第4話
翌朝。
午前九時の始業チャイムと同時に、部屋中のPCから一斉にコール音が鳴った。
「お待たせいたしました。梅山電器カスタマーサポートセンターでございます」
定型句があちこちでハモり、今日も憂鬱な一日が始まった。コールセンターといえば、テレビCMやドラマなどでは制服姿の若い女性オペレーターがずらりと並んで対応しているように描かれることが多いが、実態はほとんどが外注のパートによる対応である。太一の勤める会社も本来は旅行代理店であり、コールセンターは本業ではない。受電室も突貫工事で用意されたものだし、オペレーターも年齢・性別様々な非正規雇用の素人集団で、当然誰も制服など着てはいない。自社で社員を雇わず人件費を抑えたい委託元と、繁忙期以外に仕事が欲しい委託先との利害が一致したわけだ。その結果、苦しむのは短期間の研修で商品知識も付け焼き刃のまま着座させられるオペレーターたちである。そして、まだ豊かだった頃の日本の労働環境しか知らない老人たちは、電話口でさも当然のように言うのである。「どうして自社の商品のことがわからないんだ」と。もはやコールセンターに架ければプロフェッショナルが迅速に対応してくれるなどという期待は、日本の労働環境の現実が見えていない人間の幻想に過ぎない。
「……はい。大変申し訳ございませんでした。貴重なご意見、必ず上申させていただきます。……はい。……はい。……それでは、失礼いたします」
朝一の苦情を受け流して通話を終了した直後、続けて太一宛の内線が鳴った。嫌な予感がした。
「はい、寒河江です」
「お疲れ様です。寒河江さん宛にお客様からお電話入ってます」
声の主は、この部屋のどこかで受電をしている他の女性オペレーターだ。
「ありがとうございます。お名前聞いてますか?」
「すみません、温度感高めだったので聞けてないです。それじゃあ、繋ぎますね」
「お願いします」
プツンとくぐもった音が鳴り、通話先が切り替わった。
「お待たせして大変申し訳ございません。お電話代わりました、寒河江です」
返事がない。しかし向こうの環境音は聞こえてくるので、繋がっているのは間違いない。
「お客様、こちらの声は届いておりますでしょうか?」
「……昨日の奴か?」
しゃがれた声、声量大、滑舌はマシ。昨日の奴だ。
「昨日の、と申されますと」
「セラミックヒーターの不良で電話した佐々木じゃ! 覚えとれや!」
「申し訳ございません。先日はお名前をお伺いしておりませんでしたので」
「なんや、いちいち!」
「失礼いたしました。本日はどのようなご要件でこざいますか?」
「あー、あれや。型番。型番わかったんや」
「型番と申されますと、先日、他社の製品だった……」
「あれな! あれは間違いや! USH24M! これがほんまの番号や!」
疑わしい。昨日、製品に記載されている番号を直接確認してもらったばかりだ。にわかには信じ難い。
「かしこまりました。それではお客様、製品の保証書はお持ちでございますか?」
「棄てたわ、そんなん! ええから、はよ新しいの寄越せや!」
「大変申し訳ございませんが、不良品の修理・交換など製品サポートには一年以内の保証期間が記載された保証書が必要でございます。もし廃棄されてしまった場合は、ご購入いただいた販売店で購入履歴を保管されている可能性がございますので、お手数ですが一度お問い合わせいただけますでしょうか」
入電者の言うことが本当かどうかは、保証書の有無で判断するより他ない。もし誰か一人を保証書無しで対応すれば、なし崩し的にすべての客を無条件に保証することになってしまうからだ。
「お前、それが不良品を売りつけた側の態度か!? そっちが調べることやろが!」
またか、と心の中でため息をついた。その話は昨日終わっている。自分の要望が通らない限り、何度でも同じことを繰り返す老人たち。太一はほとほとうんざりしていた。
「大変申し訳ございません。それでは、何かお力になれることがあるかどうか上席に確認いたしますので、後ほど折返しさせていただいてもよろしいでしょうか?」
「頼むで、ほんま!」
「かしこまりました。ご連絡を差し上げるのにご都合の良い時間はございますでしょうか?」
「別に無い! いつでもええから早よしてや!」
「ありがとうございます。それでは一旦、失礼いたします」
(このヒマ人が)
心で悪態をつきながら通話を終了し、挙手で小室を呼んだ。規約を無視する客が相手の場合、上長の許可を得た上で決裂するしかない。




