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氷の河  作者: ガンジス川
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最終話

「いやあ〜助かった! マジで、マジでありがとうな!」


 完成した映像データを送信すると、Web会議アプリ越しに川田が両手を合わせて太一を拝んだ。


「……ああ」


「ん、どうした? 後は給料受け取るだけだろ、元気出せよ!」


「……いや、これで何か変わるのかなと思って」


「これ? ……ああ、選挙のことか。変わんねーよ、どーせ」


「……そうか」


「っと、生放送まであと五時間か! 急いで納品しなきゃな! じゃ、また何か仕事頼むことあったらよろしくな!」


「ああ」


 通話を終了し、太一は椅子にもたれかかって天井を仰いだ。染みと埃だらけの天井。そういえばこの数十年、掃除をしていなかったなと思い出した。


※ ※ ※


"開票速報!統一地方選挙202×!"


 午後六時、太一は夕食のインスタントラーメンを作りながら、選挙特番が始まるのを横目で見ていた。


"当選 ○○△△"


 開始早々、太一謹製の素材による速報テロップが流れ始めた。なるほど、こういう風に使われるのか、と納得しながらラーメンにお湯を注ぐ。放送内容を見る限り、投票率は相変わらず低そうだ。


「いただきます」


 続いて、番組は各候補者のプロフィール映像を紹介し始めた。これも太一が編集したものだ。


「こういうの、投票が始まる前にやらなきゃ意味ないよな」


 愚痴をこぼして、麺をすすった。数名の紹介が終わり、次は竹下平太──例の飛沫候補だ。


「意味ないなら、捨ててもいいよな」


 切り替わった映像は竹下の紹介ではなかった。


"当選 竹下平太"


 圧倒的な得票数と共に、そのあり得ない結果が画面に映し出された。


 瞬間、スタジオがざわつき、空気が変わった。画面はそのままに、混乱するスタッフの音声だけが聞こえ続け、ようやくスタジオのカメラに切り替わったのは数十秒後だった。


"失礼いたしました。ただ今、誤った映像が流れてしまいました。申し訳ございません"


 すぐにアナウンサーが平静を装って取り繕った。太一は麺をすすりながら、テーブルに置いたスマホをタップしてSNSで検索をかけた。


"放送事故きたー!"


"事故? テスト映像にしても、竹下当選は無いわ"


"これがマスゴミの偏向報道なんだよなあ"


 脊髄反射の書き込みが目立ったが、そこは本質ではない。これは単なる放送事故ではないのだから。数分が経つと、徐々に番組のキャプチャ画像から分析を始める者たちが現れ始めた。


"得票数、やけに中途半端だったよな"


"あの選挙区の有権者の割合を考えたら、妙にリアリティがある数字"


"画面の隅っこ、なんか書いてね?"


"拡大した。ほんとだ。「氷の河の上から」……なんこれ?"


 スマホが鳴った。川田からだ。太一は無視して電源を落とし、混乱するテレビとSNSを交互に眺めた。


 それから一時間も経たないうちに真意にたどり着く者が現れたので太一は安心した。なにしろ、明日から当分は自由を奪われる身なのだから。


「さて、こっちはどうかな」


 検索ワードを「佐々木正男」に変更すると、一万件以上の投稿がヒットした。会社から持ち出した音声ログを実名付きでSNSに流したところ、案の定、大炎上していた。既に佐々木老人の自宅や電話番号は特定され、今日の叩く相手を探していた庶民の娯楽へと成り果てていた。


※ ※ ※


 翌日、太一は自宅を訪問した警察官によって署へと連行された。電波法に違反するのかどうかも定かではない、過去に類を見ない犯行のため、具体的な罪状はこれから決まることになるだろう。


 一方その頃、各ワイドショーでは前日の番組ジャックの話題でもちきりだった。特に、数名のSNSユーザーがたどり着いた"真相"はセンセーショナルに取り上げられた。


"竹下の得票数、この選挙区内の氷河期世代の人数と一致してね?"


 たとえどれほど極端で、どれほど差別的で、どれほど自己中心的な政策を打ち出す飛沫候補であっても、数に勝る氷河期世代が結託すれば圧倒的な票差で当選させることができる。学歴も職歴も富も家族も持たない彼らがただ一つ持っている武器。それが"団塊ジュニア"という数の暴力だと、この日すべての日本人が知ることになったのだ。民主主義とは、つまるところ数だ。そこには善意も悪意も関係がない。これから先、自らの持つ武器を知った氷河期世代によるなりふり構わぬ逆襲が始まっても、それを裁く術は民主主義には存在しない。


 さらに、時間差の予約投稿で各放送局に送信された太一の犯行声明は彼らをさらに加熱させることになるのだった。


※ ※ ※


『氷の河の上から』寒河江太一


 あなた方は大地に立ち、私達は凍った河の上に立っています。氷には亀裂が走り、毎日、いつ割れるのかと不安を抱いて生きています。


 あなた方が土地を分けてくれなかったから、私達はそこに立つしかなかったのです。


「あの時は分ける土地が無かった」


 なるほど。


「土地を用意できなかったのは自分たちの責任ではない」


 なるほど。


 でも、そんなことは関係ないんです。


 もうすぐ亀裂が拡がり、氷が砕け、私達は河に落ちます。そうなる前に、私達はあなた方の土地を奪いに行くでしょう。奪わない者も、溺れればあなた方の足を掴み、河に引きずり込むでしょう。


 生きることはすべてに優先されるからです。その時、理屈や道徳や倫理は力を失います。


 あなた方は思うでしょう。


 どうして、何もしていない私たちがそんな目に遭うのかと。


 その通りです。


 あなた方は何もしなかった。


 私達が氷の上に立っていることを知りながら、この数十年、目を逸らし続けた。


 そして、いつしか私達がそこに立っていることすらも忘れてしまった。


 私達の給与を知っていますか。


 私達が納めている税額を知っていますか。


 家も車も買えず、結婚も子供も諦めた人間の気持ちを知っていますか。


 母が死んだ時、介護せずに済んだと少しでもホッとした自分に気付いた時の気持ちが分かりますか。


 世代の分断は誰かの陰謀や政府の失策のせいじゃない。


 あなた方が、


 私達のことを、


 見なかったから、


 起こったのです。


 こっちを見てください。


 見てください。


 見ろ。


 逃げるな。


 逃げるな、卑怯者。


 卑怯者。


 卑怯者。


 卑怯者。


 卑怯者。卑怯者。卑怯者。卑怯者。卑怯者。卑怯者。卑怯者。卑怯者。卑怯者。卑怯者。卑怯者。卑怯者。卑怯者。卑怯者。卑怯者。卑怯者。卑怯者。卑怯者。卑怯者。卑怯者。卑怯者。卑怯者。卑怯者。卑怯者。卑怯者。卑怯者。卑怯者。卑怯者。卑怯者。卑怯者。卑怯者。卑怯者。卑怯者。卑怯者。卑怯者。卑怯者。卑怯者。卑怯者。卑怯者。卑怯者。卑怯者。卑怯者。卑怯者。卑怯者。卑怯者。卑怯者。卑怯者。卑怯者。卑怯者。卑怯者。卑怯者。卑怯者。卑怯者。卑怯者。卑怯者。卑怯者。卑怯者。卑怯者。卑怯者。卑怯者。卑怯者。卑怯者。卑怯者。卑怯者。卑怯者。卑怯者。卑怯者。卑怯者。卑怯者。卑怯者。卑怯者。卑怯者。卑怯者。卑怯者。卑怯者。卑怯者。卑怯者。卑怯者。卑怯者。卑怯者。卑怯者。卑怯者。卑怯者。卑怯者。卑怯者。卑怯者。卑怯者。卑怯者。卑怯者。卑怯者。卑怯者。卑怯者。卑怯者。卑怯者。卑怯者。卑怯者。卑怯者。卑怯者。卑怯者。卑怯者。卑怯者。卑怯者。卑怯者。卑怯者。卑怯者。卑怯者。卑怯者。卑怯者。卑怯者。卑怯者。卑怯者。卑怯者。卑怯者。卑怯者。卑怯者。卑怯者。卑怯者。卑怯者。卑怯者。卑怯者。卑怯者。卑怯者。卑怯者。卑怯者。卑怯者。卑怯者。卑怯者。卑怯者。卑怯者。卑怯者。卑怯者。卑怯者。卑怯者。卑怯者。卑怯者。卑怯者。卑怯者。卑怯者。卑怯者。卑怯者。卑怯者。卑怯者。卑怯者。卑怯者。卑怯者。卑怯者。卑怯者。卑怯者。卑怯者。卑怯者。卑怯者。卑怯者。卑怯者。卑怯者。卑怯者。卑怯者。卑怯者。卑怯者。卑怯者。卑怯者。卑怯者。卑怯者。卑怯者。卑怯者。卑怯者。卑怯者。卑怯者。卑怯者。卑怯者。卑怯者。卑怯者。卑怯者。卑怯者。卑怯者。卑怯者。卑怯者。卑怯者。卑怯者。卑怯者。卑怯者。卑怯者。卑怯者。卑怯者。卑怯者。卑怯者。卑怯者。卑怯者。卑怯者。卑怯者。卑怯者。卑怯者。卑怯者。卑怯者。卑怯者。卑怯者。卑怯者。卑怯者。卑怯者。卑怯者。卑怯者。卑怯者。卑怯者。卑怯者。卑怯者。卑怯者。卑怯者。卑怯者。卑怯者。卑怯者。卑怯者。卑怯者。卑怯者。卑怯者。卑怯者。卑怯者。卑怯者。卑怯者。卑怯者。卑怯者。卑怯者。卑怯者。卑怯者。卑怯者。卑怯者。卑怯者。卑怯者。卑怯者。卑怯者。卑怯者。卑怯者。卑怯者。卑怯者。卑怯者。卑怯者。卑怯者。卑怯者。卑怯者。卑怯者。卑怯者。卑怯者。卑怯者。卑怯者。卑怯者。卑怯者。卑怯者。卑怯者。卑怯者。卑怯者。卑怯者。卑怯者。卑怯者。卑怯者。卑怯者。卑怯者。卑怯者。卑怯者。卑怯者。卑怯者。卑怯者。卑怯者。卑怯者。卑怯者。卑怯者。卑怯者。卑怯者。卑怯者。卑怯者。卑怯者。卑怯者。卑怯者。卑怯者。卑怯者。卑怯者。卑怯者。卑怯者。卑怯者。卑怯者。卑怯者。卑怯者。卑怯者。卑怯者。卑怯者。卑怯者。卑怯者。卑怯者。卑怯者。卑怯者。卑怯者。卑怯者。卑怯者。卑怯者。卑怯者。卑怯者。卑怯者。卑怯者。卑怯者。卑怯者。卑怯者。卑怯者。卑怯者。


※ ※ ※


 卑怯者。


-終-

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