないということだ。
「クレーマーの要求聞いて大丈夫なんですか?」
「うん、クライアントがいいって言ってるから」
この要求を通せばどうなるのか想像できないのだろうか。他人が得をするのは自分にとっての損である、という貧しい考え方が蔓延っているのが今の日本という国だ。今後、これをきっかけに大量に来るであろう「あいつだけ保証書無しで対応してもらってずるい」という無茶な要求に対し、直接対応するわけではないクライアントとの酷い温度差を太一は感じた。
「……わかりました」
納得のいかないまま保留を解除する。
「大変お待たせいたしました」
「遅い!」
「片山に再度確認をいたしまして、今回に限り、新品を発送させていただけることになりました」
「おー、そうか。最初からそうしたらええねん。まどろっこしいわ」
「はい。それでは、お送り先の宛名とご住所をお教えいただけますでしょうか」
「ササキマサオ」
「漢字もお願いできますでしょうか?」
「普通のササキに、正しい男や」
(普通ってなんだよ)
正しくない返答をする”正男”に心の中で舌打ちしながら、続けて住所を聞き取って発送の手続きを終えた。
「ありがとうございます。この度はご迷惑をおかけしまして大変申し訳ございませんでした。それでは失礼いたし……」
「待ちいや」
「はい」
「あのな、お前の間違うた対応でえらい無駄に時間がかかったいうこと、理解しとるか?」
「申し訳ございません」
「そうやってな、アホの一つ覚えみたいに謝っとったらええ思うてるやろ。しょうもない仕事すな!」
「……私の対応で不快に感じられたのであればお詫びいたします」
「ほんまアカンでお前。見てみい、片山に話通したら一発やないかい。……まあ、わかるで? マニュアル通りに対応しとんねやろ? せやけどな、なんでもかんでも書いてある通りにするのが仕事やないんや。俺が働いとった頃は、もっとお客様ひとりひとりに合わせて柔軟に対応しとったわ。ほんまに日本の会社も質が落ちたもんやで」
「申し訳ございません」
(質が落ちたのは客の方だろ)
「わかっとるか? お前のために言うとるんやぞ? お前かて自分の会社が潰れたら困るやろ?」
「仰るとおりでございます」
(潰れないし、俺の会社でもない)
「ふん。まあ、ええわ。とにかく早う送ってくれや」
「かしこまりました。この度はご迷惑をおかけし、大変申し訳ございませんでした。それでは失礼いたします」
「はいよ」
相手が通話を終了するのを聞き届け、太一は大きく息をついた。外したヘッドセットには、じっとりと汗が付いていた。
「お疲れ様。大変だったね」
小室が定型のねぎらい言葉をかけて自分のデスクへと帰っていった。理不尽。身勝手。無知。老害。怒りと苛立ちで胃の底が熱く疼いた。しかし、それを表に出すことは許されていないし、そんな暇も与えられず次のコールが太一を急かす。
「お待たせいたしました。梅山電器カスタマーサポートセンターでございます」
こういう時はさっさと次の電話に出た方がいい。別の接客をしていれば、前のクレーマーのことなど考えている余裕は無くなるからだ。
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