9 【上位存在】を司る美少女ツクヨミ
王都への道中、俺たちはガーレルと王都の中間に位置する都市で一泊することになった。
ディオーネの一行が手配してくれた宿は、この都市で一番だというだけあって、かなり豪華なものだった。
通されたのは広々とした個室で、一人で使うにはもったいないくらいだ。
明日の朝にはここを出発し、王都に到着する予定となっている。
「これからどうするかな……」
部屋に一人きりになり、俺はベッドに腰掛けながらつぶやいた。
勇者パーティを追い出され、死にかけ、そしてよく分からない力を手に入れて……。
ここ数日の出来事は、あまりにも激動だった。
フィオを助け、高位魔族を倒し、ディオーネと出会い、王都へ向かう。
まったくもって、目まぐるしい。
だから、こうして部屋で一人になって、ようやく少しだけ落ち着ける気がした。
「この力って……なんなんだろうな」
俺は自分の手のひらを見つめた。
【上位存在】。
あの謎の声が告げた、俺の新たなジョブ。
その力は確かに絶大だった。
高位魔族たちですら、赤子のようにひねり潰すことができた。
けれど、この力が何なのか、どうして俺に宿ったのか。
俺には何も分かっていない。
すべてが手探りの状態だ。
――と、そのときだった。
ふおおお……んっ。
俺が座るベッドのすぐ前方、部屋の空間がうなるような音を立て、同時に淡い光があふれ出した。
「なんだ――?」
光は徐々に輝きを増し、やがて人の形を取っていく。
まばゆい光が収まったとき、そこには一人の少女が立っていた。
腰まで届く金色の髪に同色の瞳。
小柄な体に闇夜のような黒衣をまとっている。
どこか暗い陰を感じさせる美しい少女だった。
「君は――」
「【端末】と呼ばれる存在」
彼女が答えた。
「端末……」
「そ。君の力を司る存在さ」
彼女は悪戯っぽく片目をつむる。
外見は暗い美少女という感じだけど、内面はけっこう明るいらしい。
「名前はツクヨミ。可愛いでしょ?」
「ツクヨミ……?」
変わった響きの名前だった。
「古代の神話から取られた名前らしいよ。まあ、あたし自身も超古代文明に造られた存在だからね」
ツクヨミと名乗った少女が微笑む。
超古代文明――そういえば、ディオーネも俺の力が遺跡に関係しているのかもしれないと言っていた。
「俺はザック。ザック・グラスティだ」
俺は名乗り返した。
「ザック……だね。よろしく」
言ってツクヨミは俺をジロジロと眺める。
「ふむふむ……なるほどなるほど」
「な、なんだ……?」
戸惑う俺に、ツクヨミはにっこり笑って、
「君はまだ、その力を使いこなすところまでは到達していないみたいだ」
「力を、使いこなす――?」
「力を磨くんだ、ザック」
ツクヨミが真剣な表情になった。
「【上位存在】のジョブを使いこなし、習熟し――いずれは真の超越者となるといい。君ならなれるさ」
「超越者……」
「この世界を――星そのものを支配する絶対の存在に」
あまりにも壮大すぎる話に、俺はついていけない。
「随分と抽象的な話だな」
俺は思わず苦笑いを浮かべた。
ただの荷物持ちだった俺には、到底イメージできるような話じゃない。
「この力がなんなのか。俺にどうしてこんな力が宿ったのか。この力で何ができるのか。何を為すべきなのか。ちんぷんかんぷんだ」
「はは、質問が多いね」
ツクヨミは楽しそうに肩をすくめた。
「あたしはそのすべてに答えることができるけど――必ずしも答えを与えることが、君にとっての最善にはならない」
「えっ」
「自ら考え、たどり着く答え――それこそが重要なのさ。君が力を磨き、真の【上位存在】になるためにはね」
「答え……か」
俺がその意味を考え込んでいると、
「ところで」
ツクヨミはまた朗らかな笑顔に戻って言った。
「せっかくこの世界に来たんだし、何か美味しいものを食べたいな」
「へっ?」
さっきまでの壮大な話はどこへ行ったんだ。
「あたしだって世界だの使命だの、そんなことばっかり考えてたら窮屈だよ。自分の楽しみのための時間も欲しい! 欲しい!」
ツクヨミは子供のように両手足をじたばたと動かして駄々をこねる。
その姿は、さっきまでの神秘的な雰囲気とはかけ離れていた。
「急に駄々っ子みたいになったな……」
「えへへ、これがあたしの『素』なのさ」
ツクヨミはぺろりと舌を出した。
その無邪気な笑顔を見ていると、肩の力が抜けていく。
「じゃあ、ロビーにでも行くか? 君は他の人間に姿を見られても大丈夫なのか?」
「ん。平気平気。でも、あたしが【端末】だってことや【上位存在】のことは他人に話しちゃダメだよ」
「えっ、【上位存在】のことも話すのは駄目なのか?もうディオーネ殿下やフィオに言ってしまったんだが」
俺がそう言うと、ツクヨミは一瞬、ピクリと眉を動かした。
「まあ、あまり広めなければいいかな。ただ、話が広がると君の力を狙う者もたくさん出てくるし、君自身が面倒な目に遭いかねない」
ツクヨミが忠告してくえr多。
「あたしとしては、できるだけ【上位存在】については他言しないことを推奨するよ。君の力は、それだけ規格外だっていうことさ」
「……分かった」
俺はその忠告に従うことにした。
俺はツクヨミを連れて、宿のロビーへと向かった。
豪華な宿だけあって、ロビーは広く、食事や酒を楽しめる談話室も兼ねている。
夜も深まった時間帯だったが、あちこちで客が談笑していて、まだまだ盛り上がりを見せていた。
「うわあ、すごい。賑やかだね」
ツクヨミは目をきらきらさせて周囲を見回した。
「ここはディオーネ様の御用達の高級宿だからな。客層もいいだろうし、安心して食事を楽しもう」
「わーい」
ツクヨミは子どものようにはしゃいでいた。
二人で手近の席に座り、軽食と飲み物を注文する。
運ばれてきた料理を口にすると、ツクヨミは目を輝かせた。
「んまーい!」
「はは、よかったな」
「もぐもぐ……あ、ザックのも美味しそう。いっこちょうだい!」
「ああ、好きなだけ食べるといい」
俺は子どもをあやすような気分でツクヨミに自分の皿を差し出した。
彼女は相変わらず夢中で食べている。
「まるで人間みたいだな」
その無邪気な姿に感想をもらす俺。
「そ。人間になりたいの、あたし」
と、ツクヨミが食事の手を止め、急に真剣な顔になった。
「人間に……?」
「あたしたち【端末】はEXジョブのサポート役として造り出された存在。ただジョブを持つ者に従い、尽くすことしかできない。でもね、あたしだって自分の人生を楽しみたいのさっ」
ツクヨミの金色の瞳には、切実な思いが揺れているように思えた。
「造られた存在であっても、あたしにはあたしの意思がある。一個の生命体よ。なのに、どうして使命に縛られなきゃいけないの?」
「自由になりたい、ってことか」
「そ。『やらなきゃいけない』『やれ』っていう縛りでがんじがらめの状態なのが嫌なの」
ただ命令に従うだけの道具ではなく、自分の意思で生きたい――。
ツクヨミはそう言っているんだろう。
思えば、勇者パーティにいたころの俺も、自分の意思を殺して、ただサンドバッグとしての役割をこなしていたな。
彼女と、通じる部分があるかもしれない――。
「じゃあ、なればいい」
俺はツクヨミに語りかけた。
「君のサポートがなくなっても、なんとか【上位存在】を使ってやっていくよ。だから、ツクヨミは俺から離れて自由に生きるんだ」
「えっ?」
ツクヨミは驚いたように顔を上げた。
「いいの……? あたしがいなくなったら、ザックが困るんじゃないの?」
「困るかもしれないな。けど、君が自分の人生を生きる方が大事だろ」
「……ありがと。優しいんだね、ザック」
「普通だよ」
「ううん、心遣いが嬉しい」
ツクヨミが微笑んだ。
「でもね、無理なんだ。あたしは――ううん、あたしたち【端末】はジョブの持ち主から離れられない。そういうふうに造られているから」
「そうなのか……うーん」
俺は腕を組んでうなる。
どうにかして、彼女を解放してやる方法はないのか。
超古代文明。遺跡。謎の声。そして【上位存在】の力。
俺の頭の中で、断片的な情報が結びついていく。
「じゃあ、作り変えれば、どうだ?」
ふと思いついて提案してみた。
「このジョブが、たとえば超古代文明によって生み出されたものなら、その技術で君を作り変えられるんじゃないか」
それは仮定に仮定を重ねた話だった。
「作り変える……あたしを……」
「ああ。君を縛るシステムそのものを、この力でどうにかできないか」
「それは……考えたこともなかったけど」
ツクヨミは戸惑った様子だったけど、その顔が徐々に明るくなる。
「うん、いいね。いずれ考えたい」
「いずれ?」
「今は、とりあえずザックの側にいる」
ツクヨミはにこっと笑った。
「いいのか?」
「ん。だってあたし――ザックが気に入ったから」
言って、ツクヨミはすっと右手を差し出した。
「まず君を全力でサポートするよ。よろしくね」
「心強いよ。よろしく頼む」
俺はその手を握った。
温かくて、柔らかい手だった。
「いずれ君を自由にするために、俺もやれる限りのことをする」
それは、彼女に対する俺の誓いだった。
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