7 ディオーネの野心と使命感
「そうだ」
ディオーネは力強くうなずいた。
「魔王軍の侵攻はいよいよ激化している。国土防衛は主に、私が率いる騎士団が担っている。だからザック、私とともに王国を守る力になってほしい」
そう言うと、ディオーネは深々と頭を下げた。
「お前の力が、必要だ」
「お顔をお上げください、ディオーネ殿下」
俺もさすがに戸惑った。
一国の王女が、俺のような元荷物持ちの中年男に頭を下げるなど、あってはならないことだ。
「魔王軍は強い。私はこの国を守るため、身分や出自を問わず、国内外から強者を募り、騎士団や魔法師団に引き入れている」
ディオーネはゆっくりと顔を上げた。
「王女としての身分など関係ない。この国の人間の一人として、この国を守る人材を集められるなら――私の頭などいくらでも下げるさ」
そのとき、ディオーネの口元に一瞬――ほんの一瞬だけ、かすかな笑みが浮かんだのを、俺は見逃さなかった。
たぶん、本人にとっても無意識の微笑じゃないだろうか。
その笑みが、俺の中の何かにピンと引っかかった。
俺の中の何かが、警鐘を鳴らしていた。
「――この国を守るために? 本当に、それだけですか」
俺は、半ば反射的にそう問いかけていた。
「……なんだと」
その言葉に、ディオーネの雰囲気が変わった。
同時に違和感を覚える。
ディオーネの瞳の奥で、赤い光が揺らめいているのが見えた。
さっきまでは見えなかった光。
といっても、実際に彼女の瞳が光っているわけではないようだ。
おそらく、これも【上位存在】の力なのだろう。
相手の『心の色』のようなものが見えている――直感で俺はそれを悟った。
彼女が浮かべたかすかな笑みと、この鮮烈な赤色。
それは、燃え盛る炎のような強い野心を連想させた。
「ザックさん、相手は王女殿下ですよ! さすがにその言い方は……」
隣でフィオが真っ青になって慌てている。
「――いや、構わぬ」
ディオーネはそれを片手で制した。
その口元には、先ほどよりもはっきりとした笑みが浮かんでいた。
「ただの猪武者ではないわけか。そうだな、私には野心がある。お前の見抜いた通りだ」
ディオーネはあっさりと認めた。
「我が国では代々、国王は男子が務めている。建国以来、女王は誕生しておらぬ」
そこまで言ったところで、ディオーネの目に宿る赤い光がさらに強くなった。
まるで、炎だ。
「私は――初めての女王になりたい」
「ディオーネ様、それは――」
フィオが驚いたように顔をこわばらせる。
「ここだけの話だ。ふふ」
ディオーネが微笑む。
「私は、そのための駒だと?」
「端的に言えばそうだ」
うなずくディオーネ。
下手に隠し事や腹芸はせず、正直に話してきたか。
その態度には好感が持てる。
「なぜ、王位を求めるのですか?」
俺はさらに突っ込んでたずねた。
「ザックさん……」
フィオが今度は俺を見て驚いた顔をする。
いくらなんでも、王族相手にストレートな物言いをしすぎだ、ということだろう。
けど、構わない。
俺は彼女の真実が知りたい。
でなければ、彼女の元に着くことはできない。
「この国を統治し、より良い方向に導きたい。この国を豊かにしたい。この国を強くしたい」
ディオーネが言った。
「民のため、ですか」
「そうだ」
「それだけですか?」
俺が重ねて問うと、ディオーネの顔がわずかに紅潮した。
俺は彼女をまっすぐ見つめた。
彼女の真実が――彼女の瞳を見れば分かる気がした。
「お前には隠し事はできない。私の直感がそう告げているな」
ディオーネはわずかに苦笑を浮かべた。
「分かった。正直に言うぞ。私は後の世にまで残る名君として称えられたい。名誉欲だ。それから純粋に頂点に立ちたい気持ちもある。権力欲だ。そして民から王として愛されたい。承認欲求だ」
言って、ディオーネが身を乗り出す。
「そして、何よりも――この国を救いたい。この気持ちに一片の偽りもない」
その瞬間、彼女の瞳の色が変わった。
燃えるような赤から、まばゆい黄金の光へと。
気高く崇高さを感じさせる輝きだ。
――なるほど。
彼女は自分の野心を持っている。
けれど民を守りたいという強い使命感も決して嘘じゃない。
二つの強い心が、彼女の中に同居しているということか。
「私は、あなたの野心に加担したいとは思いません」
俺は自分の気持ちを正直に話した。
「ですが、魔王軍から多くの民を救いたい――その気持ちは、私も同じです。もともと勇者パーティにいたのも、その一助になれると考えたからです」
あの頃の俺は、サンドバッグになることでしか貢献できなかったが。
「元々は荷物持ちだったそうだが、今のお前には強大な力がある」
ディオーネが微笑む。
「その力で、多くの民を救うことができるだろう」
「……分かりました。あなたの元に参ります」
俺は覚悟を決めた。
「ただし――条件があります。あなたの野心が私の意にそぐわない方へ向かったとき……たとえば、民を苦しめるようなことがあれば、私はあなたに立ち向かいます」
それが、この力を正しく使うための、俺自身の誓いでもあった。
「いいだろう。私が倒すべき悪になったと感じたなら、その時は私を討つがいい」
ディオーネが俺をまっすぐ見つめた。
「それまでは、共に戦う同志だ。部下ではない。戦う仲間として、私に力を貸してほしい」
「もちろんです」
俺は深くうなずいた。
「話は決まったな。私の誘いに乗ってくれたことに礼を言う」
ディオーネは嬉しそうにうなずくと、今度は隣のフィオに視線を向けた。
「それからフィオ。お前も私の元に来てほしい」
「えっ、じ、自分がですか!?」
フィオが目を丸くする。
「魔族との絶望的な戦いで、最後まで剣を捨てず立ち向かった精神力。そして、生き残ったという事実。お前には騎士としての素質がある。私の元でその力を磨き、より強い騎士となれ」
ディオーネは力強く告げた。
「このたびの戦いで散っていった仲間たちも、きっとそれを望んでいるだろう」
「……っ!」
フィオの瞳が大きく見開かれる。
「はい、喜んでお供します!」
その場に跪き、恭しく頭を下げるフィオ。
――こうして、俺とフィオはディオーネ王女に同行し、王都へと向かうことになったのだった。
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