別れた夫に送る手紙
拝啓
厳しい寒さが続いておりますが、いかがお過ごしでしょうか。風邪をひいてはいませんか。
一人暮らしは慣れましたか。
お酒を飲みすぎていませんか。ちゃんと温かくして寝ていますか。栄養のある食事を摂っていますか。
あなたのことですから、きっとその場しのぎの楽しさを繰り返し、有り余る体力を毎日存分に使い切っていることでしょう。
明けましておめでとう、というあなたからのLINEに返信しなかった私の意図を、どうかお汲み取りください。
明けましておめでとう。そんなたった一言すら返せなかった。返したいとも思わなかった。少しのやりとりさえ、もうあなたとしたくないのです。
そんな私がどうしてこのような手紙を書くことになったかという理由は、後々綴りますので悪しからず。
別れてもうすぐ四ヶ月が経ちますね。とてもあっという間でした。
私からすれば、あなたと過ごした日々のとくに最後の方がずっと長く感じました。あれは私が生きてきた中で、最もと言っていいほどの地獄でした。
別れたすぐ後は寂しさや虚しさ、これからの人生への不安、あなたへの情、未練のようなもの、怒り、そんな色々な感情が渦巻いて行ったり来たりを繰り返していました。
苦しくもあり、やけに清々しくもある。まるで自分の中に二つの人格があるようでした。
しかし時間というのは本当に凄いものです。時が経つごとにあなたを思い出さない瞬間がどんどん増えていき、楽しい趣味や友達との時間を過ごしていくうちに、私はまた心から笑えるようになりました。
呪縛から解き放たれたように、今の人生が大変楽しいのです。だからまず、あなたが私と別れることを決めてくれたことに心から感謝したします。
離婚届を出す前、本当にこれでいいの?と何度も確認した私に、頷いてくれてありがとう。
縁があればまた一年後くらいに自然に連絡を取り合っているよ、と軽い発言をしたあなたに、離婚するということは私と会うことはもう二度とないと思ってください、と言いました。私がそこまで言っても離婚する意思を変えないでいてくれて、本当にありがとう。
今私がこうして楽しい日々を送れているのは、あなたが軽はずみに離婚を選んでくれたおかげです。
あの時私が何度も確認した理由を、勘違いしてはいませんか。あなたのことが好きでどうしても離婚したくないから、だなんて思っていませんか。
私が最後の最後まで確認したのは、他の何でもなく私自身のためです。最終の判断はあなたに委ねたかった。もし自分の意思だけで離婚を決めきってしまったら後悔するかもしれないとわかっていたからです。そしてあなたの決意は最後まで揺るがなかった。
「人としては好きだけど、女としての好きが全くないからなぁ」「困ったらいつでも呼んでよ」「別れても何かあったら君に相談とかしてしまうかも。誰よりも俺を理解してくれてる人だし」「でも離婚は絶対にする。俺は覚悟したから」
笑いながら平気でそんなことを言うあなたと、離婚届を出すまでの間一緒に暮らすなんて耐えられなかった。
全て痴話喧嘩で終わらせて、離婚なんて馬鹿なことを言わないで生活を続けていてもよかった。それなのにあなたは、絶対に離婚すると揺るがなかった。
今は別れたいから離婚する。でもまた戻りたくなったら、私がいつでも戻ってあげるとでも思っていたのですか?
結婚前のことを覚えていますか。
傷付けた私にあなたは言いましたね。「必ず幸せにする」「大切にする」「別れたらもう俺やっていけない。これからは絶対にくだらないことをして君を傷付けたりしないから、俺と結婚してください」
信じた私が馬鹿だった。でも信じたことを、後悔していません。
もしあの時あなたを信じていなければそれはそれで、ありもしない幸せな未来を想像してはやっぱりあなたと一緒になるべきだったのかなと未練たらしく思ってしまいそうだったから。
だからちゃんと信じた。そしてちゃんと裏切られた。
いとも簡単に約束を破り、私の友達の前で無様に逆ギレしたあなたを、私はもう愛せなかった。でも、それでも愛そうとした。だから私はおかしくなってしまったのです。
世の夫達が、喉元まできても決して口にしてはいけないとわかっている言葉を、あなたは全部言いましたね。その点に関しては私もおあいこかもしれませんが、そもそもあなたが初めにくだらないことをしなければ私はあんなこと言わなかった。
信じていた分、愛していた分、人は深く傷付くのです。
結婚前に一度逃げようとした私をあなたは捕まえ、結婚し、グチャグチャに傷付けて、捨てるように離婚を選んだ。
私にも至らなかった点が沢山あったことは否めません。
別れた後、自分を責めたりもしました。
それでも前を向いて歩いていこうと、健気に一つ一つの用事をこなしていました。
あぁ、どうして離婚というのは、女ばかりがこうも忙しいのでしょう。
同じ手続きでも、結婚したときと離婚したときでは気持ちがまるで違います。
結婚届を出したこと以外、あなたは何の手続きもしていませんでしたね。住民票すら移していなかった。
そんなあなたからすれば、離婚は紙切れ一枚の話だったのでしょう。だからあんなに軽々しく離婚ができた。
しかし私は違います。会社に提出するだけでも四枚の書類を書きました。苗字が変わった理由のところに「離婚」と書いて出す気持ちがあなたにわかりますか。
住民票、マイナンバーカード、免許証、保険証、数枚のクレジットカード。それらの変更にどれだけの労力を費やしたことでしょう。病院に行く度にも、名義変更するためかなりの時間を取られます。
今こうして落ち着いて楽しめるようになるまで、私はとても忙しかったのです。
私が一人で乗り越えてきたその間、あなたは飲みに行きまくって、早速知り合った新しい女達と遊び呆けていましたね。
「このままだったら不倫してしまうかもしれない。そうなったら本当に憎しみ合ってしまうことになる。君とはそんな関係になりたくないから、離婚したい」
今思い出せば笑ってしまうくらいのおかしな台詞です。
このままだったら不倫してしまう?憎しみ合いたくない?よく言えましたね。本当に凄いと思います。
離婚届を出す二日前、私がすでに実家に帰っていた頃、あなたはラブホテルへ行っていましたね。レシートを見つけた時は指が震えました。さすがにそこまで最低だとは思っていなかったのです。
他の女への欲望がそんなに抑えられなかったのですか。
いつかのあなたの母親の口癖を思い出します。「この子はね、釣った魚に餌を与え続ける子なの」
親子揃って、夢でも見ているのでしょうか。
私のあなたへの感情が全て怒りに変わり、自分は何も間違っていなかったと救われたのは、別れて二ヶ月後にあなたからのLINEがきたせいです。
「生きていても苦しい」「毎日辛い」「君といた頃が一番幸せだった」「他の女は信用できない」「君だけが俺を理解してくれている」「お願いだから明日会えないか」「俺は君と再スタートしたいと思っている」
こんなに馬鹿な人がこの世にいるのかと、信じられない気持ちでした。
正直、ざまあみろと思いました。私の勝ちだと、嬉しくなりました。
気付いた頃には遅いのですよ。私はもう二度とあなたのものにはなれません。
時間が経てば経つほどとんどん怒りが込み上げてきてたまりませんでした。
「離婚をなめていた」「離婚を軽く見ていた」とあなたは言いました。そりゃあそうでしょう、住民票すら移していなかったあなたは離婚届さえ出せばそれで終わりなのですから。
別れた後の様々な行動のせいで、私のあなたへの愛情はゼロ、むしろマイナスになりました。さすがにもう愛することも信用することも不可能です。再スタートなんてできるわけがありません。
「散々傷付けて、散々振り回してごめんなさい。だけど俺もう限界だから、どうか明日会って」
それに私が応えるとでも思いましたか?一度頭を打った方がいいでしょう。
あなたに費やす時間がもったいない。思い出したりする時間すらもったいない。
LINEのやり取りすら、もうしたくない。LINEをすると、どうしても怒りの気持ちを送ってしまう。けれどもう言いたいことは全部言ったし、あなたに変なタイミングで未読されるのも腹が立つ。
もう私の人生に関わらないでください。これ以上、私の人生を振り回さないでください。
離婚してから色々と大変ではあったものの、近頃なんだか全てが上手くいっているような気がします。
あなたとの縁を断ち切ってから、運気が上昇しているみたいです。
あの頃は、私があなたの足を引っ張っているんじゃないか、なんて狂った考えをしたりもしていましたが、それは逆だったのだと今になってやっと気付きました。
だって私は、何も悪いことをしていないんだもの。
ただあなたを愛し、信じ、向き合おうとしただけ。
そしてあなたはくだらないことをして傷付け、私から逃げ、後悔して、また捕まえようとしている。
その時その時の感情で動いているあなたはとても人間らしいですが、私はもうそれに付いていけません。いつまでのあなたに私の貴重な時間を奪わせるわけにはいかないのです。
大好きだったし愛していたのは私も同じです。だから結婚した。だからあのとき別れず、あなたの言葉を信じて受け入れた。その選択には、全く後悔していません。
大好きだった分、愛していた分、信じていた分、反動がとても大きいのです。どうかお察しください。
たくさんの気持ちを経験させてくれて、本当にありがとう。あなたとのあれこれは間違いなく私を成長させたし、これからの幸せの糧になると思います。
色々あったけど出会えてよかった。それは事実だし、素直にそう言える自分を誇りに思います。
そしてこれほどまであなたと関わりたくないと思っている私がどうして今こんな手紙を書いているかというと、紛れもなく自分自身のためです。
時々、あなたの夢を見るのです。そのどれもが、嫌な夢です。これをトラウマと呼ぶのでしょうか。
あなたに傷付けられた過去を、さらにもっと拡大して盛ったような、起きた後に嫌な後味のある夢です。
これはきっと後遺症みたいなもので、いずれ夢にすら出てこなくなるのだとわかってはいるのですが、あいにく今の私には新しい恋人もおらず、あと一歩の浄化が必要だと思いました。
未だにふつふつと腹の中に煮えくり返っているあなたへの怒りを、以前のように怒りのままぶつけるのではなく、あくまで冷静な精神状態で言葉にして伝えたくなった。そうすれば嫌な夢を見ることもあまりなくなるような気が、なんとなくするのです。だから手紙を書くことにしました。
二十一歳から二十七歳までの私の良い時代を奪っておいて、軽い気持ちで離婚を選んだあなたを、私はまだ許せそうにありません。でも、無理に許す必要もないと思っています。
正直、大嫌いです。でも、ちゃんと大嫌いになれてよかった。
いつか嫌いという感情すら湧かなくなるのでしょう。その頃には私はきっと、今よりもっともっと幸せで、楽しく暮らしているでしょう。
私があなたと戻る気がないのは、あなたのせいです。
私があなたと戻れないのは、あなたのおかげです。
長くなったけれど、ここまで読んでくれてありがとう。
もちろん返事は要らないので私の住所は書きませんし、何のゆかりもないところまで行ってポストに投函する予定です。
末筆ながら、ご自愛のほどお祈り申し上げます。
敬具
令和八年一月二十日
花崎四葉
太田誠一様
お読みいただきありがとうございます。
去年離婚したので、実体験を基に書きました。
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