15 勇者たちの旅路(セラ視点)
SIDE セラ
王都を出て数日。
勇者パーティ【花蓮の姫】は馬車に揺られながら辺境の都市ガーレルへと向かっていた。
「……あーあ、不確かな噂を信じて、わざわざ辺境まで足を運ぶなんて」
賢者マリンは刺々しい口調でぼやいた。
「無駄足に終わるかのしれないのよね?」
一度決めたこととはいえ、やはり不満は残っているらしい。
「もし噂が本当なら由々しき事態ですわ。たとえ無駄になる可能性があっても、行くしかないでしょう?」
聖女エルザが憂いを帯びた表情でなだめる。
そう、行くしかない。
自分たちの汚点を知る荷物持ちザック――その生存が確認されたなら、秘密を守るために始末する。
それが旅立ちの前に勇者パーティで共有した意見だ。
「高位魔族を一人で倒す中年男……もし、それがあのザックだとしたら……」
戦士シーリスがつぶやいた。
「あいつが、生きているとしたら――」
「あり得ないって言ってんだろ!」
武闘家のユウナが苛立ったように声を上げた。
「あの荷物持ちのオッサンが高位魔族を倒した、だぁ? あり得ねぇあり得ねぇあり得ねぇ!」
そんな仲間たちのやり取りを、リーダーである勇者セラは黙って見つめていた。
腕を組んだまま、思考を巡らせ続ける。
(あのとき、あたしたちはザックに――)
古代遺跡での出来事が脳裏によみがえった。
強力なダンジョンボス【タロス】を前に、自分たちは非常な決断を下したのだ。
――あんた、囮になりなさい!
そう言い放ったのは、他の誰でもない彼女だった。
あの時のザックの、驚きと絶望に満ちた顔が忘れられない。
自分たちを信じていたであろう、あの男を裏切った。
人々から勇者として称賛されている、このあたしが。
(自分たちが助かるために、一人を斬り捨てた――)
その出来事はセラの中でずっと引っかかっていた。
あれほど誇らしく感じていた『勇者』という称号が、今はどこか後ろめたい。
(あたしは……勇者として汚れてしまった)
かけがえのないものを放り捨ててしまった――そんな悔恨が晴れないのだ。
「……着いたら、まずは情報収集よ。噂の真偽を確かめるのが最優先」
セラが言った。
その後のことをどうするのか――。
今はまだ何も見えない。
ザックを始末するつもりで旅立ったが、正直なところ、セラの心の中には迷いが生じていた。
未来は、暗雲に包まれていた。
ガーレル市に到着したセラたちは、その光景に違和感を覚えた。
魔将軍の襲撃を受けたにもかかわらず、街には破壊の痕跡がそれほど見当たらない。
さすがに破壊された建物もあるようだが、その復旧作業は迅速に進められた様子だ。
人々は大通りを笑顔で行き交い、活気に満ちていたのだ。
「妙ね。魔将軍クラスが暴れたのなら、街の一つや二つ、消滅していてもおかしくないのに」
マリンがつぶやく。
「被害が最小限に食い止められた――ということでしょう」
と、エルザ。
つまり――魔将軍にその程度の破壊行動しかおこさせず、完封した者がいるということになる。
やはり――あの男なのか。
セラの脳裏に冴えない中年男の顔が浮かんだ。
その後、セラたちは新たな情報を手に入れた。
魔将軍を退けたのは、この街を訪れていた王国の第二王女ディオーネ・メルディアとその配下の騎士団だという。
が、それに協力した謎の中年男が存在するようだった。
おそらく――ザックだ。
そして彼はディオーネにその力を買われて王都に向かったということだった。
「なら、あたしたちも王都に戻りましょう」
セラは即座に言った。
「また、戻るの……?」
他のメンバーは渋い顔だ。
はるばる辺境まで来て、すぐに出戻りというのは気力が削がれる話ではある。
「仕方ないでしょ。手がかりがつかめただけ良しとしましょう」
セラは仲間たちを鼓舞した。
こうして、彼女たちはふたたび王都へと向かう。
その日は王都への道中にある宿場町に泊まることになった。
「ねえ、あの男に会ってどうするつもり?」
宿の一室でマリンがたずねた。
「どうって……」
セラはギクリとしながら答える。
「始末する。それしかないじゃない」
「本当にそう思ってるの?」
マリンがセラを見つめる。
彼女は勇者パーティの仲間の中でもっとも付き合いが古い。
もともとはただの村娘だったセラの幼なじみ。
マリンの方は子どものころに魔術師としての天才的な素質が開花し、王都の魔法学院にスカウトされた。
それから数年して、セラが『七勇者』の一人に選ばれたことで再会したのだが――。
幼いころ、共に過ごしたマリンはセラのことを一番よく理解している。
だから今、セラが何を思っているのかも見透かしているのだろう。
「歴史に名を残す勇者になる――その目標は変わらない」
セラが言った。
「あたしたちは村にいたことから憧れていたでしょ――そんな英雄に」
「私もその気持ちは変わらないわ。だから魔術師としての腕を磨いて……こうしてあなたの側にいる」
マリンがうなずいた。
「でも、今のセラは迷ってる。ザックを殺すことを」
「ど、どうして、そんな……」
「だって、ガーレルに着いてから、こうして王都に戻る道中まで一度も『ザックを始末する』っていう話題を出さないじゃない。むしろ避けてるように見える」
言いながら、マリンはジト目になった。
「本心じゃザックを殺したくないんでしょ? 人を殺したことがないもの、あなたは」
「……!」
セラの表情がこわばる。
「あなたは違うの……?」
「それ、どっちの意味よ?」
マリンが苦笑した。
「ザックを殺したくないのか? って意味ならノー。人を殺したことがない、って話なら……そっちもノーよ」
答えるマリン。
「私は勇者パーティの未来を守るためにザックを始末するべきだと考えている。それから――先の王国と帝国との戦争で、私は数えきれないほどの人間を殺しているわ。魔法師団の一員として駆り出されたからね」
魔王が攻め入ってくる前に、このメルディア王国とヴァールハイト帝国の間で戦争があった。
この二国がともに剣の紋章を用いていることから『双剣戦争』と通称される、その第四次戦争。
ここ数百年で何度も戦っている両国は、そのときの戦いも熾烈を極め、多数の死者を出した。
そんな第四次双剣戦争でもっとも多くの兵を討ったのが賢者マリンである。
殺戮の賢者とまで言われる彼女の活躍は枚挙にいとまがない。
マリンは、必要となれば躊躇なくザックを殺すだろう。
そう感じさせるだけの凄みがある。
ひるがえって――自分はどうだろうか?
魔王軍との戦いで多くの魔族を倒しているが、こと人間相手となると――どうしても躊躇がある。
セラは、人を殺したことがないのだ。
自分たちの名声を守るためにザックを殺せるのか?
それとも――。
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