8 歴史に名を遺すために(セラ視点)
SIDE セラ
魔王軍との戦いの功績で与えられた、王都の高級宿舎の一室。
豪華な調度品に囲まれた部屋で、勇者パーティ【花蓮の姫】のメンバーは休息を取っていた。
「……ちょっと気になることがあるの」
勇者セラが切り出した。
「気になること?」
優雅に紅茶を飲んでいた賢者マリンがたずねる。
「まあ、セラ様。もしかして、恋しい殿方でもできたのでしょうか?」
隣で聖書を読んでいた聖女エルザが本を閉じ、瞳をキラキラさせた。
「いや、あたしは男嫌いだし」
セラは二人の反応にジト目を向けた。
「堅物ねぇ。だからいつまで経っても色恋の一つもないのよ」
マリンはくすくすと笑った。
「ザックさんのことも、本当に嫌ってましたものね」
エルザが思い出したように口にする。
「いや、あいつは単になんとなくよ。気に食わなかっただけ」
セラはふたたびジト目になった。
「ただ、気になるのは、そのザックのことよ」
「えっ、実は恋してたの? あの冴えないおっさんに?」
「年上の方がお好みでしたか。意外なご趣味ですわね」
「ええい、その話題から離れろっちゅうに!」
セラは思わずツッコミを入れた。
「そうじゃなくて、あいつのその後よ」
先日の遺跡探索で、自分たちはザックを犠牲にして生き延びた。
そのことへの罪悪感は今も残っている。
そう、死んだのだ。
あの男は。
けれど――。
セラはごくりと唾を飲み込み、胸の内にあった疑念を口にした。
「あいつ――生きてるかもしれない」
言うと、マリンとエルザは一瞬キョトンとした顔をした。
「嘘でしょ? あの状況で生きてられるわけがないじゃない」
「私たちでさえ手を焼いたSランクモンスターの【タロス】を相手に、荷物持ちの中年男性一人ではどうにもなりませんわ」
それからすぐに二人が反論する。
「あたしだってそう思ったわよ。普通に考えれば、絶対にあり得ない。けどね……」
セラは言葉を切ると、真剣な眼差しで二人を見つめた。
「ガーレルっていう辺境の都市で、高位魔族をたった一人の中年男が倒した、っていう妙な噂を聞いたのよ」
「中年男……?」
マリンが眉をひそめる。
「風体からしてザックかもしれないのよ」
セラがうめいた。
「はあ? あり得ないわ」
マリンが鼻で笑う。
「あいつはただの【荷物持ち】よ。剣士でも魔術師でも僧侶でもない。ただの一般人じゃない」
「ええ。魔族と戦えるような力は持っていないはずですわ」
エルザもきっぱりと告げる。
「そもそも、あの【タロス】を前にして生還できるわけがありません。万に一つの可能性もないと思いますわよ」
「もし、その万に一つの可能性が起こったとしたら?」
セラが二人を見回した。
「【タロス】を退けるほどの力を得て、遺跡から生還した。そして、その力で高位魔族を倒した――たとえば、あの遺跡内でザックが何らかの力を得たとしたら、全ての辻褄が合うわ」
「なんらかの力……?」
マリンが眉を寄せる。
「超古代文明の遺跡には、そういうシステムが組み込まれている場所がある、って聞いたことがあるのよ。特定の条件を満たした者に、強大な力を与える遺物が」
セラが答えた。
それは荒唐無稽な仮定かもしれない。
だが、いくつかの状況証拠は、そのあり得ない可能性を指し示していた
「もし、あいつが生きているとしたら……あたしたちがやったことを暴露されるかもしれない」
セラが最悪のシナリオを示唆する。
「っ……!」
マリンとエルザの表情が同時に凍り付いた。
「冗談じゃないわ。あいつを囮にして逃げた、なんて噂が広まったら――私たち【花蓮の姫】の、取り返しのつかない汚点になるじゃない」
「由々しき事態ですわね。民からの信頼を失えば、今後の活動にも支障が出ます」
エルザが深刻な顔でうなずく。
「だから――もし生きているなら、あいつを始末しなきゃいけない」
セラは身を乗り出した。
魔族を殺すのと、人間を殺すのはわけが違う。
けれど、今はそんなことを言っていられる状況ではない。
「あたしたちの未来を守るための、現実的な判断よ」
セラが二人の反応をうかがう。
「……しょうがないわね。私たちの輝かしい経歴に傷がつくのはごめんだもの」
「理解いたしました。セラのご判断に従いますわ」
マリンとエルザはうなずいた。
「で、ザックの居場所は分かるの?」
「足取りはつかめていないわ。だから、まずは噂の出所である辺境のガーレル市に行ってみましょ」
マリンの問いにセラが提案する。
「そこで何か手掛かりがあるかもしれないわ」
「はあ……魔王軍との戦いもあるというのに、どうしてこんな面倒なことに……」
エルザが憂鬱そうに深いため息をついた。
「仕方ないじゃない。いくら魔王軍を倒して大陸の英雄になっても、汚点が残っていると、後の歴史でなんて書かれるか分からないわよ。『仲間を見捨てた卑劣な勇者』なんて、絶対に嫌だわ」
セラの言葉に、マリンも強く同調する。
「そうね。どうせなら完璧な英雄として、未来永劫その名前を残したいもの」
「ですわね。障害は取り除いておくに限ります」
エルザも納得したようにうなずいた。
こうして三人の意見は一致した。
さらにユウナやシーリスにも同意を得て、彼女たちは、自分たちの輝かしい未来を脅かす可能性の芽を摘むため、王国辺境のガーレル市へと旅立つことを決めた。
それが、王都へと向かうザックたちとは、まるで入れ違うようなすれ違いの旅路になるとも知らずに――。
【読んでくださった方へのお願い】
日間ランキングに入るためには初動の★の入り方が非常に重要になります……! そのため、面白かった、続きが読みたい、と感じた方はブックマークや★で応援いただけると嬉しいです……!
ページ下部にある『ポイントを入れて作者を応援しましょう!』のところにある
☆☆☆☆☆をポチっと押すことで
★★★★★になり評価されます!
未評価の方もお気軽に、ぜひよろしくお願いします~!