貴族の次期頂点に婚約者を取られたけど不良物件なのでどうぞご自由に持って行ってください
「……というわけで、貴様との婚約は破棄させてもらう!」
王太子であるジルベールは、自信満々の表情でそう言い放った隣には、いかにも令嬢然とした華やかなカナディスが腕を組んで立っている。
婚約者であるはずのベアインは、突然の言葉に目を瞬くことしかできなかった。
庭園の陽光が、ジルベールの金髪をきらきらと照す。
「え……?殿下、それは一体……?」
初耳だ。
「何を惚けたことを!貴様の陰湿な性格、無能さには我慢がならん!カナディス嬢こそ、わが国の未来を照らす光!貴様のような暗い存在は不要!」
カナディスは、これ見よがしにジルベールの腕に擦り寄ってみせる顔には、勝利の色が滲み出ていた。
「ベアイン様、ご愁傷様ですわ。身の程知らずにも殿下の友人でいようなんて、百年早かったのです」
周囲の貴族たちも、面白がるようにこちらを見ている。
ああ、またいつもの光景、格好の道化なのだろう。
「……分かりました」
意外なほど冷静に、答えた。
騒ぎ立てても無駄で、ジルベールは一度決めたら聞かないし、カナディスは常に彼に寄り添い、こちらを貶めることしか考えていない。
「はっ……よろしい。では、婚約破棄ということで」
言い放つとジルベールは満足そうに頷いた。
「当然だ!二度と我々の前に姿を現すな!」
カナディスは勝ち誇ったように笑い「せいぜい、辺境の地で寂しく暮らすといいわ!」と付け加えられても、二人に向かって軽く頭を下げ、踵を返した背後では、嘲笑が聞こえる。
(辺境か……ま、悪くないかもしれない)
王都の喧騒と陰謀にまみれた生活に正直、疲れて庭園を後にし、自室へと戻る途中ふと空を見上げればどこまでも広がる青空に、白い雲がゆっくりと流れていく。
(そうだ。この際だから、一度故郷に帰ってみようかな)
故郷は、王都から遥か西にある小さな村、両親は既に他界しているが、温かい人たちが暮らしていると聞いている。
荷物をまとめ、王都を出る準備を始めた心は、意外なほど穏やかで失ったものよりもこれから得られるかもしれない自由への期待の方が大きかったのかもしれないと数日後、一人、馬車に揺られて王都を後に。
窓から見える景色は変わっていく。
緑豊かな大地、清らかな川の流れるそれらは、王都のきらびやかな装飾とは対照的な、素朴な美しさを持つ旅の途中、一人の少女と出会うことになる。
深い森の中で、魔物に襲われているところを助けた、不思議な瞳を持つ少女──ヴァニア。
「あ、あの……助けていただき、ありがとうございます」
不安そうに見上げた瞳は、吸い込まれそうなほど深く、どこか悲しげ。
「気にしないで。君は大丈夫かい?」
「はい……あの、わたし……」
ヴァニアは、自分の名前と、故郷を離れて旅をしていることを話してくれたし、特に目的はないという彼女に、故郷の村まで一緒に来ないかと誘ってみた。
「もしよろしければ、故郷の村まで来ませんか?小さな村ですが、温かく暮らしていますから」
ヴァニアは少し迷ったようだったが、やがて小さな声で「……はい」と答えた。
こうして、婚約破棄された元男として、不思議な少女ヴァニアと共に、故郷を目指す旅を始めることになったこの出会いが、運命を大きく変えることになるとは、まだ知る由もなく。
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