20 勇者セラの苦闘(セラ視点)
SIDE セラ
勇者セラが中級魔族に斬りかかった瞬間、あり得ない光景が起こっていた。
ぴしり……。
聖剣の刀身に亀裂が走ったのだ。
「そんな……!?」
勇者の象徴であり、世界最強の武器であるはずの聖剣が、たかが中級魔族を相手に砕けようとしている。
「どうして――」
呆然となりながら、脳裏に古代遺跡での出来事がよみがえる。
自分たちが助かるために、信じてくれていた仲間を犠牲にした。
あの時のザックの、絶望に満ちた顔が忘れられない。
もしかしたら、と思った。
勇者としての『清き心』が、あの決断によって曇ってしまったのではないだろうか。
聖剣は、持ち主の清らかな魂に呼応してその力を発揮する。
今の自分には、その資格がないということなのか――。
「くっ、このままじゃ聖剣が壊れる……!」
セラは慌てて攻撃をやめ、後方へと飛び退いた。
「セラ、下がって。ここは私たちがやるわ」
賢者マリンがセラの前に立った。
「聖剣を失うわけにはいきませんわね」
聖女エルザも決意を込めたように告げる。
「へっ、お前がいなくても、あたしらだけで充分だぜ!」
武闘家ユウナが勇ましく拳を構えた。
「私が盾になる……その間に、みんなで攻撃を」
戦士シーリスは淡々と最前列に進み出て、大盾を構える。
仲間たちの頼もしい背中を見ながら、セラは唇を噛みしめるしかなかった。
自分だけが、蚊帳の外だ。
「中級魔族ごとき――私たちだけで充分よ!」
マリンの力強い声とともに、仲間たちの反撃が始まった。
激しい戦いの後、ようやく最後の魔族を倒し終わった。
勇者と聖剣を欠いた戦いは、他の仲間たちにとって楽ではなかったはずだ。
「はあ、はあ、はあ……けっこう苦戦したわね」
実際、マリンは肩で息をしているし、エルザやシーリスも疲労の色が濃い。
「へっ、楽勝だぜ」
ユウナだけは強がっているが、その呼吸はやはり乱れていた。
「……ごめん、みんな」
セラがうなだれた。
仲間たちが必死に戦う中、自分は何もできなかった。
「あたしが、こんな……これじゃ勇者じゃない」
彼女は自分の手の中にある聖剣を見つめた。
刀身に走った痛々しい亀裂――。
まるで今の自分の心のようだ。
聖剣と一緒に、勇者としての誇りまで砕けてしまったような、どうしようもない無力感があった。
「……ザックに、会わなきゃ……」
セラのつぶやきに仲間たちは驚いたような顔をした。
ザックへの罪が、今、セラ自身を蝕んでいる。
このままでは、自分は勇者としての力を完全に失うだろう。
「会って、ちゃんと謝らなきゃ。そうしないと、あたしは……あたしは、勇者でいられなくなる……!」
セラは決意を固めた。
自分の過ちと向き合い、もう一度、本当の勇者として立ち上がるために。
たとえ彼に罵られ、切り捨てられようとも、セラはもう自分の罪から目をそらさない。
彼女の、本当の苦闘がこれから始まる――。
魔族との戦闘が一夜明けた。
セラはベッドの上で膝を抱えたまま、窓の外をぼんやりと眺めていた。
昨夜は一睡もできなかったが、眠気を全く感じず、意識は冴えたままだ。
力を失った聖剣。
誇りを砕かれた勇者。
自らの存在意義すら揺らぎ、セラの気持ちは千々に乱れている。
パーティの仲間たちは、そんな彼女をそれぞれのやり方で支えようとしてくれていた。
賢者マリンは古文書を片っ端から調べ、聖剣を浄化し、あるいは復活させる方法を調べている。
聖女エルザは一心に祈り続け、聖剣に力を戻そうとしている。
「セラ、そろそろ朝飯に行こうぜ! 腹いっぱい食えば悩みも軽くなるって!」
武闘家のユウナが明るく誘ってくる。
そして戦士のシーリスは何も言わずに彼女に寄り添ってきた。
仲間たちの優しさが胸にしみる。
だからこそ、セラは強く思う。
早く力を取り戻さなければ――と、
今までは勇者として称賛されることが嬉しかった。
たぶん、虚栄心のために戦っていた部分があったのだろう。
あるいは、そんな自分を聖剣は見限ったのかもしれない。
けれど、今は違う。
仲間たちのために――もう一度『勇者』というものに向き合いたい。
セラの中で、何かが確実に変わり始めていた。
【読んでくださった方へのお願い】
日間ランキングに入るためには初動の★の入り方が非常に重要になります……! そのため、面白かった、続きが読みたい、と感じた方はブックマークや★で応援いただけると嬉しいです……!
ページ下部にある『ポイントを入れて作者を応援しましょう!』のところにある
☆☆☆☆☆をポチっと押すことで
★★★★★になり評価されます!
未評価の方もお気軽に、ぜひよろしくお願いします~!