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アラフォー男の異世界DIY 〜勇者召喚に巻き込まれたあげく適性がなく追放されたので、固有スキル【日曜大工】で平和に生きていく〜

作者: 天音 楓
掲載日:2026/02/09

 ジリリリ、ジリリリ――

 

 午前9時、部屋中に目覚まし時計の音が鳴り響く。

 

「よしっ。起きるか!」

 

 35歳の俺――佐藤さとう たくみはカーテンから入ってくる気持ちの良い日差しと共に目を覚ました。

 

 こんな時間まで寝ててもいいかと思うが、今日は土曜日である。そう、唯一の趣味であるDIYをする予定だ。

 

 手早く顔を洗い、焼きすぎた食パンを頬張ると、俺は少し年季の入ったSUVを出して、朝イチのホームセンターに向かった。

 

 今日作るのは、増えすぎた本を片付けるための本棚だ。

 

 最近、現実逃避も兼ねて読み始めた「ラノベ」というものにハマってしまい、気づけば部屋の隅に山ができている。

 

 渋滞のない午前の道を走りながら、俺は頭の中で設計図を組み立てる。

 

「シナ材にするか、それとも奮発してパイン材にするか……」

 

 日々の仕事(中間管理職の愚痴聞き)のストレスが、木の香りを想像するだけで消えていくようだった。


***


「開店の時間になりました!」

 

 午前10時、ようやく店が開いた。

 

 店に入ったら、ふわりと心地よい木の香りが鼻をくすぐる。

 

 資材コーナーへ向かうと、そこは俺にとっての聖域だ。

 

「……さて。今回は本棚だから……」

 

 俺は山積みの木材の中から、一本一本、目を光らせて選別を始める。

 

 木目が美しく、ふしが目立たず、何より「曲がり」がないもの。

 木材の端から片目で覗き込み、反りをチェックするその姿は、端から見れば真剣そのものだったろう。

 

「いや、リビングに置くなら少し良いやつにしたいな。パインの集成材にするか」

 

 ずっしりと重みのある板をカートに乗せる。この「重み」こそが、これから何かを作り上げるという充実感の前払いのような気がした。

 

「そうだ、電動ドリルとかも買ったほうがいいのかな」

 

 ふと、自分の肩を回す。

 35歳にもなり、全部手動でやるには全身に響くようになってきた。

 

 以前、手回しのドライバーだけで家具を作った時は、翌日から三日間、右腕が上がらなくなった苦い記憶がある。

 

 なけなしの財布からお金を出すことに決めた。

 

 工具コーナーに並ぶ、インパクトドライバーを眺め、一番手に馴染む一機を手に取った。

 

「ポイントカードはお持ちですか?」

 

「はい――っ、あれ……?……すいません、やっぱりないです」

 

「――――」

 

「ご利用ありがとうございました――」


 レジ袋に入った新品の電動ドリルと、カートに乗せた大きな木材それらをSUVの荷台に積み込もうと手を運ぶ。


「よいしょ」


 1人で木材を持ち上げるのには少し負担が大きいな……


 そして、手持ちのインパクトドライバーを詰め込もうとした時だった。


「何だ?地面が……」


 地面が白く光り、目を開けた時には――。

 

「……は?」

 

 そこはホームセンターの駐車場ではなかった。

 アスファルトの熱気も、車のエンジン音も消え、代わりに肌を刺すようなひんやりとした冷気と、カビ臭いような、古めかしい石の匂いが鼻をつく。


「おお……! なんという輝きだ! 3人も同時に勇者候補が現れるとは!」

 

 鑑定官の興奮した声が響く。

 中心にいるのは、運動部のアタッカー然とした男子、いかにも秀才そうなメガネの男子、そして勝ち気な笑みを浮かべた女子高生の3人だ。

 

 彼らの鑑定の結果では、【聖騎士】【賢者】【聖女】といった、いかにも「なろう」なステータスが躍っている。

 

「マジかよ、俺たち最強じゃん!」

「これでもう、受験勉強ともおさらばね」

 

 自分たちが主役であることを疑わない若者たちが騒ぐ中、列の最後尾で、俺は完全に取り残されていた。

 

 すると、一人の老魔術師が、怪訝そうに列の端を指差した。

 

「……む。あれ、あちらにも1人いますぞ」

 

 その言葉に、その場の全員の視線が俺に突き刺さる。

 新品のインパクトドライバー入りのレジ袋を握りしめるくたびれた35歳。

 

「……あ、どうも。佐藤です」

 

 反射的に、営業先でやるような中途半端な会釈をしてしまった。

 若者たちが「誰、あのおっさん?」という目で見つめる中、鑑定官が渋々といった様子で俺に水晶を差し出す。

 

 結果は――

 

「……【日曜大工】? 攻撃魔法も、聖剣の加護も、何もないのか?」

 

 鑑定官の声が、失望を通り越して呆れに変わった。

 それまで自分たちのステータスに酔いしれていた女子高生が、我慢できないといった風に吹き出した。

 

「ははっ! ウケる! おじさん、スキルの名前『日曜大工』だって!」

「日曜大工って……あの、お父さんが休日にベランダでトントンやってるアレでしょ? 戦う気ゼロじゃん」

 

 若者3人の冷ややかな笑い声が、冷たい石造りの広間に反響する。

 

「救世主を呼ぶ儀式で、ゴミが混じるとはな……」「国王に何と伝えれば……」という鑑定官の小さな呟きが、俺の耳にははっきりと届いていた。

 

(……ゴミ、ね。まあ、会社でもよく言われたっけな)

 

 その後、仰々しい扉の向こうで国王との謁見が行われた。

 勇者候補として期待を寄せる国王。だが、鑑定結果を聞いた瞬間の「……あ、そう」という露骨な落胆の表情を、巧は見逃さなかった。

 

 若者たちが「魔王討伐の旅」について熱弁を振るう中、俺は一歩前に出ると、かつてクレーマーを沈めた時のような完璧な角度で頭を下げた。

 

「陛下。私は戦闘の素養もございません。皆さんの足手まといになるのは本意ではありませんので、早急に辞退させていただきたく。つきましては、当面の生活費だけ融通していただければ、あとは自分の腕(DIY)でなんとかいたします」

 

 その落ち着き払った態度に、国王も「話のわかるおっさんだ」と安心したのだろう。

 

 手渡されたのは、革袋に入った10枚の金貨。

 

「よし。これを持って、城下で細々と暮らすがよい」

 

「ははっ。ありがたく」

 

 ***

 

 重厚な城門が、背後で重々しく閉まる。

 

「……ふぅ。とりあえず、定時(?)で帰れたわけか」

 

 空はどこまでも青い。空気は澄み、街ゆく人々はファンタジーな衣装を着て活気に満ちている。

 一方で、俺はと言えば、クリーニングに出したばかりのセーターに、手にはホームセンターのレジ袋。

 

(……いや、どう見ても場違いすぎるだろ、これ)

 

 すれ違う住人たちが、「なんだあのおかしな格好の男は?」とヒソヒソ声を漏らしているのがわかる。職務質問のない世界だといいんだが。

 

「とりあえず、服でも買うか……」

 

 まずはこの「現代社会の制服」を脱ぎ捨てて、この世界に馴染む必要がある。

 

 革袋に入った金貨の重みを確かめながら、俺は早速勇者召喚で賑わっているメインストリートらしき通りを歩き始めた。


 ***


「いらっしゃい!あまり見かけない容姿だね。東の国の商人か何かかい?」

 

 店主は恰幅の良いおばさんで、珍しい客を品定めするように眺めている。

 

「あはは。まあ、そんなところです。服を一着欲しいんですが……」

 

「これとかはどうだ? 似合いそうだぞ」

 

 おばさんが差し出してきたのは、深い緑色の丈夫そうなチュニックと、茶色の革のズボン。それに厚手のベストだ。

 

「……ほう」

 

 手に取ってみると、生地は少しゴワついているが、驚くほどしっかりしている。


 何より、このベストの胸ポケット。このサイズ、ちょうど俺のビットセットが収まりそうじゃないか。

 

「いいですね。これ、試着しても?」

 

「もちろんだよ! 奥のカーテンを使いな」

 

 慣れない異世界の着替えを済ませ、ついでにセーターは袋に押し込んだ。

 

 鏡(といっても少し歪んだ金属板だが)の前に立つと、そこには「ちょっと小綺麗な異世界の村人」に擬態した35歳がいた。

 

「うん、悪くないな」

 

「似合うじゃないか! 旅の人にしては落ち着いた雰囲気だねえ」

 

 俺は苦笑いしながら、革袋から金貨を一枚取り出した。

 

「これで足りますか?」

 

「おやおや、金貨かい!? 釣り銭を出すのが大変だよ。……ちょっと待ってな、今計算するから」


 お釣りとして渡されたのは銀貨95枚。


 諸々で銀貨5枚と考えると、銀貨1枚で1000円くらいだろう。そうすると、手持ちは100万円くらいか。

 

 いや、あの国王見た目通り太っ腹だな。


「――また使ってくれよ!」


 おばさんの威勢の良い声に見送られ、俺は店を出た。

 

 ずっしりと重くなった銀貨の入った袋を、新調したベストの頑丈なポケットにねじ込む。

 俺は行き交う馬車や、露店を冷やかす人々を避けながら、少し通りを外れた。

 

 大通りは賑やかでいいが、宿代も高そうだし、何より目立つ。

 

「……お、あそこはどうだ」

 

 視界に入ったのは、メインストリートから一本入った路地裏に建つ、三層立ての石造りの建物だった。

 

 看板には、掠れた文字で『さえずり亭』とあり、鳥が枝に止まっている素朴な絵が描かれている。

 

 入り口のドアが少し傾いていて、開け閉めするたびに「ギギィ……」と嫌な音を立てているのが、DIY好きとしては……正直、そそる。

 

「ごめんください」

 

 中に入ると、薄暗い店内に、カウンターで居眠りをしている初老の男が一人。

 

 俺の声にビクッと肩を揺らし、男は眠そうな目をこすりながら顔を上げた。

 

「……んあ? 泊まりか?」

 

「ええ。一晩……いや、空き物件が見つかるまで数日はお願いしたいんですが……」

 

「……そうかい。空いてる部屋なら腐るほどあるよ。二階の一番奥、4号室だ。一晩、銀貨2枚。朝食はやってないから、外で勝手に済ませてくれ」

 

 店主はやる気なさげに鍵をカウンターへ放り投げると、またすぐに深い眠りへと沈んでいった。

 

 俺は苦笑いしながらその鍵を拾い上げ、軋む階段を上っていく。

(一段踏みしめるたびに「ミシッ」と足の裏に伝わる振動。構造上の欠陥か、それとも単なる経年劣化か……。 いけない、今はただの客として振る舞わなくては……)

 

 4号室の扉を開けると、そこには六畳ほどの空間があった。

 石造りの壁、古びたベッド、小さな丸テーブルと椅子が一脚。窓からは夕暮れに染まり始めた街並みがわずかに見えた。

 

「……ふぅぅぅぅぅぅぅ」

 

 誰に聞かせるでもない、深い溜息が漏れた。

 慣れない異世界の着替えを終え、ようやく一人になれた瞬間。

 さっきまでの緊張が、足元からじわじわと抜けていくような感覚だった。

 

「……なんだろうな。本当に、来ちゃったんだな」

 

 つい数時間前まで、俺はホームセンターの駐車場で、明日から始まる「月曜日の会議」の進捗報告をどう言い訳しようか考えていたはずだ。

 それが今や、正体不明のスキルを背負わされ、見ず知らずの街の、見ず知らずの安宿にいる。

 こんなにワクワクするのは久しぶりだ。

 今まで読んでいた側が、読まれる側なんて想像すると胸がはじけそう。

 まずは、ステータスというものを見ないとな。

 

「ステータス、オープン――」

 

 目の前に、淡い半透明のブルーに光るパネルが浮かび上がる。

 

「お、本当に出るもんなんだな……」

 

 かつてラノベの中で何度も目にした光景。実際に自分の眼前に現れると、中年男の心にも小さな高揚感が宿る。


 

【 名 前 】 佐藤さとう たくみ

【 年 齢 】 35

【 職 業 】 無職

【 レベル 】 1

【 体 力 】 120

【 魔 力 】 10

【 攻撃力 】 40

【 防御力 】 80

【 俊敏性 】 65

【 スキル 】 ホームセンター(オンライン)

【固有スキル】 日曜大工


「本当に『日曜大工』とは」

 

「……ぐぅぅぅ」

 

 静まり返った4号室に、情けない音が響いた。

 そういえば、朝に食パンを一枚食べたきりだ。

 異世界召喚だの、鑑定だの、王様との謁見だので神経をすり減らし、完全に空腹であることを忘れていた。

 

「……まずは飯だ。腹が減ってはなにもできん」

 

 俺はベッドに置いたインパクトドライバーを、とりあえず目立たないように古びた毛布の下へ隠した。

 さすがにこれを持ち歩いて歩くのは、この街では「異形の武器」に見えかねない。

 

 銀貨が詰まった袋をしっかりベストのポケットにねじ込み、俺は再び「ミシッ、ミシッ」と鳴る階段を下りていった。

 

「……おじさん、この辺で安くて美味い飯屋、知らないか?」

 

 カウンターで微睡んでいる店主に声をかけると、彼は片目だけを開けて面倒くさそうに指を差した。

 

「……通りに出て右だ。三軒先に『赤豚の足跡亭』ってのがある。見た目は汚いが、味と量だけは保証するよ」

 

「そいつは助かる。ありがとう」

 

 外に出ると、街はすっかり夜の帳が下りようとしていた。街灯の代わりに、淡く光る石――魔導具だろうが等間隔で灯り始めている。

 

「赤豚の足跡亭」という物騒な名前の店を探して歩き出すと、どこからか肉を焼く香ばしい匂いと、スパイスの刺激的な香りが漂ってきた。

 

(……この匂い、たまらんな)

 

 俺の足取りは、自然と早くなった。


「へい、いらっしゃい! 何名?」


「1人です……」


 俺はカウンター席に案内された。


「へい、お待ち! 今日の日替わり、『赤豚のスペアリブ・黒麦酒煮込み』だ!」

 

 目の前に置かれたのは、暴力的なまでのボリュームを誇る肉の塊だった。濃褐色のソースが煮立ち、湯気と共に食欲をそそるスパイスの香りが鼻腔をダイレクトに突き抜ける。


 付け合わせには、ゴロゴロとした蒸し芋と、見たこともないほど太いアスパラガスのような野菜。

 

「……いただきます」

 

 俺はナイフを入れようとして、その柔らかさに驚いた。

 力を入れるまでもなく、肉が骨からホロリと外れる。口へ運ぶと、黒麦酒のコクと肉の脂身が舌の上で溶け合い、噛みしめるたびに野性味溢れる旨味が溢れ出した。

 

(……うまい。なんだこれ、日本のレストランで食うより贅沢じゃないか?)

 

 芋をソースに絡めて放り込み、冷えたエールで流し込む。喉を焼くような酒の刺激が、空腹の胃に染み渡る。会社での中間管理職の苦労も、異世界召喚の混乱も、この一口でどうでもよくなってくる。

 

 無我夢中で食らいついていると、隣の席に座っていた中年の男が、じろじろと俺の顔を覗き込んできた。

 

「……なあ、あんた」

 

「はい? 何でしょう」

 

 俺は口の端のソースを拭いながら、営業スマイルを浮かべた。

 

「あんた、さっき城に入っていった『勇者様』たちと似たような顔立ちをしてるな。……もしかして、あの方々の知り合いか?」

 

 その言葉に、酒場がわずかに静まり返った。周囲の視線が、一気に俺へと集まるのがわかる。

 

「いやあ、助けてほしいんだよ。俺の村は魔物の被害でボロボロなんだ。勇者様なら、王様に掛け合って兵を出してくれるよう頼めないか? あるいはあんたが魔法でサクッと……」

 

「いえ、別人です。人違いですよ」

 

 俺は食い気味に、そして明確に拒絶の意を示した。

 35歳の処世術が、本能的に警報を鳴らしている。ここで「知り合いです」なんて言おうものなら、勇者たちの不祥事まで背負わされるか、過度な期待という名の借金取りに追われることになる。

 

「俺はただの、通りすがりの大工です。魔法なんて使えませんし、彼らとは縁もゆかりもありませんから」

 

 男は「ちぇっ、外れかよ」と吐き捨て、またジョッキに口をつけた。

 周囲の熱も急速に冷めていく。だが、俺の心臓は少し早鐘を打っていた。

 

(マズいな……。黒髪でこの顔立ち、この街じゃ目立ちすぎる)

 

 あの若い勇者たちが派手に立ち回れば回るほど、似た容姿の俺も注目を浴びる。

 もし彼らが傲慢な振る舞いをしたり、逆に誰かの恨みを買ったりすれば、その火の粉は真っ先に「城下に残ったおっさん」の俺に降りかかるだろう。

 それに、あの鑑定官や国王の顔を思い出す。今は金貨をくれたが、いつ「役に立たないなら兵士の訓練台にでもしろ」なんて言い出すか分かったもんじゃない。

 

(この国に居続けるのは、リスクが高すぎるな)

 俺は最後の一口を飲み込み、多めに銀貨をテーブルに置いた。

 

「ごちそうさん。美味かったよ」

 

 店を出ると、夜風が火照った頬を冷やした。

 宿に戻ったらすぐに荷物をまとめよう。明日の朝一番の馬車か、あるいは自力ででも、この王都を離れる。

 幸い、俺には「ホームセンター」という心強いスキルと、なけなしの硬貨があるしな。

 

「……よし。誰も俺を知らない場所で、静かにガレージでも建てるか」

 

 俺は路地裏の『さえずり亭』へ向かって、足早に歩き出した。


***


「さえずり亭」の4号室に戻り、扉にかんぬきをかけると、俺はさっそくベッドに腰を下ろした。


「さて……問題はこれだ」

 

 目の前に浮かぶ半透明のパネル。その中の【ホームセンター(オンライン)】という文字を指でつつく。

 

 すると、視界がパッと切り替わり、見慣れた、しかし異常に洗練された「商品検索画面」が表示された。

 

「……マジか。これ、本当にスマホの画面みたいだな」

 

 カテゴリー欄には【木材・資材】【金物・工具】【キャンプ用品】【防犯・防災】……と、現実のホームセンター顔負けのラインナップが並んでいる。

 

 しかも、隅の方に表示されている「現在の所持金」が、ポケットの中の銀貨と連動しているらしく、リアルタイムで換算されていた。

 

「明日この国を出るなら、野宿も覚悟しなきゃいけない。……まずはこれだな」

 

 俺は画面をスクロールし、いくつかのアイテムを「カート」に放り込んでいく。


【高性能マルチツール】→「ペンチ、ナイフ、ドライバー…これ一つで何でもできる」

【ブルーシート】→「雨風や泥から資材を守る必需品」

【パラコード】→「荷物固定、緊急時のロープ代わりに」

【ライター】→「火起こしや料理にも使える万能アイテム」

 

「よし、これなら新調したベストのポケットと、元々持ってたレジ袋に収まるな」

 

 再びボタンを押すと、今度はカラン、と軽い音を立てて小物が転がり出た。

 

 俺はレジ袋の中に、さっきのインパクトドライバーと、新しく買った資材をパズルのように隙間なく詰め込んでいく。

 

「……ふぅ。これでよし」

 

 見た目は「ホームセンターの帰りに異世界へ迷い込んだおじさん」そのものだが、中身は最新技術の結晶だ。

 

 窓の外では、まだ勇者誕生を祝う酒宴の騒ぎが遠くから聞こえてくる。

 あいつらは明日から、豪華な馬車と騎士団に守られて旅に出るんだろう。

 

「ま、あっちにはあっちの、こっちにはこっちの『物語』があるってことか」

 

 俺は最後に、オンラインショップの隅に売っていた【養生テープ】を追加で購入し、レジ袋の持ち手部分を補強した。手が痛くならないための、ささやかな、しかし重要な「日曜大工」の知恵だ。


「……さて、明日は早いぞ」

 

 俺は、補強したレジ袋を枕元に置き、古びたベッドに横たわった。

 

 ギィ、とスプリングが不機嫌そうに鳴るが、今の俺にはこの質素な静寂が心地よい。

 窓の隙間から入り込む夜風が、さっきまで食っていたスペアリブの残り香を運んでくる。

 腹は満たされ、装備も(レジ袋一つ分とはいえ)整った。

 あとは、35歳の体に蓄積した一日分の疲れをリセットするだけだ。

 

「……あ、そうだ」

 

俺は眠りに落ちる寸前、ふと思い立って、ステータス画面の「オンラインショップ」にある一つの項目をタップした。


 【耳栓(作業用・高遮音タイプ)】


 これを耳にねじ込むと、遠くで響く勇者様たちの浮かれた宴会の騒音も、階下の店主のいびきも、嘘のように消え去った。

 

「よし。これなら、月曜の朝……じゃなかった。異世界の朝を最高のコンディションで迎えられる」

 

 明日、俺はこの王都を出る。

 魔王も救世も、キラキラした若者たちに任せておけばいい。


「おやすみ、俺。……お疲れ、俺」

 

意識がゆっくりと、深い闇の向こうへ沈んでいった。


(残り、金貨 9枚 / 銀貨 70枚)


***


 翌朝、耳栓を外すと同時に、小鳥のさえずりと市場の設営が始まる活気ある音が部屋に流れ込んできた。

 

「……ん、意外とよく寝れたな」

 

 35歳の体は正直だ。慣れない石造りの建物の冷気で節々が少し固まっていたが、睡眠の質自体は悪くない。俺は手で顔を擦り、養生テープで補強した「最強のレジ袋」を掴んだ。


 一階へ下りると、昨夜の店主が相変わらずカウンターで突っ伏していた。

 

「おじさん、チェックアウトだ。鍵、ここに置いとくよ」

 

「……んぁ? ああ、勝手に行きな。達者でな……」

 

 俺は店主の背中に軽く手を振り、朝日が差し込む路地裏へ踏み出した。

 

 大通りはすでに、昨夜の浮かれモードを引きずったままの若者や、朝一番の荷を運ぶ商人たちで混み合っている。

 

「さて、まずは交通手段の確保だな」


 王都を離れるには、西門から出ている「乗り合い馬車」が一般的らしい。宿の店主から聞いた話では、隣の領地まで数日かけて移動する便が定期的に出ているとのことだ。

 

 門に近づくと、巨大な石造りのアーチの下で、立派な鎧を着た門兵たちが目を光らせていた。

 

(あそこに並ぶのはリスクが高いか……?)

 

 昨夜の「勇者似の男」という指摘が頭をよぎる。勇者一行が今朝出発するのであれば、その前に「偽物」や「関係者」として足止めを食らうのは避けたい。


 俺は一旦門から離れ、少し離れた資材置き場のような一角に身を隠した。

 

 ここで「ホームセンター(オンライン)」の出番だ。

 

「……目立たないように、かつ機能的に。変装というよりは、装備のカスタマイズだな」

 

 俺は空中にパネルを出し、昨日買った緑のチュニックに合うアイテムを探す。

 

【超強力防水スプレー】→「この世界の布製品に吹き付け、突然の雨にも対応できるようにする」

【迷彩柄のバンダナ】→「首に巻いて顔のラインをぼかし、髪を隠す」

【折りたたみ式軽量踏み台】→「椅子代わりにもなり、荷台への乗り降りも楽になる」

 

「よし、これで『地方から出てきた、ちょっと道具に凝ってる木工職人』に見えるはずだ」

 

 購入したアイテムが現れる。

 

 さっそくスプレーを服全体に吹きかけ(独特の溶剤の匂いがするが、すぐ消えるだろう)、バンダナを深く巻く。

 

 ついでに、レジ袋のままだとさすがに不審なので、ショップで売っていた【帆布製の頑丈なトートバッグ】を購入し、中身をすべて詰め替えた。

 

「……ふむ。しっくりくるな」

 

 水たまりの反射で確認すると、そこには「ベテランの現場監督」のような、妙に説得力のあるおっさんが立っていた。

 

 俺は自信を持って西門へと歩き出した。

門兵は俺の顔を一瞬見たが、首に巻いたバンダナと、肩にかけた使い込まれた風合いのバッグ(新品だが)を見て、

 「職人の移動か」と判断したのか、あっさりと通してくれた。

 

「おい、そこの職人さん! 乗り合い馬車はあっちだぞ!」

親切な門兵の声に、「ありがとうございます!」と現場仕込みの野太い声で返し、王都の西門を出てすぐ、俺はカザリ行きの大型馬車に乗り込んだ。

 

 乗客は俺を含めて5人――行商人の夫婦、出稼ぎ風の若い男、そして、やたらと大きな背負い袋を持った、どこか世捨て人のような雰囲気の老人だ。

 

「……ふぅ。お隣、失礼しますよ」

 

 俺は「職人です」という空気感を出しながら、老人の向かいに腰を下ろした。

 

 窓の外には、王都のそれよりも一回りも二回りも太い木々が立ち並ぶ、深い原生林が広がっている。

 

「……いい木ですね。あの太さなら、通し柱にしても一生モノだ」

 

 俺がぼんやりと独り言を漏らすと、向かいの老人がふっと口角を上げた。

 

「……ほう。あんた、木が見れるのか」

 

「いえ、ただの趣味ですよ。……自分も職人の端くれなもので、つい」

 

「そうかい。……あんたが向かっている『ロウトス』は、いい街だぞ。王都の連中はあそこを『煤けた辺境』だなんて馬鹿にするが、あそこには本物の火がある」

 

 老人の話によると、ロウトスは古くから石工と木工、そして鍛冶が共存する職人特化型の街らしい。

近くの山からは質の高い石材と、粘りのある良質な木材が同時に採れるため、それらを組み合わせた「混構造」の建築が盛んなのだという。


 そんなとりとめもない会話を交わしながら、王都から乗り合い馬車に揺られること丸一日。俺が降り立ったのは、王国の北西端に位置する街『ロウトス』だった。

 

 ここはかつて鉱山で栄えたらしいが、今はその熱も冷め、王都に比べると随分とのんびりしている。だが、職人崩れや流れ者が多いこの空気感は、今の俺にはちょうどいい。

 

「……さて。不動産屋、なんてものはないよな」

 

 俺は街のギルド……ではなく、あえて路地裏の「建具屋」や「古道具屋」を回り、聞き込みを開始した。これも営業時代の鉄則だ。本当に掘り出し物の物件情報は、公的な場所よりも現場の親父たちの口にある。

 

「……あぁ? 誰も住んでねえ家か。そりゃあ、街の外れ、森の入り口にある『元・見張り小屋』なら空いてるぜ。呪われてるだの幽霊が出るだの言われてるが、単にボロすぎて誰も住めねえだけだ」

 

 安酒を奢った古道具屋の店主から得た情報は、まさに「当たり」だった。


「ありがとよ!」


「呪われてる」だの「幽霊が出る」だの、地元民が敬遠する物件というのは、裏を返せば「誰も来ない=最高の工房」という意味だ。

 

 親父の言う通り、俺はロウトスの街を抜け、北西の境界へと向かった。

 街の賑やかさが遠のき、代わりに木々のざわめきと、冷たい土の匂いが強くなってくる。

 

「……あそこか」

 

 緩やかな坂を登りきった先、鬱蒼とした森の境界線に、その『元・見張り小屋』は立っていた。

 

 二階建ての石造りと木造の混構造。

 だが、経年劣化で壁の石は一部崩れ、二階のテラスだったと思われる木材は、無惨に腐り落ちている。

 

 俺は作業着の袖をまくりあげた。

 

 35歳、独身、異世界。

 魔王を倒す予定はないが、このボロ家を劇的にビフォーアフターさせる予定は、パンパンに詰まっている。

 

 まずはオンラインショップで【防塵マスク】と【作業用ゴーグル】を検索。

 

「DIYの基本は、安全第一だからな」

ガチ勢・佐藤巧の、異世界リフォーム生活が幕を開けた――


 (残り、金貨 9枚 / 銀貨 55枚)

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