3 絶望の戦火(フィオ視点)
SIDE フィオ
王国辺境の都市――。
襲い来る魔王軍の軍勢に対し、王国騎士団は必死の防衛を続けていた。
その中でも、ひときわ目覚ましい戦果を挙げている者がいる。
「はあっ!」
白銀の鎧をまとった美しい少年騎士、フィオ・コートニー。
彼は弱冠十六歳ながら、騎士団のエースとしてその名を轟かせる若き天才だ。
閃光のような剣筋が魔族兵を切り裂く。
さらに返す刀で二体目、三体目――。
次々と斬り伏せていく様は、まさに戦鬼だった。
「どうした、魔王軍! この程度か!」
威勢良く叫ぶフィオ。
「すごい……!」
「俺たちも負けてられないぞ!}
「魔王軍を押し返せ! いけるぞ!」
彼の戦いぶりは仲間たちを鼓舞し、その士気を大きく高めていた。
「まだだ、もっと――」
フィオはそんな自分の戦いぶりに、決して満足していない。
彼が目指すのは、はるかな高みだった。
勇者パーティという名の、高み。
(見てろよ……いずれ勇者パーティに入ってみせる!)
彼の脳裏に浮かぶのは、大陸にその名を轟かせる伝説的な英雄たちの姿だった。
最強と謳われる勇者パーティ【花蓮の姫】を率いる勇者セラ。
たった一人で三体の魔将を討ち取ったという【烈風の勇者】ジラルド。
他にも全部で七つ存在する勇者パーティの活躍は、吟遊詩人によって語り継がれ、フィオは憧れを募らせていた。
(いつか、あの人たちとともに戦う。そのために――)
「こんなところで負けてられるか!」
その、刹那――。
フィオが斬り捨てようとした魔族兵の一体が、不意に動きを止めた。
その体から、どす黒い光があふれ出す。
「なんだ……?」
眉をひそめるフィオ。
と、
「まずい、【進化】するぞ!」
騎士の誰かが叫んだ。
次の瞬間、生き残っていた十数体の魔族兵がいっせいに破裂した。
ばき、ばき、ぐちゃっ……。
飛び散った肉片や骨がふたたび合わさり、再構成されていく。
不気味な光景は数秒で終わり、あっという間に魔族兵たちは二回りほど巨大な体になって生まれ変わった。
鎧に似た黒い甲殻が全身を覆い、巨大な剣を構えている。
「こいつら、中級に【進化】しやがった!」
「下級とは別物だ! 陣形を立て直せ――ぐあっ!?」
【進化】した魔族兵はいっせいに動き出し、近くにいる騎士たちを次々と斬り伏せていった。
先ほどまでとはパワーもスピードも段違いだ。
「な、なんだ、こいつら――」
フィオは戦慄した。
速すぎて、動きを目で追えない……!
「ぎゃあっ」
「ぐげえっ」
中級魔族兵たちが、騎士たちを一方的に蹂躙していく。
戦況はあっという間にひっくり返った。
次々と八つ裂きにされていく騎士たちを見ながら、フィオは恐怖で動けず、立ち尽くしていた。
「強すぎるだろ……」
自分がいかに調子に乗っていたのかを思い知らされる。
こんな化け物を相手に勝てるわけがない。
「無理だ……」
すでにフィオは戦意を失っていた。
気が付くと、周囲から苦鳴も悲鳴も聞こえなくなっていた。
フィオ以外の騎士たちはいずれも殺され、ただの肉片となっていた。
生き残ったのは、彼一人――。
その彼の周りを、十数体の中級魔族が包囲していく。
「う、ううううう……」
恐怖で歯の根が合わず、ガチガチと音を立てた。
「た、助けて……」
もはや闘志など、欠片も残っていなかった。
死にたくない。
死にたくない。
死にたくない。
ただ、その一心だった。
天に祈るような心地で、彼は意味もなく周囲を見回す。
と――、
「あれは……!?」
一人の男が、死体の転がる戦場の中を歩いてくる。
ボロボロのマントを羽織り、フードを深くかぶった男だ。
フードの隙間から見える顔立ちは……おそらく四十代だろう。
戦場には不釣り合いな、旅人のような格好だった。
「お、おい、ここは危険だ! 逃げろ――」
フィオは恐怖を振り払って叫んだ。
自分でも意外だった。
ついさっきまで死の恐怖に震え上がっていたというのに。
けれど、ああいった旅人を守るのも騎士である自分の役目だと思ったら、自然と声が出ていたのだ。
「そうだ、俺は――俺のやるべきことをやる……っ!」
自分の根底に、まだ『他者を守る騎士』としての使命感が残っていることに気づかされた。
ぎおおおおおおおおっ!
中級魔族兵たちが雄たけびを上げ、フィオに向かってきた。
「くっ……」
剣を構えなおす。
おそらく、自分は助からないだろう。
だが――せめて、あの旅人が逃げるための時間だけでも稼がなければならない。
いつの間にか、恐怖も絶望感も頭の隅に追いやられていた。
熱い使命感が震えあがった体を突き動かす。
「俺が、相手だぁぁぁっ!」
フィオは叫んだ。
自分に注意を引きつけるために。
そして、騎士としての最後の使命を果たすために。
――ばきんっ。
突然、硬質の、何かが砕けるような音が響いた。
「えっ……?」
その音はフィオが発したものではない。
周囲の中級魔族たちがいっせいに灰色に変色し、体の表面に無数の亀裂が入り、砕け散ったのだ。
「石に……なっている……?」
そう、すべての中級魔族兵は石化した上で、粉々になっていた。
さらに、あっという間に風化すると、一陣の風によって砂となって吹き散らされていった。
まるで最初から魔族兵など存在しなかったかのように――。
呆然と立ち尽くすフィオの視線は、中年の旅人に注がれた。
「あなたが、やったのか……?」
フィオが震える声でたずねる。
信じられない出来事だが、そうとしか思えない。
得体のしれない、圧倒的な力――。
「まさか、あなたは勇者……?」
すると男は怪訝そうに首をかしげ、答えた。
「いや、俺はただの荷物持ちだ。もう首になってしまったが――」
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